「あねうえ、あねうえ」
幸村は泣く。嗚咽を殺しつつも、その涙は止まらない。ひたすらに姉を呼ぶ。

幸村の姉、上田の姫のなまえは才色兼備で弟思いの女性であった。
幸村との仲はとても良く、上田の民に知らぬ者はいない。

そのなまえが、ここ3日前に殺されてしまった。
一度酷い叫び声がしたと思えば、上田の城からなまえは消えていた。
そして次の日の朝、殺されたなまえが近くの森で見つかった。
惨い殺され方であった。
喉は潰され、手足は血と肉片に変わり…ただ美しいなまえのかんばせだけが地獄を語りながらも無傷であった。
名のある武人である幸村でも酷く衝撃を受けたのか、自室に籠もってしまった。
なまえ様も嫁ぎ先が決まったばかりであったのに、上田の民は死を悼み悲しむ。
そして、口々に噂する。
殺したのは一体誰なのだろうか、と。

『あねうえ、あねうえ』
『弁丸、どうしたの?』
『弁丸が父に負けぬ武人となりましたら、弁丸が姉上を守ってみせますゆえ』
『弁丸が私を?』
『はい!』
「姉上、某は覚えておりました」
真っ暗な部屋で泣く幸村と、抱きしめられたなまえの位牌。
「あの約束の続きを」

『そして、弁丸が姉上を必ず幸せに致します』
『まあ、嬉しい。でも私は弁丸と一緒にいられれば幸せなのよ?』
幸村は暗がりの中で堪える。
「そして、そのお約束」
必死に堪えたのだ。
「某は果たしました」

たまらず笑いが漏れる。部屋の外の侍女やら使用人に聞かれぬように、笑った。
「あねうえ、あねうえ」
幸村の耳から叫び声が離れない。鼓膜にへばりつくその声。
ああ他の男に姉上の、 なまえの妖艶な断末魔など聞かせられるかと、喉にも刃を突き立てた。
ずっとずっと、
これから永久に離れることはないだろうそれが、幸村にはこの上なく愛おしかった。
「某には、あの叫び、『幸せ』と聞こえ申した」
そう仰ったのだろう?姉上、なまえ。
抱いたなまえの位牌にそう話しかけると、幸村にはいつでも『幸せ』という悲鳴が、否、欣悦の返答があるのだ。

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