なまえの躯は地に吸い寄せられて、何処にも逃げられない。
声だって何か底知れない闇に飲み込まれて誰かの名を呼ぶこともない。
こう抱き締めていても、人形の様に冷たくて、
だけどすうすうと呼吸はしていた。
それで良かったんだ。
傷付き自失したなまえが、儂には何より美しく見えた。
「聞いたぞ、またやってしまったと」
「…」
なまえの細い細い腕には、痛々しく包帯が巻かれていた。
朝餉に持ち込まれた皿や椀を割っては、細い腕に傷を付ける。
死にたい訳じゃない。
死を望み過ぎて、
それが何なのか分かっていない。

「こうも傷付けていると、痕が残る」
なまえから足を奪った儂からは言えないだろうが。儂は包帯を取ってその自傷の痕に舌を這わす。
なまえの血の、鉄の味だって愛しいのだ。
鉄格子の外から日が、現がそこから差し込んでいる。
「なまえ、また来る」
なまえを干からびた布団の上に寝かせて、戸に手を掛けた。

ああ、この香は?
なまえの艶ある血の香だ。
その香に連れられ儂の視界に飛び込んできたのは、柱に書かれた血文字。
ほととぎす
はなたちばなの
かをとめて
なくはむかしの
ひとやこひしき

なまえの血が、
そんな言葉を紡いでいた。

逃げないように、
見られないように、
全てを奪ったつもりだった。

「いや、今日くらい一日此処にいよう」
儂は開きかけた戸を閉めて、動かないなまえの元へと足を進める。

なまえ。
儂以外を求めるその手を、さあ一体どうしようか。
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