『なまえちゃん、あと1時間くらいお兄ちゃんと遊んでてね!』
 
なまえさんはこのメッセージを受け取ったはず。
スマホを見てから橘さんを見上げた。

「杏ちゃん遊んでるみたいだからもうちょっと待とう」
「うーん杏と神尾ってそんなに仲良かったか?」

できれば、仲良いんです!と言いたい。でもやっぱり嘘をついている後ろめたさに少し泣きそうだ。なまえさんもなんか気まずそうだ。

「でも、なまえが付き合ってくれたけん良かったばい」
「でしょ〜。だから私にスターゲイジパイね!」
「ははっ、分かった分かった」


「きゃーっ!カップルみたい!」

橘さんの大きな手がぐしゃぐしゃとなまえさんの頭を撫でた。杏ちゃんは興奮してカメラを連写している。

俺はこの二人のことをほとんど知らない。でも、
昔からこうして一緒に歩いて、背の高い橘さんがなまえさんを撫でたりしてるんだろう。きっと。
それでも、あの2人の開く一方だろう身長差と同じで関係は少しずつ変わっていっているはずだ。
その変化に気付いたり、知らないふりをしながら未来に近づいていっている………。

「うおおおドラえもんフェイスクッション!」

って俺がいっちょ前にそんなこと考え手もなまえさんには関係ないよなー。

「神尾くん神尾くん!」
「どうしたの杏ちゃん?」

杏ちゃんに呼ばれて振り向くと杏ちゃんにパンダの帽子を被せられた。
わ、カップルみたいだこれ。

「変装よ」
「そうだね……」

杏ちゃんが険しい顔をしてパンダの帽子を被る。いいよ、悲しくなんてない。杏ちゃんが可愛いんだから。
それから俺たちは陳列棚越しに二人の様子を観察する。

「なまえ持っとらんかった?」
「あれはニョロゾのぬいぐるみだけん」

「お兄ちゃんがプレゼントしたやつじゃん……」
「橘さん……」

まあ青くて丸いし……。

なまえさんはよっぽどドラえもんのフェイスクッションが欲しいみたいだ。目が輝いてる。それからその輝く目でタグを見て……と、すぐに目から輝きが消えた。

「1500円……」
「どうしたと?」
「私1500円ちょっきりしか持っとらん……」
「なら買えんたい。税別価格だけんね」
「ひいいい外税!」

たかが外税と言ってしまえばそれまでだがなまえさんは外税にひどく落ち込んでいる。
それを見た橘さんがなまえさんの手からドラえもんクッションを取り上げた。

「なんね、欲しかなら俺が買うばい」

橘さんの爽やかな笑顔と言動。すごい、完璧な流れだ。杏ちゃんと隣で「ナイス!」「ファインプレーよ!」とまるで試合の応援みたいになってる。

「桔平……」
「なまえにはいつも世話になっとるけん。今も」

橘さんからそう言われたなまえさんはあたふたしはじめる。流石に買ってもらうのは悪いと思っているらしい。橘さんを呼び止めた。

「外税だよ!?」

……えええええええ!?

「そっち!?」
「ちょっと神尾くん!」

杏ちゃんにばしんと頭を叩かれて陳列棚の裏に引っ込む。つい声が出てしまった。

「神尾くんのせいで見つかるとこだったじゃない!」
「ご、ごめん杏ちゃん……」

俺はバレてないかなまえさんを確認しようとした。

そして、なまえさんとバッチリ目があってしまった。俺たちを見て『何してんの……?』と固まってしまっている。

「し、しかも、見つかっちゃったみたい……」
「2人ともこんなところでデートしてたの?」

なまえさんは近付いてきて、訝しげに俺たちを見ている。これにはさすがの杏ちゃんも動揺したみたいで、声が上ずっている。

「え、あぁ……まあそんなところかな?」
「杏ちゃんどうしたの?」

それから俺にはもっと厳しく疑いの目を向ける。まるでお義父さんだ。

「神野くんやましいことでもあるんですかね?」
「俺神尾っす」
「神尾くんやましいことでもあるんですかね?」
「やましいことなんてないっす!」
「そうだよなまえちゃん!」

調子を取り戻した杏ちゃんになまえさんが押され始める。どうやら上手く誤魔化せたみたいだ……。

「ふーん……」


「なまえ、どうかしたか?」

俺の心臓が音速よりも早く停止してしまうかと思った。なまえさんも杏ちゃんも肩が跳ね上がっている。
そこには、橘さんが立っていた為、俺と杏ちゃんは橘さんから急いで背を向ける。

「い、いやぁ?何でもなかよ」
「そうか。ほら、クッション」

ちらりと後ろを伺うと、わざわざすぐに手渡すのに橘さんはラッピングまで頼んでいたらしく、赤い袋のプレゼントをなまえさんに渡すのだった。
なまえさんがそれを受け取ると、俺の隣の杏ちゃんが小さくガッツポーズをした。

「ご、ご丁寧にどうも……」
「何ね、そのよそよそしい返事」
「ごめん、ありがとう」

なまえさんは、微笑んで両手で大きな袋を抱える。今日一日で初めてなまえさんが女の子らしく見えた。ちょっと可愛い人なのかもしれない。さっきは外税外税言ってたけど。

「良かったね杏ちゃん」
「うん!良かった」

杏ちゃんが耳打ちする。外税のなまえさんより杏ちゃんの方がずっと可愛い。これはかもしれないではなく、絶対可愛い。
俺も杏ちゃんの笑顔に釣られて笑ってしまう。

「で、そこにいる神尾と杏は何してるんだ?」

俺は平手で打たれた以上の衝撃を受けた。

「ば、バレてたの!?」
「当たり前ばい」
「そ、そりゃあなまえちゃんの言ったとおり私たちプレゼントを買ってたのよ!」
「そうそう!伊武に!」
「そうか。で、決まったのか?」
「え」

俺と杏ちゃんは黙ってしまった。
橘さんは呆れたように笑うと、なまえさんの肩をポンポン叩いたのだった。

「なまえに選んで貰うと良か」






「絶対ぼやかれる……」

すでに頭の中の伊武はぼやきを始めている。
なまえさんセレクトのプレゼントを抱えて杏ちゃんを送って帰ることになった。もちろんプレゼントは杏ちゃんに払わせるわけにはいかないので俺の自腹だ。

「まあまあ。でも今頃あの2人どんな会話してるのかなー」

橘さんはなまえさんを家まで送って帰っている。流石に、最後まで2人を尾行することはせずに俺はなんだかんだ杏ちゃんと2人きりで帰ることができた。なまえさんは俺をまるで敵のように見ていた。お義父さんか。

「でも、今日ちょっとだけ思った。お兄ちゃんとなまえちゃんの距離感、少しだけ変わってた気がする」
「どんな風に?」
「なんか、なまえちゃんも大人になったなーって」

俺の知っている大人はドラえもんクッションに過剰に興奮したり外税に鬱になったりしない。なまえさんは昔はもっとすごかったんだろうか。
でも、橘さんとなまえさんを一番近くで見ていた杏ちゃんだから、分かることがあるんだろう。

「昔のままじゃいられないんだよね、お兄ちゃんもなまえちゃんも」
「でも、杏ちゃん。その関係だって、どうなるか分からないよ!ほら、橘さんとなまえさんが付き合うって方に変わってくかもしれないし……」
「神尾くん……」
「それに俺、言ったじゃん。杏ちゃんの力になるってさ」
「そうだったね。ありがと神尾くん」

その変化に気付いたり、知らないふりをしながら未来に近づいていっている、ってことだ。

「あ、神尾くん」
「な、何!?どうしたの杏ちゃん!?」
「今度、どっか行こうよ」
「えっ!?いいの!?」
「うん、今日はあんまり遊べなかったからね」

杏ちゃんとデートなんてできなくても、俺はこの瞬間を嬉しいと思える。そう思うだけで、俺と杏ちゃんとの関係がいつかきっと、俺の信じてる方に変わるって考えられる。

「次は2人でね!」


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