「なまえ、待たせた」
「全然待ってなかよ」

側から見たら長い付き合いを思わせるカップルみたいだ。
「もしかして幼馴染カップルかな?」とも深読みできる。しかしこの2人に関してはズバリ的中!とは言い難い。


「杏はどこに?神尾は来とらんと?」
「杏ちゃんと神野くんなら……」
「神尾ばい」
「なーんね、本当に突然ばい。仕方なかね、杏は」
「2人で出掛けてっちゃった」
「なーんね、ほんなこつ突然ばい。あの2人そぎゃん仲良かったとか」

俺も思わずドキッとしてしまう。それ以上になまえさんは焦っているみたいだ。

「……そ、そうだね。な、なんか誰かにプレゼント買うって言ってたよ」
「プレゼントか、伊武あたりにか?」
「あは、あはははは」

「なまえちゃんが割と自然に誤魔化してる。まともだ……」
「あ、やっぱりなまえさんって変わってる?」
「すっごい変わってるよ。もう変人伝説は数知れず……私の学校ではなまえちゃんといえば宇宙人に拉致されて脳改造させられたって噂までたてられてた位よ」
「本物だ」
「本物よ」

橘さんとなまえさんを会話が聞こえる程度の近からず遠からずの距離で監察する。
杏ちゃんの目的は最初から、橘さんとなまえさんを二人きりにする、というものだった。
俺はダシであろうと杏ちゃんの為なら協力するよ。これも解釈のしようによってはデートだ。
脳内の深司が『……頑張れよ』と珍しく俺を慰めてくれている気がする。


「まあよかばい。杏も神尾もおらんけど、せっかくだし、なまえに付き合って欲しかところがあるとよ」
「何?どこどこ?」
「近くのショッピングモールで中華鍋ば見たか」
「中華鍋?そういえば桔平は料理すって言いよったね」
「中華鍋ば欲しかとよ」
「そぎゃんと中学生が欲しがるものじゃなかよ」
「そうか?」

橘さんとなまえさんとはショッピングモールのある方へ足を進めた。
杏ちゃんが「私たちも行くよ!」と言って、悟られないよう距離を保って2人の後をつける。



「桔平の料理、いっぺん食べてみたか〜」

調理器具コーナーでは橘さんの足取りが更に軽くなった。一方でなまえさんは女子ながら調理器具には興味ないらしく、サンプルのカタログを読んでは「これ美味しそう」と感嘆を漏らしていた。

「桔平はどれ作れる?私なんだかんだ桔平の料理食べたことなかけんさ」

橘さんが中華鍋を吟味する横でなまえさんが近くの料理カタログを目で追いながら訊く。
橘さんは嬉しそうに、なまえさんのカタログを覗き込んだ。
うわこのシーン、役回りを除けばまるで夫婦みたいだ。
橘さん!こっちが恥ずかしくなります。

「ん、メニューは何でも。食べたい物なら全部作ってやるけん」
「ムースケーキとか苺のタルトとかレアチーズケーキとかティラミスとか食べたい」
「なまえ……俺の食べれんもんば作らせて、自分1人で食べる気だな」
「バレた?」
「バレバレだな」

いたずらっぽく笑うなまえさんに、
いつもと雰囲気の違う笑顔の橘さん。
いや、俺たちといる時も頼りになるし誠実な人だけど、なまえさんといる時は好感触だが少しベクトルが違う。橘さんが女子と話すところも何度か見たこともある。その人たちに対するのとも違う。


「橘さん……」
「お兄ちゃんね、昔からなまえちゃんのこと好きなのよ」
「……ええええええ!?橘さんが!?」
「しーっ!声が大きい!」

2人で橘さんたちにバレてないか確認するが、バレてはいないみたいだ。気付かず談笑している。
俺は歴史的瞬間に立ち会ってしまった。深司たちがこれを聞いたらまず驚愕するだけに限らず卒倒するか何かするかに違いない。現に俺は何もないところで躓きかけて杏ちゃんに情けない姿を晒すところだった。

「なまえちゃんはね、中学生になる時に東京に引っ越して行っちゃったの。お兄ちゃんはなまえちゃんのこと昔からずっと好きだし。
なまえちゃんも昔はお兄ちゃんのこと好きだったみたいなの。お兄ちゃんは恋愛に疎いし、なまえちゃんはもともとアレだから、お互い自分の気持ちにすら気づいてないけど」

橘さんの好きな人。
俺たちが尊敬する橘さんの、まだ知らない部分を見れて率直に嬉しかった。
きっとここに誰がいても俺の仲間たちならこれを嬉しく思うだろう。
……それを教えてくれたのが杏ちゃんだっていうのも、俺はすげー嬉しかった。


「そしたら、桔平あれ作れる?」
「何ね?」
「スターゲイジパイ。あれ食べてみたか!」
「それって確かまるごと使ったニシンが顔ば出しとるイギリス伝統料理のパイだったか?」


「うわぁ……」
「さすがなまえちゃん……」


杏ちゃんの心配もするいい人だとは思う……でも橘さんが何でそんな人好きになったかちょっと疑問だ……。




2016.04.26修正

話の流れがまずいところを修正しました。


[ ]