桔平と杏ちゃんと久々にお出かけするってことで、駅前で待ち合わせしてたんだけど、杏ちゃんは何だかそわそわしているみたいだった。

「今日、杏が俺のテニス部の後輩を誘ったみたいなんだ」
「へぇ。桔平の後輩ね」
「神尾のことは話したことあったな」
「あーうん。確かすっごい足の速い人だったかな」

杏ちゃんやるなぁ。でも折角のデートなのに桔平と私がついてきても良いんだろうか。
保護者が後ろから見てるデートとか何の罰ゲームなんだろうか。
まだ見ぬ杏ちゃんの彼氏(仮)に同情の思いを馳せる。

すると突然、桔平の携帯電話が鳴った。

「おふくろだ。ちょっと出てくるけん、神尾が来たらよろしくな」
「はーい」

桔平が携帯に出たところで、杏ちゃんが誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。

「神尾くーん!」

今、桔平も神尾くん?って呼んでたっけ。じゃあ彼が神尾くんなのか。なんか鬼太郎みたいな髪型してる……あっ、すごい嬉しそう。あれはデートに浮かれてる顔だ。

「ごめん待たせちゃって!」
「気にしないで。そんなに待ってないから大丈夫!」

私がそーっと杏ちゃんの横に立っても気付いてない様子。この鬼太郎は本当に杏ちゃんしか見えてないようだ。
しかし、杏ちゃんは別に恥ずかしがってもいないところを見ると……この2人付き合ってないんじゃないかな?とりあえず疑問を杏ちゃんにぶつける。

「この子杏ちゃんの彼氏?」
「いや、そんなんじゃ……」

あ、やっぱり。
杏ちゃんに片想いなわけですな。

「ほうほう、お姉さんが見定めてしんぜよう」
「!?って誰!?」

ここで漸く私に気付いたらしい鬼太郎くんはまるで背後霊を見つけたみたいにビビってる。
おいおい鬼太郎にそんな反応されるのは不本意だぞ!

「ぬぬ、失礼な反応だな!」
「なまえちゃん、こちらは神尾くん」
「あー!神尾くんね。桔平から聞いてるよ!
私は橘なまえだよ、よろしくね」
「えええーっ!?」

ちょっとからかってみたら普通に騙されてくれた。お姉さん的には好印象。

「こら!なまえちゃん、神尾くんをからかっちゃダメよ」
「ごめんごめん」

少し呆然としている鬼太郎くんに謝る。

「私、みょうじなまえっていうの。熊本で桔平や杏ちゃんの近所に住んでて、2年前から東京に住んでるんだ」
「私の家族みたいな存在なの。よろしくね」
「……」

残念そうな顔をしてるなぁ。
これもしかして、桔平いるの知らないんじゃないかな、この子。だとしたら可哀想な気もしてくる。


「それにしても、本当……神尾くんとなまえちゃんって髪型が対称になってて面白い!」
「天使か」


「なまえちゃんも神尾くんも音楽好きだし共通点が意外とあるよね〜」
「そうなの?」

私と鬼太郎くんは互いを見た。
髪型は左右対称だ。
でも私はちょっと不満だ。


「私こんな鬼太郎鬼太郎してないよ」
「なまえちゃんも鬼太郎鬼太郎してるよ」
「私はほら、一旦木綿だから」
「人の姿すらしてない……」

私はもっとマスコットキャラ的な立ち位置だと思うの。だから鬼太郎ではなくて……あれ?マスコットってもしかして目玉親父なんじゃ?

「そういえばなまえちゃん、お兄ちゃんは?」
「桔平ならおばさんから電話かかってきたみたいでちょっと出てるよ」

桔平の名前が出ると鬼太郎くんの姿勢がピンと伸びた。


「チャンス!」
「チャンス?」

突然杏ちゃんが私に向かって手を合わせた。
ついつい私もつられて合掌してしまう。


「なまえちゃん、お願いっ!私、二人きりで神尾くんとデートしたいの……だからなまえちゃんがお兄ちゃんを引き留めておいて!」
「えっ!?」
「あ、杏ちゃん積極的……!お姉さんびっくりだよ……」


杏ちゃん……私は桔平を離散させるダシだったってことか。
杏ちゃんの頼みを断れない私の性格をよく理解しているなぁ。


「なまえちゃんお願い!」
「うーん……杏ちゃんが言うなら仕方ない」
「やった!ありがとう!」
「ただ杏ちゃん、一瞬鬼太郎くんとお話しさせてね」
「神尾です」
「そうだ、神尾くんだ」

私はちょっとニヤついている神尾くんの背中を押して、杏ちゃんから距離を取る。


「いいかい?神室くん」
「いや、だから神尾です」
「神尾くん。私はちっちゃい頃から杏ちゃんを知ってるし、妹だと思ってる」

自分の面子のために、杏ちゃんが私のことを妹扱いしているのは秘密にしておこう。

「ぜーったい杏ちゃんのこと泣かせちゃだめだよ?」
「分かってます!」
「あと不純異性交遊はダメよ」
「そ……それってどこからどこまでですか?」
「お触りはダメ」
「そのお触りはどこから」

不純異性交遊の基準……。
あっくんとかうちのお母さんが、「知らない男と手を繋ぐのはダメだ」って言ってたっけ。
と言っても神尾くんは知り合いか。

「……手を繋ぐのはセ、ギリギリアウト」
「それちょっと厳しすぎるでしょ!?」
「君の指図は受けん!」
「何でそんなおっさんみたいな……」

何としてでも手を繋ぎたいらしい神尾くんが色々説得を考えてところで杏ちゃんが慌てて近付いてきた。

「神尾くん!お兄ちゃん来ちゃったから行こう!」
「う、うん!」
「わ!杏ちゃん話終わってないし、それに私なんて桔平に言えば……」
「なまえちゃんに任せるね!」
「えええ丸投げ!?」

確かに、桔平がこちらに近付いてくるのが見える。杏ちゃんは神尾くんの手を掴むと雑踏の中に消えていってしまった。


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