ちょうど3日前のこと。杏ちゃんに付き合ってと言われてデートに誘われた。
OKを出すときの俺の声はめちゃくちゃ震えてた。それを背後から見ていた深司のぼやきもいつも以上だったけどそんなの気にならない程俺は浮かれた。

テニス部の仲間たちは俺を送り出してくれた。
頑張れ!と。


「神尾くーん!」

こっちこっちと手招きする杏ちゃん。爽やかな風に包まれて輝いて見える。
いや、元々十分すぎるほど輝いているけど!

「ごめん待たせちゃって!」
「気にしないで。そんなに待ってないから大丈夫!」

笑顔の杏ちゃん可愛い!俺今すげー幸せ……!

突然転がり込んできた幸せを噛み締めていると「この子杏ちゃんの彼氏?」と更に調子に乗ってしまうようなセリフが聞こえてきた。

「いや、そんなんじゃ」
「ほうほう、お姉さんが見定めてしんぜよう」
「!?って誰!?」
「ぬぬ、失礼な反応だな!」


……誰?
腕を組んで俺を白けた目で見ている人は杏ちゃんの横を堂々と陣取っている。
お姉さん?
橘さんに妹って杏ちゃんしかいないよな?


「なまえちゃん、こちらは神尾くん」
「あー!神尾くんね。桔平から聞いてるよ!
私は橘なまえだよ、よろしくね」
「えええーっ!?」
「こら!なまえちゃん、神尾くんをからかっちゃダメよ」
「ごめんごめん」

一瞬信じてしまい本気でビビってしまった。
なまえちゃんと杏ちゃんに親しく呼ばれる人は、ごめんねと謝ってくる。

「私、みょうじなまえっていうの。熊本で桔平や杏ちゃんの近所に住んでて、2年前から東京に住んでるんだ」
「私の家族みたいな存在なの。よろしくね」
「……」

保護者付きか……。
頭の片隅で深司の『ざまぁ』という声が聞こえる。
……いや、考え直すんだ。
橘さんには申し訳ないけど橘さんがいたら絶対緊張するし。そりゃあ杏ちゃんと二人きりじゃないのは残念だけど、ここは逆にチャンスだと思おう。


「それにしても、本当……神尾くんとなまえちゃんって髪型が対称になってて面白い!」

笑いを堪え切れずに吹き出す杏ちゃん。
天使か!

「天使か」

隣でなまえさんの口から声が出ていた。

「なまえちゃんも神尾くんも音楽好きだし共通点が意外とあるよね〜」
「そうなの?」

俺となまえさんは互いを見た。
確かに髪型は左右対称である意味鏡を見ているみたいだ。
でも何故だろう……何故かは分からないけど心の奥底でこの人と似ていると言われたくないと失礼なことを思ってる。

「私こんな鬼太郎鬼太郎してないよ」
「なまえちゃんも鬼太郎鬼太郎してるよ」
「私はほら、一旦木綿だから」
「人の姿すらしてない……」

割と真剣な顔して『自分は一旦木綿です』っていう女子を俺は知らない。
この人、もしかしてちょっとズレてるんじゃないか?

「そういえばなまえちゃん、お兄ちゃんは?」
「桔平ならおばさんから電話かかってきたみたいでちょっと出てるよ」

……ってか、いるのか橘さん!!!
自分の背中にもう一本背骨が出現したように俺の背筋がピンと伸びた。
やはり頭の片隅の深司が「橘さんにしごかれてくれば?」とほくそ笑んでいる。


「チャンス!」
「チャンス?」

突然杏ちゃんがなまえさんに手を合わせた。と、なぜかなまえさんも杏ちゃんの前で手を合わせた。
この辺でなまえさんは絶対変な人だと確信した。

「なまえちゃん、お願いっ!私、二人きりで神尾くんとデートしたいの……だからなまえちゃんがお兄ちゃんを引き留めておいて!」
「えっ!?」
「あ、杏ちゃん積極的!お姉さんびっくりだよ……」


杏ちゃんが俺とデートしたい!?
なまえさんがいた時から感じていた、二人きりになれないやるせない気持ちが吹っ飛び、俺の胸はまた早く脈を打つ。

「なまえちゃんお願い!」
「うーん……杏ちゃんが言うなら仕方ない」
「やった!ありがとう!」
「ただ杏ちゃん、一瞬鬼太郎くんとお話しさせてね」
「神尾です」
「そうだ、神尾くんだ」

なまえさんは俺の背中を押して、杏ちゃんから距離を取る。


「いいかい?神谷くん」
「いや、だから神尾です」
「神尾くん。私はちっちゃい頃から杏ちゃんを知ってるし、妹だと思ってる」

なまえさん頼りないし、なんか杏ちゃんには妹だと思われてそうだな……。

「ぜーったい杏ちゃんのこと泣かせちゃだめだよ?」

ただ、真剣に俺に言う姿は確かにお姉さんらしかった。杏ちゃんは橘さんの大切な妹だし、そんなの承知だ。

「分かってます!」
「あと不純異性交遊はダメよ」
「そ……それってどこからどこまでですか?」
「お触りはダメ」
「そのお触りはどこから」

なまえさんはちょっと人と比べて中身にズレのある頭で考えている。嫌な予感がする。

「……手を繋ぐのはセ、ギリギリアウト」
「それちょっと厳しすぎるでしょ!?つーか今セーフって言いかけたでしょ!?」
「君の指図は受けん!」
「何でそんなおっさんみたいな……」

手を繋ぐだけでも許して貰おうと色々説得を巡らせていたところで杏ちゃんが慌てて近付いてきた。

「神尾くん!お兄ちゃん来ちゃったから行こう!」
「う、うん!」
「わ!杏ちゃん話終わってないし、それに私なんて桔平に言えば……」
「なまえちゃんに任せるね!」
「えええ丸投げ!?」

確かに、橘さんがこちらに近付いてくるのが見える。杏ちゃんは俺の手を掴んで引っ張っていく。呆然とするなまえさんとの距離が開くごとに杏ちゃんに掴まれた手が熱を持っていく気がする。



本日2回目、俺……今すげー幸せだ……!
頭の中の深司が面白くなさそうな顔をしてぼやいているがそのぼやきは俺には届かなかった。


「神尾くん!」
「あー!俺、マジで頑張れる気がする!」
「何を?」
「はっ!?ど、どうしたの杏ちゃん?」
「もー。神尾くんってばぼーっとしちゃうんだから」

私の話、ちゃんと聞いてよね!と釘を刺す杏ちゃんも本当に可愛くて。杏ちゃんに怒られ笑顔を向けられるなんて本当に幸せだ(本日3回目)。
って、浮かれてる場合じゃねえ!
スマートに杏ちゃんをエスコートしなきゃ!

「ごめんね杏ちゃん!そしたらさ、今からどこに行こうか?」
「その話をしてたとこなの!これからお兄ちゃんとなまえちゃんを尾行するわよ」


脳内の深司が俺を再び「ざまぁ」と嘲笑した。



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