みょうじがまーた乾汁を飲んじまったらしい。ついこないだ引っかかって散々な被害にあったくせにまたかよ。おのずと気付かない内に墓穴を掘っていくスタイルなのか。

「んで、どうなったの?」
「それは自分の目で確かめるといい。噂をすれば来たぞ」

柳と話していたらみょうじがやって来た。いつもならお気楽な足取りなのに、今日は猫みたいにしなやかで上品にこっちに歩いてくる。スゲー嫌な予感しかしねぇ。

「こんにちは!柳くん、ブンちゃん」
「手伝いか?いつもすまないな」
「いえ、私の義務だもの。感謝されることじゃないよ」
「違ぇ!!!!」
「?」

思わず大声が出ちまった。普通みょうじなら「ほんとだよー!後で跡部くんにアイスでも奢ってもらわないと割りに合わない!」って言ってるはず。なのが、「感謝されることじゃないよ」?色々変わりすぎだろぃ!

「丸井は『感謝されるほどことをやっているのだ』と否定しているんだ」
「そうなの?ありがとうブンちゃん」

淑女みたいな微笑みをみょうじの癖に返してきやがった。こういうのを見ると、つくづくみょうじは性格で損をしてると思うわ。一度頭に取り憑いた奇行種みょうじなまえの言動がみょうじ本体がどんなに良い女になろうと邪魔するのも含めて性格で損をしてる。俺は驚きで風船ガムが膨張して割れたのも気付かなかった。

「うふふ、ブンちゃんどうしたの?」
「確かにギャップによってもたらされるショックは大きいな。丸井、これは3日ほどで治るそうだ」
「お、おう、そうなのか……」
「あ、いたいたみょうじ先輩!って丸井先輩その顔、プッ!どうしたんすか?」

取り敢えず赤也のワカメ頭を叩いといた。言っとくがどうせお前もみょうじが口を開いた瞬間俺と同じ穴の狢になるんだからな!

「どうして私を探してたの?」
「部長が探してたんすよ。つーかまた乾汁飲んだんだって?アンタ本当に大丈夫なんすか?」

多分幸村くんはみょうじの性格激変のこと知ってる。それを知ってて何も知らない赤也を寄越したんだろう。幸村くんの考えてることはいちいちわかんねー。でも絶対楽しんでるだろぃ。

「全然なんともないわ。それより、切原くんのおでこ……怪我してるけど大丈夫なの?」

赤也は不思議そうな顔をした。多分みょうじの口調がお上品になってるのに違和感があるんだろう。

「別になんともないっす。こんなのかすり傷かすり傷!」
「血が出てるわ!絆創膏貼ってあげるから少ししゃがんで」

赤也をしゃがませたみょうじだが赤也は身構えた。得意気にしてやったり顔をしてる。

「また私に直せないテレビはないとか言って手刀入れるつもりなんでしょ!?」

おいみょうじそんなこと言ってたのかよ!
途端に一時的にフェードアウトしているみょうじが恋しくなる。俺は淑女なみょうじより単純にバカなみょうじの方がいいわ。

「そんなわけないでしょう?ほら、貼るからじっとしているのよ」
「え」
「……できたわ。もう、こんな怪我をさせたのは誰かしら?どんな形であれ人に怪我をさせるのはよくないわ」
「みょうじさんいつUMAから天使に転職したんすか」
「私が未確認生物?まさかそんなわけないじゃない。うふふ、切原くんったら」
「違う!!!!」
「え?どうかしたの?」

赤也が俺の仲間になった……いや、元々仲間だけど。軽くパニックに陥っているらしい赤也は口を金魚みてーにパクパクさせながら俺と柳とみょうじの顔を交互に見ている。

「赤也はみょうじは『UMAなわけがなかった、自分がどうかしていたんだ』と否定しているんだ」

柳がわざとなのか変なフォローを入れると、みょうじは『あらっ』と映画のヒロインが抱擁するみたく両腕を広げた。

「うふふ、そうそう。もちろん私はれっきとした人間よ?ほら、触ってみて確かめてくださる?」

「えっ!?触っていいんすか?どこでも?」
「おい急に鼻の下伸ばしてんじゃねぇ!」
「だってみょうじさんが、突然大人のお姉さんみたいになっちゃうからいけないんすよ!」
「ブンちゃん、切原くんをいじめちゃだめよ!」 
「ほらぁ!丸井先輩が悪いんすよ!ねーみょうじ先輩っ」
「お前今みょうじが悪いっつっただろぃ!」
「みょうじは性格が変わろうとも混乱の原因になる確率100%」



みょうじが再び乾汁を飲んだと聞いた。幸村のことといい、みょうじは自分でトラブルを呼び込む才能でもあるのだろうか。そう呟いたところ幸村はそれを聞いていたらしく、「真田も大概だよ」と言われた。何故かは分からないが頭の隅でみょうじがベッドの下から俺の足を掴んだあのシーンが思い出された。本当に何故だ。分からん。

「赤也に迎えに行かせたんだけど遅いなぁ」
「なまえちゃん、性格がまるまる変わったって聞いたがあれは本当のことなんか?幸村」
「そうそう。絶対なまえちゃんで遊ぶなって釘を刺されたよ」

俺は幸村の言葉の裏に「でも遊ぶけどね」という意味を感じ取った。気のせいだと思いたい。

「仁王は何だか面白くなさそうだね」
「どんななまえちゃんになったかは知らんが元のなまえちゃんが面白いからのう。楽しめる気がせんのじゃ」
「仁王くんはみょうじさんのことを随分贔屓にしていますね」
「そのなまえちゃんは柳生を随分贔屓しとるがの」
「なまえちゃん遅いなぁ。ジャッカル、ちょっと見てきてよ」
「俺かよ!?嫌な予感しかしねーけど……ま、俺が行くしかないのか」

ジャッカルが遅い赤也の様子を見に行く。幸村は心底愉快そうで笑顔で座っていた。一方の仁王の奴はみょうじに興味はなさそうである。柳生が対照的な二人を見てこちらもまた愉快そうに笑った。

暫くすると、流石はジャッカルというべきか。遠くから口論する赤也と丸井を引っ張るジャッカルが見えてきた。幸村の目当てであるみょうじは柳と談笑していた。

「大体なお前は調子良すぎるんだよ!現実見ろっての!今はそりゃ優しくておしとやかなお姉さんかもしれねーけどな、アイツの本性は変態だろぃ!俺に突然『私メリーさん!』とか宇宙人声で電話してくるような女だぜぃ!?」
「夢見たっていいじゃないすか!あと3日は『うふふ、切原くん、タオルをどうぞ』って言ってくれるんすよ!?」
「落ち着けブン太!赤也!」
「サティのジムノペディが与える効果、確かに興味深いな」
「ええ。でもジムノペディは1番と2番は『苦しみ』と『悲しみ』についてサティから指示があるのよ。そんな曲にヒーリング効果があるのって不思議よね」
「お前らも止めてくれ!」
「でもやっぱり、それを考えると普段のみょうじさんって性格でめちゃくちゃ損してるんすよね」
「確かに。すげー損してるよな」
「き、急に喧嘩をやめただと……?」

一部始終を見聞きした限り、みょうじはどうやら幾分か落ち着いた性格になったらしい。結構なことだ。冷静さを身につけることはこれから先みょうじにとっても必要なことだ。あとうつつを抜かしている様子の赤也には喝を入れなければならん。

「やあなまえちゃん、乾汁飲んだって聞いたけど大丈夫そうで何よりだよ」
「安心しました。好奇心は大変に大事ですがこれからはあまりご無理なさらぬらように」
「幸村くん、柳生くん、ありがとう。これからは気をつけます」
「ふふ、そうだね。俺達も心配だから。ね、真田?」
「当然だ」

幸村に同意と頷くと、俺を見上げたみょうじはびっくりして顔を背けた。……身長の関係で見下ろす形になりよく女子に威圧感を与えてしまうので気をつけてはいるが、みょうじにもそう感じさせてしまったようだ。元のみょうじは平気なようだから油断していた。

「すまないみょうじ。見下ろす形になってしまったな、気分を害してしま……」
「そ、そんなことありません!というより、かえって……いえ!何でもありません!お気になさらず!」

何かを必死で取り繕っている様子だ。突然、みょうじが来ても興味のなさそうだった仁王が怪しげに笑いながらみょうじの顔を覗き込む。みょうじは近づく仁王からも必死で顔を隠して背けようとする。柳はその様子がおかしいらしく、笑っている。

「ほー、なまえちゃん。もしかして真田が気になるんかのう?」
「いいいいえ!そ、そんなこと……!」
「ほう、淑女となったみょうじなまえは弦一郎のような異性がタイプなのか」
「真田だって!?」
「真田部長ぉ!?」
「なっ!?仁王、柳!からかうんじゃない!」

仁王と柳に反論しようとしたところで、肩に手が置かれた。俺は振り向かなかったがその手の持ち主が判別できてしまう。


「真田も大概、トラブルを呼び込むよね」


立海で一番トラブルを呼び込むはずのジャッカルが引きつった苦笑で俺を……または俺の後ろにいる男を見て、顔を背けた。
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