「みょうじ、学校中でお前を探してる奴がいるらしいぞ」
「誰?」
「知らねー。さっき学校の奴らが噂してるのを聞いた……つーか何してんだお前」
「ガンダムブレイカー」
「お前なぁ」

自分のことを探してる人がいるらしい……というのを宍戸から聞けど誰か分からないなら別にこっちから会いに行く必要もない……と考えている様子のなまえはまたテレビ画面に向き直った。冷暖房完備の上にWi-Fi環境に60インチフルハイビジョンの液晶テレビがあると、テニス部の部室をすっかり気に入ったらしいなまえは、ミーティングをやるテニス部の邪魔にならないように音量を下げてプレイしていた。居候の最後の良心である。

「なまえのこと探してんのか?」
「ああ。……そういやブロンドの背が高い王子様みたいな奴だったって話だ」
「何それ」
「男か」
「外国人……ですかね?もしかして俺達の短期留学の時に知り合った人じゃないですか?」
「うーん……私の頭の中のアルバムにはそんな人いないや」
「なまえちゃんの記憶なんて宛てにならんやろ」
「メガネ割るよ!」

結構な脅迫をしたなまえは、そこで何かを思い出したように「あ」と声を上げたのだった。

「メガネで思い出した!私今日松田先生に呼ばれてたんだった!行かねば」
「アーン?お前のこと探してる奴のことはいいのか?」
「いいよ。だってそんな人知らないんだもん」

ゲームを一旦セーブして切ってなまえは「じゃーねー」と言って出て行った。ゲームはテレビに接続しっぱなし。もうなまえにとってテニス部の部室は自室の一部である。なまえの私物はゲームを始め増えていく一方だ。レコードプレーヤーに至っては跡部が乗せられて買い与えたものである。

「なまえちゃんを探してる奴って、やっぱりなまえちゃんの知り合いなのかな?」
「そうでしょうけど、肝心のみょうじさんは覚えてないですしね」
「哀れなやつだ……」
「なまえちゃんと付き合う上で避けては通れない道やな」
「さあ、んなことよりミーティングの続きだ」

跡部が話を戻した瞬間、ドアの開閉音と共に誰かが現れた。随分帰ってくるのが早い、と思ったが、現れたのはなまえではない。

「ここに……」

白いタキシードとブロンドヘアーが外の光でキラキラと映えている……気がする。八頭身のかなり良いスタイルは影からも推察できてしまうほどで、かっこいい。

「ボクの天使がいると聞いて」

ドア枠にもたれ掛かって呼吸を整えながら決め顔をなさる王子様に、ほぼ全員が『何なんだコイツは』という視線を向ける。残念ながら黄色い声援を送ってくれる女子はいなかった。別になまえがいても送らないだろうが。

「……天使?」
「そう!シャトー・ディケムのように甘く人々を誘惑し、そして時にはシャトー・ラフィット・ロートシルトのように大人のほろ苦さで翻弄する……ボクの音楽の天使!その天使がここに!いると聞いて!」
「シャトー?何それ?」
「……ワインですよ」
「何だコイツ、いちいちカッコイイポーズとらないと死ぬ病なのか……えええ」
「激ダサ……」
「初対面の方に失礼ですよ皆さん!」
「跡部みたいだね〜」
「俺様はもっと決まってんだろーが!」

どうやら残念な脳味噌をしているらしい王子様は、カツカツと革靴の音をたてながら、何やら高級そうな箱を机の上にそっと置き、背後に隠していた赤い薔薇の花束をさっと前に出した。

「ボクは神がお創りになられた天使……なまえに魅了されし迷える子羊……なまえを探してフランスからこの日本へと馳せ参じた」
「ひどい言葉のセンスだぜ」
「日本語覚えたてではしゃいどるんやな」
「つーかこの王子ルックスってことはコイツみょうじの知り合い?」
「みょうじ!?」

跡部がみょうじの名前を口にした途端、金髪ブロンド……以下残念王子の目がギラリと光る。

「キミたちはボクの天使なまえを知っているのか!?…… Aïe!!」

何かに耐えかねたのか、日吉がスパーンッ!と近くにあった古新聞を丸めて残念王子の残念な頭を叩いた。最早日吉に至っては彼をゴキブリ扱いしているようだ。

「あのアホが天使なわけない。まずお前は誰だ。話はそれからだ。あとあの人はお前のじゃない。早く名を名乗れ」
「あの日吉が怒りすぎて話を整理できてないなんて!」
「激ダサだぜ」
「ふ……そうだった。失礼」

叩かれた衝撃で少し散ってふりかかった薔薇の花びらを払い、彼はキリッとした顔つきになる。いちいち決めポーズさえ取らなければ、王子様フェイスのイケメンであるから良い感じなのに。

「ボクの名前はカミーユ。ボクがここに来た理由は先程説明した通りだ。なまえはボクの友人、そして、ボクの音楽に変革を興した運命の人!それで、なまえは?なまえはどこにいるんだ?」
「みょうじならさっき出て行ったぞ」
「何!入れ違いか。彼女はまたここに戻ってくるのか?」
「まあ、荷物を置いてっとるし帰ってくると思うで」
「そうか」

残念王子は相槌を打つと、目の前の空いていた席に座った。

「アーン!?テメー、何居座ろうとしてやがる!」
「いいじゃないか。これ以上歩き回っても仕方ない。なまえに確実に会うにはここにいた方が良い。はあ……なまえ……ボクを焦らすつもりなのかな……キミの美しく繊細な音楽に焦がれて……はぁ、最早時間などさしたる問題じゃないさ」
「コイツマジで気持ち悪いぜ」
「俺今すげーみょうじに同情してる」
「キミたちは客人にお茶の一つも出さないのかい?」
「図々しいなコイツ……」
「ロマネ・コンティでも構わないよ」
「ロマネ・コンティだと!?出せるが帰れっつってんだろーが!」
「出せるのか跡部……」
「ハハハ!キミたちは面白いね!コメディアンなのかい?」
「クソクソ!テニス部だっつーの!」

コイツに居座られるのは困る。だからといって、なまえがコイツに捕まるのも何か嫌だ……その場にいる全員がどっちつかずの気持ちに苛まれた。





「ただいまー!見て見て!これ松田先生から奪ったメガネ……って何かどんよりしてる」
「なまえ!天使!アンジュ!音楽の女神ミューズ!」
「……」

部室に戻ってきたら真っ白なタキシードを着用し、スラッと背の高い王子様のような男が突然自分を天使やら女神やらと呼んでくるこの状況をどうすればいいかなまえは困惑していた。誰だコイツ……という視線を隠しもしない。

「誰か助けて」
「お前の友達だろ!どうにかしてくれよ!」
「知らんよこんな友達!」
「忘れたのかい!?ボクだよ!」
「まさか新手の詐欺!?直接対面してからだなんていい度胸!」
「ボクだよ!カミーユ!」
「カミーユ……カミーユなんてΖのパイロットしか……あっ!」

なまえはぽん!と手を叩いた。
どうやら頭の中のうすぼんやりとしたアルバムと一致する人物が現れたらしい。

「コンセルヴァトワールのカミーユくんだ!」
「Vous êtes mon ange!! Je t'aime à en mourrir!」
「あー……あはは、公衆の面前でこれはちょっと……何言ってるか分かんないし」

ようやく思い出してもらったカミーユは感極まってなまえに抱きついた。なまえは苦笑いしてやんわり拒否しているが。

「やっぱり知り合いだったのか?」
「そうそう。こちらカミーユくん。コンセルヴァトワールでピアノやってるすごい子だよ。超上手いよ」
「なまえに褒められたッ……!これは神の掲示か!大天使ガブリエルのアノンシアシオンにも勝る言葉!まるでなまえの奏でるサティのメロディ!」
「コイツ黙らせられねーか?」
「跡部くんだって私が言っても黙らんくせに」
「コイツと一緒にするな!」
「ねぇ、なまえ……その……っ」
「みょうじ下がれよ」

なまえから離れたカミーユは、次はもじもじしながら顔を赤らめている。その不穏な雰囲気に間に珍しく日吉や向日が割って入りなまえはそっちの方に胸をキュンと鳴らしていた。

「ボ、ボクが1ヶ月前に送ったプレゼント喜んでくれた?」
「ああ……やっぱりあれカミーユくんだったのか。差出人の名前無かったから一体誰かと」
「なまえさんにプレゼントですか?」
「うん……その時みょうじ家が一番欲しかったもの……」
「もったいぶってないで教えてや」
「仏壇」
「……」
「家の前の仏壇古くなっちゃってさー。でもそれどこで知ったの?」

貢物が仏壇。どんな女だ……と一同固まる。流石に相手が欲しがっているとはいえ誰も仏壇を贈ろうとは思わないだろう。跡部は別。

「これがボクの愛の形さ」
「仏壇の形した愛なんて俺いりませんよ」
「別に仏壇の形じゃなくてもいらないと思う」
「鳳が呆れているやと……」
「そうだそうだ。仏壇の中にたくさんパリ行きのチケットが詰まってた」
「そうだよ!パリ!なまえ!」

日吉と向日を振り払い、カミーユはなまえの手をがっしりと握る。後ろから向日が古新聞でぶっ叩くが彼には全く効いていないようだ。

「なまえ、ボクと一緒にパリに行こう!」
「えっ」
「なっ!?」
「パリだって?」
「キミは絶対パリに来た方がいい……キミの為になる!」
「それで仏壇にあんなにチケットを詰めてたのか」
「キミがあのブツダンというものでも足りないなら!ここにもう一つ!ボクからの気持ちがある!」

カミーユは入ってきた時に机の上に置いた高級そうな箱をなまえに差し出す。なまえは受け取って蓋を開けると、そこには仰々しいラベルのワインボトル。

「それがボクからの気持ち……なまえの生まれ年のシャトー・ディケムだ」
「ほう……確かに本物だな」
「本物なの?」
「ああ。年代物なら1本200万はする」
「200万!?」
「それとこの箱いっぱい入ってるのはチケットかなぁ?」
「もちろん、パリ行きのチケットさ。
ねぇ、なまえ。一緒にパリでピアノをやろう。キミと会う前から、ボクは世界で一番のきみのファンなんだ。だから、分かるんだ。キミはもっとパリで音楽を学ぶんだ……絶対なまえの才能は開花して、評価されるよ!」
「カミーユくん……」

その場で聞いていた全員が、カミーユの言うことが正しいと分かっている。なまえの為にもなる、ということも。だからこそ、無言のなまえを見守っていた。
案外なまえの口が開くのは早かった。

「ごめんね、カミーユくん。私、もうちょっと日本にいたいから」
「なまえ……」
「気持ちだけ受け取っとく」
「……ふっ」
「ふられたな……」
「元気出せよ」

なまえに断られて一瞬天を仰いだカミーユに、宍戸と忍足が肩に手を置き慰める。

「いや、いいのさ。ボクの浅はかな思い上がりだった……ボクは急ぎすぎた時期尚早な未熟な若いワイン……またはキミという神秘の雫を導き出すのはこのボクではなかったということか……」

宍戸と忍足の心は一瞬で鬱陶しさと殺意で満たされたのだった。

「あとワインも受け取っとくね!」
「アンタ転売する気だろ」
「いやだなぁ日吉くん!転売するわけないでしょ!これはみょうじ家の誰かが……特に母がしかるべきところに売買するはず」
「それも転売って言うんでしょうが」

なまえはそれでも200万のワインは手放し難いと思うくらいには俗っぽかったのであった。唇をつきだしていやいやと駄々をこねるのだった。

「でもほらー、私もカミーユくんも飲めないんだし……」
「……まさかこのバカ王子、未成年なのか?」

「何言ってんの?日本でいうと中1、13歳だよ」
「あれー?キミたち気付かなかったのかい?HAHAHA!」
「言うとくが俺達全員年上なんやぞ」




未成年の王子様が、去ってから早3日が去った。
なまえは結局高い酒を実家に持って帰った。みょうじ家は転売することなく家に飾っているらしい。

「なんかねー、あのシャトー・ディケムってお酒さ」
「おう、家に飾ってるんだろ?」

テニス部のミーティングに混じって、貰ったワイン(200万)の話を始めるなまえ。その顔はどこか暗く、沈んでいた。そして、遠慮がちに話し始めた。

「あれって、映画でレクター博士がクラリスに送ったお酒と一緒なんだって。しかも生まれ年」


その日のテニス部の緊急ミーティングではワインを転売させることが決まった。




2016.04.22

リクエストにお応えするのにこんなに時間がかかって申し訳ありません。
年下クール生意気キャラがレアすぎて越前くん見てるとなんか動悸がします。越前くん主役の回を作りたい!と思って今書いてます。
それと王子様!なんでこんななったんだ何か違うぞと思いながら楽しく書きました。
カミーユくんは手元に……Ζガンダムがあったからです……。

流希様、リクエストありがとうございました。
また、大変遅れてしまって申し訳ありません。


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