視界と呼べる暗闇の中で灯る俺たちの手元の携帯のライトだけ。その真っ白に発光するライトもこの暗闇の中だとかなり頼りがなく足元から先の光は吸い込まれていく。

「今更だけど、コンビニに買いに行かね?」
「本当に今更だC!もう学校に入っちゃってるのに!こうなったらポッキーが融け出す前に回収する!」
「意地張るなって!」
「120円もったいないC」
「半分食べてるんだから60円だろ……」
「クソクソッ!俺は60円の為に命を捨てに来たわけじゃない!」

こうなったのもジローがたった60円分のムースポッキーを蒸し暑い教室の中に置いてきたせいだ。
俺たちは『ええい!お前も道連れだ!』という姿勢のジローを長年育んできた友情の名の下に放ってはおけず渋々と付いてきてしまった。と、同時に仲良く後悔も一緒に付いてきた。

「つーか暗……夜8時ってこんなに暗いもんなのか?」
「へ、変なこと言うなよ宍戸!グラウンドの照明も消えてるからだろ?」
「なまえちゃんが言ってた……」
「は?」
「夜の学校はとーっても怖いんだって……」
「なまえはそのとーっても怖い学校にときどき宿泊してるだろ」

ましてや宿泊している間に七不思議のほとんどをたった一人で創り上げてしまうんだから奴は始末に負えない。それでもみょうじがいたらこの恐怖も少しは紛れていただろう。つくづく今日は部室に居座らずに帰ったみょうじを恨む。
どうでもいい会話で何とか恐怖心を薄めながら足を進めると教室にだんだんと近付いてきた。

「なぁ……何か変な音しねぇ?」
「変な音?」
「そう?」

岳人がそんなことを言うから俺とジローで一緒に耳を澄ます。すると、確かに何か……変な音が聞こえる。

ピィー……ヒュー……ピー……ヒュゥ……

「これ……俺たちの教室から聞こえない?」
「……確かに」

俺たちはそっとライトを消して教室に近付いていく。怪音はますます存在感を増してくる。しない後悔よりした後悔って言うけど今日はした後悔の方が遥かに勝ってるのは気のせいじゃない。

「誰かいるな」

お目当てのポッキーのある教室には何やら先客がいた。俺達は教室の廊下側の窓の下に隠れる。教室に背を向けて、円陣を組んで作戦会議だ。

「誰かって誰?」
「知るかんなもん!」
「お前らの教室だろ!」
「つーかこの音何だよ」
「リコーダーかなぁ?」
「はっきりしなくないか」
「まさか……」
「何だよ岳人」
「好きな女子のリコーダーを舐めるやつか……?
一心不乱に舐めて……吐息がこう、リコーダーの中に……」
「気持ち悪いこと言うな!」
「シーッ!声がデカイC!」

俺がつい大声を出したらガタガタと机と椅子が倒れた音がした。どうやら中にいる奴は俺たちに気付いて慌てているらしい。

「おいおいおいどうすんだよ!」
「し、仕方ない。リコーダー舐めるのを辞めて即刻立ち去れって言うしかないだろ?」
「でもさ……それって、相手がもしリコーダー持ちのストーカーだったらの話でしょ?」
「!」

ジローが暗闇でも分かるくらい白くなった顔で俺と岳人の顔を交互に見る。俺も血の気が引いているのが自覚できるから不思議と鏡を見ているんじゃないかという気がしてきた。

「もし……もしリコーダーだけじゃなく包丁を持ってたら」
「おいやめろ」
「ていうかそもそも人間ですらなかったら」
「やめろよ!人間じゃないわけないだろ!人間じゃなかったら何なんだよ!」

岳人がジローに詰め寄る。ジローは目を泳がせて、それからゴクリと唾を飲んで、俺達が絶対に認めたくない存在の名前を口にしようとする…………。

「なまえちゃん」

……俺の思い違いだった。
岳人も拍子抜けした表情でジローの襟首を掴んでいた手を放してしまった。

「なんでなまえなんだよ……人間だろ……」
「だって日吉が言ってたもん氷帝学園怪奇現象みょうじなまえ帰結説」
「名前に全く工夫がないぜ」
「でも一発で分かるな」
「とにかく!氷帝学園の怪奇現象は元を辿れば全部なまえちゃんに行き着くんだよ!」
「みょうじがいないと夜の学校は平和になるな」
「別にみょうじがいても夜の学校はいつも平和だと思うけどな」
「ん……?」


「よっ」


俺たちの悲鳴が学校にこだまするのを頭のどこかで感じた……。

「何つー登場の仕方してくれてんだお前は!」

現れたのはみょうじだった。みょうじ自体は怖くも何ともないが、なぜか鬼の能面を持っててそれを被って脅かしてきたのだった。窓から乗り出して俺たちを見る能面は怖すぎた。

「だって勝手に色々言ってるからせめて期待に応えなくちゃと思ってピューイ」
「不安には応えなくてもいいんだよ!」 
「なまえ!その能面は何だ!?」
「これ?」

なまえが首に下げている能面は暗闇の中真っ白ではっきりと認識できてしまう分余計に怖い。

「音楽室の備品だよ。授業で使った生成のお面ピュー」
「なまなりって何?」
「なりかかりっても言うよピヒョー」
「それとさっきから何吹いてるんだ?」
「鉛筆キャップ」
「こんな時間に能面持って鉛筆キャップ吹いて……何考えてるんだみょうじ…正気か?」

正気か、と言われてみょうじは何故か笑顔になる。
いつもから『正気だよ!』って食いかかってくるくせに。その笑顔がまた不気味だった。


「儀式だよ!」

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