合宿所の中の離れ部屋にグランドピアノを1台持ち込んで、なまえは休憩の合間にそこで練習しているらしい。
おかげで合宿所内には木漏れ日のように音が微かに響いてくる。曲によって漏れてくる表情がめくるめく変わっていく。


「何かみょうじ先輩っぽくないっすね」
「確かにな、お前が言いたいことも分かる」
「何つーか、ちょっと陰湿っすよね」

柳や切原が聴いているのになまえは気付いていないらしい。
綺麗でしなやかなのに、どこかふらふら覚束ない足取りの旋律が少し陰湿で怖い。

「お、柳くんたちまでおるやん」
「白石か……わざわざここまで来たのか?」
「柳くんだってここに来とるやろ?なまえちゃんのピアノってどこにいても聴こえてくるなぁ」

まっすぐしない足跡をなまえはずっと残していて、それをふらふらと辿ってみたくなってしまうのだ。

「……なまえちゃんこっちを不安にさせるのがめっちゃ上手いわ」
「不安ねぇ……よく分からないっす。なーんか暗いってことだけで」
「なるほど、足元が覚束ないのは、そういうことなのだろう」
「え、ちょっ……二人で何納得してるんすか」


足なんていらないのかもしれない。
いらないと思ってるから、そこに意識なんていかない。だから覚束ない。
そんな足取りのくせに、なぜか止まらず先に行ってしまうのだ。誰がなまえにそうさせている?

なまえは振り返りそうで振り返らない。なまえが触れているのはピアノだけ。
指と指とを大人のように絡ませあって、立ち止まりそうな気配だけ残したまま。


「は……」

吐息を漏らしたところでなまえは止まった。
拍手を送られて、ぎょっとしたように振り返る。

「おおっ、人いたんだ。全然気が付かなかった」
「お前らしいな」
「どうだった?息抜きで弾いたんだけど」
「ほんまに良かったで!」
「……えー」

なまえは眉間に皺を寄せて3人を見る。どうやら感想を疑っているらしい。

「何か……何か『ほんまに良かったで!』の顔じゃないぞ!」
「嘘偽りはない。良かったぞ」
「切原くんは?」
「何かすごかった」
「うーん……何かやっぱりしっくり来ないなぁ。こうなったらもう一度弾いて……」
「それはよせ」
「それはええよ」
「それはやめて欲しいっす」
「ほらやっぱり微妙だったんじゃん!」

日吉くんとか跡部くんとかと同じこと言って……とぶつぶつ呟く。なまえはアンコールを貰えないのは3人が演奏を楽しんでくれなかったと思っているようだ。

「なまえちゃんはどんなこと考えながら弾いてたん?」

白石に言われて、なまえはむすっとしたまま口を開いた。

「……足なんていらない」
「!」


思考が嫌なときにリンクする。

「足っすか?」
「足がないと不安だけど私をエスコートしてくれる人がいるなら、安心できる。
そんな感じのこと考えて弾いてた……ってええ!?何でそんな怖い顔するの!?」


自分のことなんて、すぐに投げ出してしまえる。
なまえをそんな風に操ることのできる唯一に、誰だって白旗を揚げざるをえない。今は。

「手強いなぁ」
「全くだ」
「切原先生通訳お願いします」
「俺が分かるわけないでしょ」



2016/09/18修正

亜久津くんは私の中でヤンキー・いい奴・CV佐々木さんという私のツボというツボを抑えてるのでほんと好きです。一緒にモンブラン食べたいです。書いててとても楽しくて跡部がヘリを出しかけました笑
そして、真剣にピアノを弾かせようとすると中途半端に暗くなってしまいます……。ほんとに申し訳ないです。
今回はサティの冷たい小品から、 "3 Danses de travers"を選曲しました!3つのゆがんだ踊りという意味です。色彩感覚に欠ける曲なのが逆に良いです!私なんかでは良さは伝えられないです。
月子様、長らくお待たせしまして申し訳ありません。また、リクエストありがとうございました!




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