「なまえさん、一杯どうかな……何て顔をしているんだ」

乾くんから呼び出さてれて行ってみると、乾くんが怪しげな液体を差し出してきた。

「だって飲んだ私がどんな状態になったか知ってるよね?」

乾くんの差し出してきた液体から距離を取る。私は乾汁の直接の被害を被り更には聞きたくもないのに青学のみんなから乾汁レビューを聞かされた。不二くんのレビューだけ星5つレベルの高評価だったけど間違いなく評価基準がブレているんだろう。

「あれから改良した。保証しよう」
「ううむ」
「今ならオプションとして君の好物である塩飴をつけよう」
「乗った!」

乾くんは保証する、塩飴をつけてくれると言っているし飲んでみてもいいだろう。私は恐る恐る汁を受け取ると、口をつけて一気に喉に流し込んだ。

「俺は確認していないがね」
「んんんんんん!?」

確認してないのかよ!
保証って一体何だったんだまじでと乾くんを睨むと「理論上は体に害はない」と彼は付け加えた。既に味で私に害を及ぼしているから!

「おええ……。それでこの汁にはどんな効能があるの?」
「それを今実験しているのだよ」
「私はモルモットじゃなーい!理論上で良いから教えてよ!」
「理論上は脳に直接働きかけるはずなのだが」
「直接脳に働きかけた結果どうなるの!何が起こるの!」
「それを今実験しているのだよ」
「マッドサイエンティスト!」
「俺は中3だぞ」
「マッドジュニアハイスクールスチューデント!」

乾くんに掴みかかって抗議していると体に突然力が入らなくなる。というのも、急に私が乾さんに掴みかかっているのがとても野蛮であるような気がしてきたのだ。

「い、乾くん」



「乾先輩、部長が呼んで……」
「ご、ごめんなさい!私、こんな野蛮なことを殿方に働いてしまうなんて!」

海堂が更衣室に入るとなまえが目に涙を浮かべて恥じ入るように乾に背を向けていた。別に何があったか海堂には分からなかったが、とかくびっくりした。なまえの様子が変だ。

「みょうじさん」
「お母様にも叱られてしまいます……」
「みょうじさん」
「乾くん、本当に申し訳ありませんでした。どうかお詫びをさせていただきたいのです」

手を組み詫びるなまえを見てから乾は海堂に視線を移した。

「成功したぞ海堂!」
「やっぱり何かしたんすかアンタ」



なまえの様子がおかしくなったとして、氷帝と青学の間でミーティングが開かれた。丸テーブルの中央に置かれた乾汁を観察している跡部と手塚と、大石。そして、犯人の乾。

「乾汁……とうとう人格にも影響を与えるとは」
「ますます恐ろしいよ」
「思いがけない成果を得られた」
「別に褒めていない。褒められたものでもない」
「おい、どうしてくれる!」

跡部が苛立った表情でなまえを見た。
渦中のなまえは甲斐甲斐しく芥川に膝枕をしていた。

「すー……」
「ふふふ、ジローちゃんったら。よく寝ているわ」
「……」
「宍戸くん、どうかした?」
「いや、なんでもねーよ」

お淑やかで常識のあるなまえ。取り巻く氷帝陣の心境はいつものなまえを思うと微妙だった。宍戸の心境はさらにしょっぱかった。「何であの奇行種状態でないと落ち着かないのだろうか」と。

「なまえ、調子は本当に大丈夫かい?」

なまえの幼馴染である河村が近付いて話しかける。なまえは優美かつ上品に微笑んだ。

「ええ。万全よ、どうかしたの?皆さんその質問しかなさらないけど……」
「演技なら俺たちはもう十分驚いたよ?」
「私がお芝居?ふふ、タカさんったらそんな冗談を!そんなわけないでしょう?」
「ど、どうしよう、なまえがおかしくなった」
「寧ろこれが正常なんじゃ……」

乾汁のおかげで頭のネジが生成されたのではという持論を展開する桃城を遠巻きから日吉が睨んで黙らせた。実際のところその場のほとんどが同じことを思っていたのだけど。

「なあなまえちゃん」
「何ですか忍足くん?」
「ジローが起きたら俺にも膝枕してな」
「うわぁ侑士……」
「そういうの最低だと思います」
「激ダサだぜ」
「傷付くわぁ〜なまえちゃん、慰めてや」
「よしよし、元気出して忍足くん」

忍足を元気付けようと頭を撫でたなまえを見て跡部はとうとうワナワナ震えさせていた手でテーブルを叩いた。乾汁が零れそうになり乾がグラスを支える。


「俺様の知ってるみょうじはここで忍足のメガネを割る!なのに見ろ!寧ろ慰めにいったぞ!」
「嫉妬は見苦しいで」
「うるせえクソメガネ」
「最早名前も呼んでもらえへんとか」
「跡部くん!忍足くんをいじめちゃだめだよ」

忍足を庇うなまえに跡部は「お前もいい加減目を覚ませ!」と言いかけたが、芥川に膝を貸し忍足を庇護する天使オーラ全開のなまえの前に言葉は霧散した。

「俺様はどうしたらいいんだ……!」
「跡部にここまで言わせるとは……」

跡部に手塚が唸る。それくらい手に負えない状況であるのは確かだ。なまえがうふふと上品に笑うほど混乱する。

「タカさんが波動球をぶつけたらいいんじゃない!?」

菊丸の危ない提案をたしなめるように不二が言う。

「英二ならこのなまえちゃんに波動球をぶつけられる?」
「うーん。いつものなまえちゃんならいけるけどこのなまえちゃんはなぁ」
「僕も同意だよ」
「元に戻ったなまえさんに何されても知らないッスよ」
「このままじゃ、余計なお世話かもしれねーけど氷帝の士気が……なぁ、越前はどう思う?」

桃城は横目に氷帝を見た。



「俺の知っているみょうじじゃねー!」
「岳人、受け入れることも大事だぜ」
「俺はどんななまえちゃんも好きやで」
「漬け込んでるだけでしょう。なまえさん、忍足さんに近付いちゃダメです!」
「ウス……危ない……です」
「樺地まで言うか」


「まだまだだね」
「やっぱり言うと思ったぜ」

常に調子を狂わせるなまえは常識を持っても混乱を生むようだ。

すると遠巻きに静観していた日吉が、乾に近付く。威圧感と目付きが完全に先輩に向けるものではない。

「で、結局なまえさんは元に戻るんですか?」
「3日で戻る確率100%」
「外したら俺がタダでは済ましませんから」
「100%は必ず起こるということだ」
「……俺は練習に戻ります」

日吉はちらりとなまえを冷たく一瞥した。

「みょうじさんも早く戻ってください」
「若くん……」
「日吉、なんでそんなに素っ気ないんだよ」

宍戸が目鯨を立てるものの、日吉は冷たいままだ。みょうじさん、と呼んでいることからも丸分かり。日吉は今のなまえを気に入らないらしい。

「別に。この人は少なくとも俺の知っている『なまえさん』ではないので」
「……」
「言い過ぎだよ日吉!」
「事実を言ったまでだ」
「いいの、チョタくん」
「でもなまえさん!」
「若くんの言うとおり、私は今までと性格が変わっちゃってるんだもの……若くんからそう言われても仕方ないわ」
「そういうことです。では俺は行きますので」

「……ぐす」

日吉が背を向けたと同時に啜り泣く声がした。もう一度振り向くと泣いていたのはやっぱりなまえだった。

「何?なまえちゃんどうしたの?」
「ごめんね、ジローちゃん……起こしちゃったね」
「泣いてるの?何かあったの?」

周囲の目が一斉に啜り泣くなまえにぎょっとしている日吉を向く。みんなが責めるような目で見ている。手塚も口にはしないが視線で謝罪しろと厳しく促していた。

「日吉……」
「お前が元のみょうじが大好きなのは分かったけどこいつもみょうじなんだぜ……?」
「みょうじさんに謝った方がいい確率100%」
「分かりましたよ!……あと反論させてもらうと貴方が一番なまえさんに謝罪しないといけませんよ」

日吉はなまえに近付くと屈んで目線を近くまで持ってきた。

「泣かないでください。さっきのは俺に非がありました」
「う、若くんごめんね……!私頑張って戻るから……」
「頑張ると貴方は空回りしがちですからね。ゆっくり自分のペースで、でしょ?」

俺が貴方に合わせますから。
そう言われてなまえは涙を拭って笑った。


「何でお前だけでええ感じになっとるの?」


俺も入れてという忍足のメガネは日吉が叩き割った。


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