「宍戸くんジローちゃん!見て!これ」
「何だよそれ」
「うちのおかん曰く、惚れ薬らしいよ」
「そのドブ川みたいな色のが?」

間違いなく前にコカコーラが入っていただろうペットボトルに、手作りラベルで惚れ薬と入っている。色はドブ川のそれ。なまえの母ちゃんが裏ルートで手に入れてきたらしい……いやお前の母ちゃんも何者なんだよ。

「めっちゃ強力らしいよ」
「どう見てもどこかの学校の奴が作るのの仲間にしか見えない」
「それでさ、試してみようと思って」
「え!?」
「ほら宍戸くん飲んで」
「何で俺だよ!?」
「大丈夫だよ!死なない死なない」
「それって、なまえちゃんが飲んで俺を見たら俺を好きになっちゃうの〜?」
「そうみたいだよ」
「じゃあなまえちゃん飲んで!」
「えええやだよ死ぬかもしんないじゃん」
「さっき死なないって言っただろうが!」

なまえは惚れ薬をまじまじと見た後、キャップを開けた。

「うーん……宍戸くんがやらないなら私がやる」
「お前の度胸の座るタイミングがまるで掴めないぜ」
「匂いは普通だね」
「説明書とかないの?」
「あるけど、白紙だったんだ」
「怪しさしかねーよ……悪いことは言わねぇ、それ捨てろよ」
「えー……500円を捨てるのはちょっと」

自分の命と500円のどっちが大事かくらい分かるだろ!つーか惚れ薬安いな!

「宍戸くん、ジローちゃん。心と119番の準備は良い?」
「なまえちゃん大丈夫だよ!あとは通話ボタンだけだC!」

なまえは躊躇なくペットボトルの中の惚れ薬?に口をつけた。ごくごくと豪快に飲んで……つーか全部飲んでいいのか?これ?
なまえは一気に飲み干すと、噎せた。

「げほっ、げほげほげほっ!」
「どうしたなまえ!?」
「大丈夫!?」
「惚れ薬炭酸だった……」
「炭酸の薬なんてある訳ないだろ!」
「ていうか気持ち悪い色したただのコーラじゃんこれ!」

キレたなまえがボトルを投げるとものの見事にゴミ箱の中に入った。クラスから拍手が沸き起こり、『どーもどーも!』も片手を上げてそれに応えている。

「結局何ともないのか?」
「うん、何とも」
「ジローの顔よく見てみろよ」
「見て見て!」
「うん」

ジローとなまえが互いに見つめ合っている。なまえはしばらくした後、『ジローちゃんマジ天使』と言っただけで何の反応もない。

「やっぱり偽物かよ。ま、そんなファンタジーな話があるわけないか」
「A〜残念」
「着色したコーラだったんだね」
「さて、ジロー部活行くぞ!」

何ともなかったなまえと一緒に教室を出る。でも着色したコーラを500円で売るとかぼったくりじゃねーか。原価160円だろ?

「なまえちゃん、ちょっといいかな?」
「あ、委員長!どうしたの?」

なまえに話しかけてきたのは確か文化活動委員長。忍足と同じクラスだったはず。なまえに委員長と呼ばれている、気のいい奴だ。

「今度の定期演奏会のことでね……時間あるかな?」
「いいよ!じゃあ宍戸くん、ジローちゃん部活頑張ってね!」
「じゃあね〜!」
「お前も頑張れよ!」

なまえを見送る。なまえと委員長の後ろ姿を見ながら、ジローが口を開いた。

「あれ、本当に気持ち悪いコーラだったのかな?」
「さあ……でもアイツは何ともないみたいだし。そもそもこの世にそんな魔法みたいな薬存在するわけねーよな」
「だけどこの世には乾汁が存在するんだよ?惚れ薬くらいあってもおかしくないC」
「……」

妙に説得力があって怖いんだが……。俺の不安を取り払うように背後から声が聞こえた。長太郎だ。

「宍戸さん!今から練習ですよね?」
「おっ、長太郎!一緒に行こうぜ!」
「もちろんで……」

長太郎が持っていた荷物を全部ガサガサと落とした。表情がこの世の終わりを予言している。

「ち、長太郎?」
「なまえさん……そんな……」

なまえさん?
俺はジローと一緒に長太郎の視線の先を辿った。

「委員長……私、委員長のことが好きですっ!私と一緒のお墓に入ってくださいっ!」





「私、委員長が好きなの!」
「なまえちゃん……今の君は、宍戸くんが言うには変な薬のせいで」
「そんなの!違うもん!委員長は……信じてくれないの?私の気持ちは本物だよ?」
「みょうじ。頼む、落ち着け」
「いや!私の委員長への燃え上がる恋情を止めないで宍戸くん!」
「いや!お前の周りの委員長への燃え上がるジェラシーがヤバい!ヤバすぎるんだよ!」

俺は咄嗟にみょうじと委員長を部室に連れてきたことを後悔していた。
みょうじが委員長にベタベタすることでこんなに心証を悪くする奴がいるとは思ってなかった。

「はぁ……なまえさん……」
「委員長ずるいC〜!」
「クソクソ!何なんだよみょうじ!いい加減離れろよ!」
「委員長と私を引き離さないでええ!」

「ほんまにどないしたんや……」
「だから惚れ薬だって」
「惚れ薬だぁ?」

忍足と意外にも落ち着いている跡部や日吉に空のペットボトルを見せる。

「薬っていうか普通にコカコーラのペットボトルじゃないですか」
「この中にドブ川みたいな色の液体が入ってたらしいぞ。飲んだ直後にみょうじはコーラの味がしたって言ってた」
「それただの汚いコーラやないか」
「でみょうじはあれだ」
「薬なら説明書は?」
「ああ……これな」

ここに来てからみょうじから取り上げた説明書を渡す。説明書は白紙だ。

「白紙って……ますます怪しいわ」
「樺地!火を用意しろ!」
「ウス」
「どうしたんだ?」

跡部に言われて樺地がアルコールランプを出す。何でアルコールランプなんて常備してるんだよ。

「この甘酸っぱい香り……間違いない。樺地、その説明書を火にかざせ」
「ウス」
「なるほど……!」
「炙り出しやな」

火にかざされた説明書に字がうっすら現れてきた。

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