遊園地に奇数で来たのがそもそもの間違いだった。ここに来ることを決めた数日前の自分、杏ちゃんやミユキちゃんを何としてでも連れて来なきゃ後悔するぞ。

「なまえちゃんの隣には俺が座りたか」
「俺もこればかりは譲れんばい」

桔平とちーちゃんが喧嘩することなんて滅多にない。ほんとに滅多にないんだけど、珍しく今日はジェットコースターの席順なんかで揉めてる。
40分の待ち時間の間ずっと揉めてる。

「前の2人、ずっと喧嘩してるね」
「いいなぁ……少女漫画みたい」

後ろの女の子たちがコソコソと桔平とちーちゃんについて話している。少女漫画だって?少女漫画ほとんど読まないけど少女漫画の世界ではいい体格した男の子たちがたかがジェットコースターの席順で揉めてるのか。やっぱり遊園地には偶数で来るべきですな。

「桔平……3年前のジェットコースターは桔平が隣に座ったたい。今回は俺の番ばい」
「それは違うばい。3年前のジェットコースターてGランドのジェットコースターだろ?あれはなまえの隣には杏が乗ったばい」
「いや、なまえちゃんは桔平と乗っとった」

逆に遊園地で3人で乗れるアトラクションって何だろ?コーヒーカップかな?じゃあこの後コーヒーカップでも行こうかな。全力でカップを回して遊ぼう!

「なまえ……なまえ!」
「わっ!びっくりした……」
「なまえ、3年前のGランドでなまえとジェットコースター乗ったと杏だったたいね?」
「あーGランドかぁ……うちは併設のウルトラマンランドの方が好きだった」
「ウルトラマンランドのこつじゃなか!Gランドのジェットコースター!」

め、珍しく桔平がすごい剣幕で詰め寄ってくる。Gランドのジェットコースターってどのこと?ジェットコースター5つくらいあったじゃん……。
でも確か……確か、ミユキちゃんは小さくて乗れなくって……うーん。

「確か兄ちゃんと乗ったかな」
「……桔平じゃなか?」
「ううん。兄ちゃんと乗った。兄ちゃんすぐ乗り物酔いするくせに強がって乗るから……背中めっちゃさすってた覚えあるもん」
「杏じゃなか?」
「ミユキちゃん乗れなかったし、杏ちゃんと交代してたもん。兄貴が残ってくれたら良かったのにな」

2人の議論は終わったように見えてただ振り出しに戻っただけだったみたいだ。そんな3年前の話なんて掘り返すなよ。
2人が仲良く喧嘩してる間に列も大分進んだ。あともう少しかな。

「なまえちゃんは隣に人がいた方が安心するたいね?」
「わっ」
「千歳!?」

ちーちゃんの大きな腕で突然肩を抱き寄せられた。ちょっとびっくりするけど、私の上半身はちーちゃんの腕の中にすっかり収まってびくともしない。そんなに一人で乗るのが嫌なのか。

「ちーちゃんそんなにジェットコースター苦手だったっけ?」
「え?」
「え、そう返すってことは違うと?」
「なまえちゃんは手強か……」
「何?ちょっ、ちーちゃん?」
「ははは!」

ちーちゃんは大きく脱力して、桔平は笑っている。2人の反応が違うのもやっぱり喧嘩しているから?

「もしもーし」
「うん、苦手」
「千歳……なりふり構わなくなっとる……」
「だけんなまえちゃん一緒に乗って?」

身長がその辺の成人男性よりめっちゃ大きいのにこんなに可愛いとは。私より可愛いんじゃないかな?

「うんうん!一緒に乗ろうね!お姉さんがいるから大丈夫だよちーちゃん!」
「心強かね〜」
「じゃ、桔平が一人で……ってことになるかな」
「なまえ!」
「ばっ」

次は桔平に腕を引かれて桔平の腕の中に収まってしまった。
ちょうど後ろに並んでいた女子グループがキャー!と黄色い声を上げた。待て待て君たち!こちとらたかがジェットコースターの席順で揉めてるんだぞ溜まったもんじゃないんだぞ!

「騙されとるばい。なまえ、覚えとる?千歳はなまえのお兄さんが卒倒しそうになっとるとに絶叫マシンに乗るのを後押ししとったのば……それで自分はかなり楽しんどったとば」
「あー……確か兄ちゃん、ちーちゃんに煽られてジェットコースター乗っとった覚えがあるばい。何ね、ちーちゃん嘘吐いたと?いかんね〜」
「はぁ……桔平、余計なことは覚えとるとに」

列はどんどん進んでいく。もう後3回くらいジェットコースターが出たらこっちに順番が回ってくるだろう。

「だけん……その……」
「んー?」
「なまえ……俺と一緒に乗ってほしか」
「桔平?」

桔平がこんなこと言うなんて珍しい。桔平に真剣な顔してそんなことを言われてしまうと、私も言葉に詰まってしまう。

「それは……桔平ずるかばい」
「言ったばい。これは譲れんて」

たかがジェットコースターの席順で譲れないとか。昔はそんなこと無かったと思うんだけどな。
これはそろそろ困った……と思ったところで桔平とちーちゃんが同時に私を見た。え?何何?


「なまえはどうしたい?」
「どうすっと?て」
「俺はなまえちゃんと乗りたか」

ちーちゃんにもまた腕を掴まれて引き戻される。
桔平も私の腕を離さない。ちょうど2人の間に腕を掴まれて挟まってしまった。

「ちょっ、2人とも!何かエイリアンが連行されてるみたいになっちゃうじゃん!」
「どうすっとなまえちゃん?俺と乗る?」
「俺と千歳のどっちと乗る?」

結局私が決めんといかんのかーい!
どちらか選べば心証が悪いし、早く決めないと……ほらもう回ってきた。ていうか一番前に乗れるじゃん!

「一人で乗る」
「ひ……一人?」
「一番前の席ば一人で占領するっていう人生で叶えたいこと7つのうち1つがあったとよ!そんでもってうちの名前ば叫ぶと!」
「え……なまえちゃん?」
「だけん桔平とちーちゃんは後ろから私の夢が叶う歴史的瞬間ば見届けてね!」

ぐっと2人に親指を立てる。が……同意をしてくれることもなく桔平もちーちゃんも私を恨めしそうに見ている。

「あー、ほら……後で3人で乗れる奴に乗ろうよ。コーヒーカップとか」
「……そうね、なまえちゃん」
「だけん何でそんな不満そうな顔ばすっとね」
「やっぱり3人で乗ることに越したことはなかね」
「桔平も……はぁ」

ちょうどジェットコースターが来た。40分ずっと待ち続けた甲斐があったというもの!たった5分くらいしかないから、心ゆくまで先頭で叫ぶぞ!

「まあ……なまえちゃんが楽しかったら良かか」
「俺たちも変わらんな」
「ほんなこつそぎゃんね〜」


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