「なまえちゃんは?」
「みょうじか?あいつならホールで今度の定期演奏会の練習だ」
氷帝で行われた合同練習に、なまえは幸村やら白石に『顔を出しに来て』と言われたにも関わらず現れない。
跡部曰く、今週末に氷帝で定期演奏会が行われるらしい。それにその筋では将来有望ななまえを出すのと当然でなまえはその練習になんだかんだ追われているらしい。
「忙しくしているなまえちゃんなんてあまり想像できないな」
「おい…それみょうじの前で言うんじゃねーぞ」
「そうか。みょうじさんの演奏は素晴らしいだろうな」
「あかん!」
突然大声を出した白石がポケットからデジカメを取り出した。白石はデジカメを握りしめ微かに震えている。
「俺のなまえちゃんのコレクションにはまだピアノを演奏するシーンが加えられてへんねん…!」
「…コイツもう手遅れだな」
「白石、後で現像の上俺に流してね」
「幸村…」
「しかし、みょうじさんの演奏か…気になるな」
手塚がそんなことを漏らすので、幸村は笑顔で提案する。幸村もなまえのリハーサルを観に行く口実が欲しかった。ここにいる自分と白石は絶対観に行く側に入る。跡部は関係ない。あとは手塚を丸めこめれば良い。
「じゃあ、朝からずっと休憩なしで練習してるし、なまえちゃんの演奏を休憩がてら聴きに行こうよ」
「それは良いな」
かくして、氷帝学園定期演奏会のリハーサルに跡部権力でテニス部部員達が見学という名目で乱入した。見学して何になるんだ…とスタッフは大勢のテニス部員を見つめている。
特に真剣にデジカメを構える男が目立っていた。
「次はみょうじか」
定期演奏会の責任者の一人はテニス部顧問の榊である。榊が手元のタイムテーブルを確認している最中、スタッフが一人息を切らしながら走ってきた。
「榊先生!みょうじさんがいません」
「よく探したのか?機材の裏、楽器ケースの中、他にもよく隅々まで探せ」
「そ、そんな所に本当にいるんですか?」
「去年は楽屋の洗面台の下に隠れていた」
「分かりました!探します!」
2人の間で交わされる会話を複雑な気持ちでみんなが伺っている。
「行方不明…」
呆れた様に呟く宍戸にまあまあと鳳が応える。
「なまえさんは演奏会の前が一番何するか分からないですから」
「鳳はその辺身を以て分かっとるな」
「なまえさん…大丈夫かなぁ。エラさんも困惑してますし」
「エラ?」
「ステージにいる人ですよ。なまえさんとは短期留学で一緒に演奏したこともあるんです」
ステージの上ではキョロキョロしながらなまえの知り合いというエラがなまえはまだかと待っている。
「榊先生!みょうじさんの身柄を確保しました!」
「あ、なまえちゃん見つかったみたいだね」
「一体何をしとるんだアイツは」
「階段で滑り台をしてました」
「いやそれ命に関わるだろぃ」
「しかも『良い子は真似しないでね』って背中に張り紙付けてました」
「ますますエキセントリックじゃ」
「みょうじさん来た!」
そして、ようやくなまえがステージ上に現れた。エラがほっとしたようになまえに近付いて…それから足元から頭までを見た。
「何でジャージやねん…しかも寝癖」
「もっさ!ごっつもっさい!」
「たいぎゃかわいかたい?」
「なまえちゃんのジャージ!」
「白石ィ、何でねーちゃんの写真撮るん?」
なまえはジャージに寝癖、しかも背中にはバッチリ『良い子は真似しないでね』と張り紙がそのまま。エラは日本語が読めるかは分からないが苦笑しながらその張り紙を取った。
「とにかくみょうじさん!座って!早く演奏お願いします!」
「はーい」
間延びした返事が『こいつ本当に大丈夫なのか…』と不安を煽ってくる。
結局ジャージ着用、寝癖そのまんまで、なまえはピアノの前に座った。
ジャージとグランドピアノがあまりにミスマッチすぎて少ない観客席も首を傾げている。
「不二、さっきパンフレットを貰っていただろう。曲は?」
「ラフマニノフのピアノ組曲第2番…タランテラだね」
なまえには観客席にいるテニス部員など視界にも思考にも入っていないらしい。
世界には、エラと、2台のピアノと、自分だけ。
すぅーっと深呼吸した音は、すぐにピアノの音にかき消された。
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