「おじさんこんばんはー!」
「おっ、なまえちゃん久しぶりだな……と珍しい連れがいるじゃないか!」
「チッ、何で俺まで……」
「おーい隆!お客さんだぞ!」

久々になまえと亜久津がうちの店にやってきた。亜久津は相変わらず、なまえが横にいると大人しい。なまえが近くにいるときは絶対喧嘩しないし。これなら越前たちと揉めた時になまえを連れて行けば良かったなあ。気が回らなかった。

「亜久津は相変わらずなまえのところに泊まることあるの?」
「思春期の男女が同じ部屋で寝泊まりしてるんだよ。あっくんお姉ちゃんのピンクの布団使ってるし」
「やたらと吹聴するんじゃねぇ!」

否定しないんだね……ピンクの布団使ってるんだね。

「今日は姉ちゃんも兄ちゃんも不在だから外食しようってなって」
「こいつが言うからしぶしぶ来てやったんだ」
「寿司が良いって言い出したのあっくんだし」
「なまえ……!」
「ははは!ありがたいねぇ!じゃあ腕によりをかけるとするかい!」
「わーいおじさん私キハダマグロ!」
「……盛り合わせ」

思えばなまえが上京してきたときこうして亜久津と2人でなまえを囲んで慰めてたっけ。上京したてのなまえは『友達ができない……』と言って毎日抜け殻みたいにしていた。
それと、熊本の友達にはお別れをまともに言わないまま来たらしかったし。友達ができたと駆け込んで来た時はお祝いもした……友達はなまえ曰くカンムリクマタカ(多分ハヤブサ)だったけど。

「ん?タカさんどうしたの?」
「俺たち3人の関係は変わらないなって考えてたんだ」
「フン、シケたこと言いやがって」
「た、タカさん……それ何のフラグ?」
「いやフラグとかじゃなくて!本当にそう思っただけだから!」

感受性の強いなまえは深刻に受け止めたらしかった。反省だ。
でもなまえはかなり単純みたいで、目の前にずらっと並んだキハダマグロの握りが出るとそんなことすっかり忘れてしまったらしい。

「そういえば、なまえはこの前コンクールの予選通ったんだっけ?おめでとう!」
「おお!覚えててくれたの?」
「当たり前じゃないか」
「そうなのかい?じゃあお祝いの為にマグロをサービスだ!」
「おじさんが寿司の神に見える……あっくんなんてお祝いの言葉すら無かったのに」
「いつも最優秀取ってくる奴をいちいち祝ってやれっか」
「だからあっくん最優秀取ったらお祝いくれるんだね」
「なまえ……ペラペラ喋るんじゃねえ」

思わず俺と親父で笑ってしまう。亜久津、なまえには甘いなぁ。相変わらず根はいい奴なのは変わらない。

「なまえは高校でもピアノをやるの?」
「そうなるかな」
「そうなのかい?留学するかもって聞いたぞ?」
「今のところはまだ考えてなくて……おいおいしようとは思ってるけど」
「こいつが外国で生きていけるわけねーだろ。初日に空港で財布とスマホを置き引きされるのがオチだ」
「そんなアホな真似しないもん!」
「でもなまえなら財布とスマホを盗まれても生きていけそう。それどころか順応しすぎて日本語を忘れそうだなあ」
「ハハハ!確かにな!」
「み、みんな私のことを何だと……」

なまえには万国共通の音楽があるから、確かに平気そうだ。ちょっと変わっているのがネックだけど。なまえにはしっかりした目標があるみたいだ。これも昔と全然変わらない……。

「あっくんはどうでもいいけど、タカさんは?テニスやるの?」
「おい!」
「いや、高校ではやらないよ。亜久津は才能もあるし、続けたらいいのに」
「フン」
「そっか……」
「その代わりここを継ぐ修行を始めるつもりだから、楽しみにしててよ」
「タカさんのお寿司食べられるのかぁ!キハダマグロね!」
「なまえのそのキハダマグロに対する執着心すごいよね」

笑っていると、なまえがカウンターに突っ伏して俺の顔を覗き込んでいる。なまえの不思議行動は今に始まったことじゃないけど……どきっとさせられる。

「さっきも言ってたけど」
「えっ……?」
「私たち3人の関係は変わらないんだよ、タカさん」
「なまえ……」
「何カッコつけたこと言ってるんだてめーは」

亜久津の肘がなまえの頭にクリーンヒットした。普通の女の子なら気絶するくらいの衝撃だろう……でもなまえはたんこぶ一つもできないだろう。多分その辺の電柱よりも頑丈だ。

「げっ肘!?肘はないでしょう肘は!」
「うるせぇ、てめーはその辺の電柱よりも頑丈だろ」
「ハハハ!あのお母さんをしてこの娘だからな!」
「うおおおおじさんにまでそんなこと言われたら私の女性としての立場は」

あたふたしているなまえの隣で、湯のみ片手に亜久津が一言呟いた。

「まあなまえの言う通りだがな」

俺たちが友達であり続ける限り、なまえと亜久津と俺との関係は決して変わらない。
今俺たちの間であたふたしているなまえがどこへ行っても、そうだ。例えば留学先で連絡手段がない状況に追い込まれてもそう。……まあこういう時は友情どうのより命の心配をした方が良い気がする。

「くーっ!まさに青春だな!」
「そうだよねおじさん!まさに青春の味!」
「なまえ!いつの間に俺の分を横取りしやがったんだ!?殺すぞ!」
「これは前祝いとしてだな……鯛うまうま」
「てめーは大人しくキハダマグロでも食っとけ」
「やめて!私の口に詰め込まないで!むぐぐぐぐ」
「ま、待って亜久津!鯛ならまだ出せるから!」

なまえがちょっかいを出して、亜久津が怒って俺がなだめる。
今日もまた、いつもの心地よい関係の日だった。


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