「スネ夫なしの解答なんてあてになんないぜ!ジロー!お前のは?」
「はーい」

やっぱスネ夫を入れた方が良かった?と宍戸くんに聞くと『それ以前の問題』と言われた。それ以前の問題が分からなかったからもうとりあえずスネ夫だけぶち込んじゃえ。

「ジローの解答は……『僕にとっての常識は寝ることです。睡眠は長期的には栄養を摂取することより大事だと言います。僕はだから寝るのです。そうして寝ることが当たり前、常識だということが定着していきました。常識とはつまり、私にとっては生きることそのものなのです。それはみんな同じだと思います。よって常識はしっかり守らなければなりません。だから先生俺を起こさないで欲しいC』……」
「す、すごい説得力!」

ジローちゃんの解答に感動しているとがっくんがばしんと頭を叩いた。
せっかくセロハンテープで綺麗にプリントを直そうとしていたのに手元が狂って別のところに貼り付けてしまったではないか!

「ねーよ!ていうか最後のはジローの希望じゃねーか!」
「もう何なのさっきからー!そんなに文句あるならがっくんがお手本出してよ!」
「そーだそーだ!」

私とジローちゃんの至極まっとうな反論にがっくんがぐぬぬとたじろぐ。

「私はジローちゃんや宍戸くんと公民の問題出し合いっこしてるから」
「俺を仲間はずれにするな!」
「向日先生はそこで模範解答でも考えておいてくださいよぉ」
「こいつムカつく!ドラえもんのくせにムカつく!」



「……常識……」

30分くらい、がっくんは常識について考えている。多分そろそろ集中力が切れる頃……とかいいつつこっちも集中力が切れかけである。人のこと言えない。

「衆議院の定員人数は?」
「480!」
「違いまーす!新しく変わりました!」
「475だCー!」
「ジローちゃん正解!いつも思うんだけどジローちゃんて公民の時間=睡眠時間なはずなのによく覚えてるね」
「ジローは睡眠学習してるからな」
「何その羨ましい能力」
「えへへへー」
「あああ!分かんねーよ!」

がっくんはぐしゃりと自分のプリントを握りつぶして机に突っ伏した。がっくんは案の定集中力は持たなかった。多分頭の中に大量の『常識』というワードが蓄積されてショートしているに違いない。

「まだ悩んでるのかよ」
「模範解答はまだでぃすかー?ねえねえ」
「なぁこいつ追い出していい?」
「追い出すも何もなまえちゃんの家だC」
「クソクソ!」

流石にブチャラティみたいな頭で精一杯考えているがっくんに助け舟を出してあげたいところだな。ジローちゃんも今欠伸をしたし、もう待ちくたびれた。

「はぁ……常識な。具体例が逆に全然思い浮かばねーわ。なぁ、お前らの中の常識って何?」
「寝ること」
「あージローは分かった」
「そう聞かれると難しいな。あー俺だったらそうだな……氷帝コールのときは右足を前に出すとか?」
「確かにな!」
「何それ?」
「なまえ知らないのかよ?その方が声を張り上げられるんだぜ」
「うわっどうでもいい」

氷帝コールの声の張り上げ方なんて知らんし。常識かぁ……常識。確かに宍戸くんの言う通りありすぎて困っちゃう。

「ちらし寿司にはマヨネーズかける」
「マヨネーズ!?」
「えっ、かけない?」
「マヨネーズなんて色々な味を台無しにするだろ」
「マヨネーズはこの世の全ての調味料ヒエラルキーのトップに立つ調味料の覇者だから!2番手の柚子胡椒を大きく引き離すから!」
「それはないC」

マイフェアリージローちゃんに言われるとむっちゃ傷付く。お兄ちゃんが世間一般そうだっていうから……騙された。

「なまえのおかげで思いついたぜ!」

がっくんは手を叩いてシャーペンを持つ。宍戸くんは何か言いたげな顔をしている。

「みょうじってだけですげー不安だぜ」
「何を!ドラえもん論に死角はないのよ!」
「ドラえもん論なんて使わねーから」
「あっ、そっすか……」
「元気出してなまえちゃん!」

それからがっくんは黙々と書き始めた。
私とジローちゃんと宍戸くんは再び公民の暗記地獄に戻る。小選挙区比例代表並立制ってなんだよ……略称くらいつけろよ!ヨーロッパ連合ですらEUって略称あるのに!

「はーい問題。大山版ドラえもん第2話で出てきたひみつ道具とは何でしょうか?」
「公民じゃねーだろ!」
「ヒントは今の私たちが一番欲しがるであろうアイテムです!」
「学力」
「評定」
「睡眠時間」
「せ、切実すぎる……」

みんな考えることに夢がない……。



「よっしゃできた!」
「どれどれ?」

がっくんの書き上げた作文を、宍戸くんが受け取って読み上げる。
私とジローちゃんは単語カードを二人でめくってそれを聞いていた。

「『私は常識とは思い込みの中でできあがっているものも少なくないと思う。例えば、私の友人にちらし寿司にはマヨネーズをかけるのが常識と主張する者がいる。そんなの以ての外だ。ここは当然ちらし寿司には納豆をかけるとした方が適切である。このように、人々の間の常識には必ずギャップが存在する。一人一人のちらし寿司に対する認識をマヨネーズから納豆へと正しくすることで、この世界から争いはなくなるであろう』……」

「どうだ俺の解答!!」

「……」
「……」
「ぐー……」

私の目の前の宍戸くんが電話をかけ始めた。
我々には常識を論じる程の学力は備わっていなかったようである。


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