「よいしょっと」
「おや、みょうじさん」

声を掛けられて顔を上げると、いつの間にか柳生くんがいた。意外に神出鬼没な柳生くんは、そんな所が相棒の仁王くんととても似てると思う。

「重そうですね。お手伝いしますよ」
「わあ!ありがとう!」

柳生くんがボールをいっぱいに積めたカゴを持ってくれた。やっぱり親切でかっこいいな、柳生くん。

「みょうじさんは意外に力持ちですね」
「体力はないけど体は丈夫かなぁー」
「氷帝のみなさんが同じことを仰ってましたよ」
「あはは」

……何だろう。
何でだろうコレ。

と き め か な い 。

未だかつてこんなことがあっただろうか。
自分のタイプそのものである異性を前にしてときめかないなんてことあっただろうか。
目の前にいるのはどこからどう見ても柳生くん。知的でスマートな眼鏡男子だ。
今日はかなり頻繁に柳生くんに会ってる。確かにときめいている回数に比べてそうじゃない時の回数が多い。


例えば、今日ときめいたケース。

『みょうじさん、今度コンクールに出られるのですよね?何の曲を演奏されるのですか?』
『セミファイナルの方はシューマンのピアノソナタで、ファイナルに行けばベートーヴェンのピアノ協奏曲だよ』
『協奏曲……つまりオーケストラとですか?』
『去年はショパンのピアノ協奏曲第2をファイナルでやったの。オーケストラはそんなに経験ないからいつも緊張しちゃうなぁ』
『是非聴きに行きたいです』
『ほんと!?チケットあげるよ!』

それとときめなかったケース。

『みょうじさん、少し息抜きしてはどうです?』
『うーん、ちょっと休憩しようかな』
『外に音が聞こえて来ましたよ。見事な演奏です』
『ありがとう!』
『頑張っていらっしゃるのがよく分かります。そんなみょうじさんにこれはいかがです?』
『チョコレート!ガーナだガーナ!』


……どう考えても柳生くんに違いがない。どっちも知的で大人っぽいメガネ美男子柳生くんだったぞ。柳生くんが演奏聴きに来てくれるって言われたのは嬉しかった。でもチョコレート貰ったのは嬉しかったけどそこまででもない。そりゃあ自分でも音楽はお菓子に勝っちゃう位好きっていう自覚はあれども……ときめかないって事象はなかった。

はっ!?これってまさか……!

「柳生くん……。
私、なんかちょっとムキムキになってない?」
「はい?」
「肩幅が広くなったとか、声が低くなったとかそういう異変ない!?」
「はあ……」
「喉仏出てるとか!頭身が上がった!とか!なんか突然性転換してるとかそういうのない!?」
「いえ、ありませんが」

……無いのか。でも頭身は上がっていて欲しかった。
急に性転換したわけじゃないなら、もしかしたら私の中には男の子であるという潜在意識があってそれが表面化してるとか……?そういうのあるの?うちの姉(元男)は前から女の子っぽかったぞ?後天的に出てくるもんなの?悪いことじゃないけど混乱してきた……!それに手塚くんには今の所ずっとときめいているぞ。

「いったぁぁぁぁ!」
「どうされました?」
「指切っちゃった」

すっかり自分のジェンダーの方に意識が行っちゃっていたせいで思っきし持ち手の尖った所で指を切ってしまった。カゴを下ろして見ると、血が出てる。

「それは大変です!」
「いや、大したことは……」
「ピアノを弾く商売道具でしょう。見せて下さい」

……触られてるのにやっぱりときめかねええええええ!
これってやっぱり病気なんじゃないだろうか。せっかく柳生くんに気遣われて心が嬉しい悲鳴を挙げるところで何で無心なんだ!

「血が出ていますね……」
「後で絆創膏でも貰って貼っとくよ。それよりボールを運んでしまわないと……」
「いいえ、早く手当しなければ」
「あ、柳生くん……!」

柳生くんが私の怪我した人差し指を口元まで持っていく。待て待て待てこれは……!これはありがちなシュチュエーションじゃないか!?でもドキドキしない!ちょっと危機感すら感じる!

「待って柳生くん!」
「はい?」
「ほら!柳生くんに何かバイキンとか移ったら良くないし!」
「私は特に気にしませんよ」
「ひえっ迷いがない」

……ブワッ。

迷いなく傷口を口に含んだ柳生くん。
と、同時に『ドキッ』となって緊張により体がガチガチになるはずだったのに悪い意味の緊張で体がガチガチになった。

「っ……!」
「……染みます?」
「染みますううう」

ひいいい爽やか紳士系美男子なはずの柳生くんにねっとり人差し指を舐められてる。
エロい。この無駄に色気があるのは忍足くんとか仁王くんとかしかいな……待て待て待て。

……それとブンちゃんのことを思い出した。


『仁王見なかったか?』
『見てないよ。……柳生くんしか見てない』
『……珍しく嬉しくなさそうだな』
『(ときめかなかった……)』
『それより仁王の奴、俺のガーナを勝手に奪っていきやがってさぁ……』

「さあこのくらいで。ボールは誰かに任せて手当に行きましょう」
「……」
「みょうじさん?そんなに染みましたか?」
「……柳生くん今度のコンクールで私がファイナルでやる曲覚えてる?」
「えっ」
「……」
「……」
「……」
「…………プリッ」
「今小声でプリッって言ったよね?ね?」

やっぱり、一度は自分が男になってしまったかと混乱したが……そもそも私の前にいたのは柳生くんじゃない。

「まさかこんなに早くバレるとは思わんかったのう……なまえちゃんちょっとバカだし騙し通せると思ったんじゃが」
「その柳生くんの顔でちょっとでもバカって言われたら本当に傷付く!死ねと同じくらい傷付くやめて!」

柳生くんの爽やかな顔の下から出てきたのは……やっぱり仁王くんだった。ていうかお前柳生くんになるのかよ……。跡部くんにもらった資料に目を通しておいて良かった。あと菊丸くんの話も役に立ったよ。『変化の術使える』ってマジだったんだね。もう完成度高すぎて本能でしか察知できなかったし。

「まるでどこかのキザな怪盗だなぁ……。ていうかまた何で柳生くんに化けてこんなことを」
「なまえちゃんと仲良くしたかっただけ、って理由じゃダメ?」
「はい?仲良くしたかっただけで傷口舐めるんですか?ねぇ?おい?」
「まあ……それはちぃーっと下心あった」
「…………」
「仲良くしたかったのは本心じゃ。なまえちゃん俺に冷たいけんのう。さ、それより本当に手当にしにいかんと」

仁王くんは私を医務室に連れて行こうとする。こういう所は普通に良い人なのに。
打算的で策謀家で頭切れそうなくせに、変なところで回り道しようとするから……いや、策謀家だから回り道するのか。

「別に仁王くんと仲良くしたくないわけじゃないから普通に喋りかけてくるならいいよ」
「……なまえちゃん」
「でもそのいやらしい視線送るのとか過剰にベタベタするのはやめてね」
「おっと、それは約束できんな」

ふふ、仁王くんって天邪鬼だ…………まぁ私はこのことを幸村くんと柳生くんにチクるのを決めましたけどね。



2016/09/18修正

ストレートになれない仁王くん萌えです!ヘタレのくせにエロかっこいいとなお良しです!
べたべたしてきたらそっけなくしてやりたいです笑
もう一話ももう少々お待ちください!

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