「なんか幸村くんの練習相手って膝ついたりする人多くない?」


素直に疑問をぶつけただけなのになぜみんな黙る。柳くんは黙っているし、切原くんは何かあっちこっちに視線をぐるぐるさせているし、真田くんは『丸井!俺が相手だ』とあからさまに逃げて行った。

「……気になるのか?」
「うん。最初は幸村くんのプレッシャーかと思ってたけどそんな生温い感じじゃないよね」
「……先輩、マジで聞きたいんすか?」
「勿体振らないでよ」
「いや、もったいぶっているわけではない。みょうじが万が一これを聞いて精市を避けるなどという行為をされ始められたならば俺と赤也の命が危ない」
「何それ」

そんなにやばいのか、幸村くんの試合中の秘密。
人間には不可視の高速で相手の背後に回り込み膝カックンしているのかな程度にしか思ってなかった。うーん……全く分からん。

「相手の立ってるところだけ重力を強くするとか?」
「物理法則を超えているな」
「いや、まあやってることは変わんないんじゃないっすか?」
「変わらないの!?ねーねー教えてよ!」
「精市は……」
「う、うん……」

「相手の五感を奪うことができる」

あ、相手の五感を奪うことができるー!?

「……」
「先輩?」
「やはり怯えるか。くれぐれも精市を避けるなよ」
「……えー」
「何すかその期待外れみたいな反応!?」

『五感奪うんすよ!?凶悪っすよ!?もうめっちゃスゴイっすよ!?』と騒ぐ切原くん。いや、確かに凄いよ。そもそもこの合宿所にいる人たちはテニスと名状しがたい何かをしているし、その頂点に幸村くんの五感を奪う程度の能力があるのも分かる。よく分かる。

「確かに聞こえのインパクトはすごいけど、私としては最初に考えた人間には不可視の高速で相手の背後に回り込み膝カックンする能力の方がスゴイと思うなー。重力操作もこれと比べると見劣りするし……」
「明らかに重力操作よりスケールダウンしてる……」
「スケールアップしてんの!幼稚園のシンデレラの劇がファウストのオペラになるくらい!」
「高速膝カックン>重力操作≧五感を奪う……推測するにこうか?」

やっぱり膝カックンのハードルが高すぎたな。やれやれ。

「みょうじ先輩は五感を奪われたことないからそんなことが言えるんすよ!」
「奪われたことある方が少ないと思う」
「そーゆーことは部長に五感を奪われて平気だった時にしてくださいよ」
「何か言った?」
「!?」
「ひいいいい幸村くんいつの間に!?」

いつの間にか後ろに幸村くんが立っていた。幸村くんは五感を奪う他にやはり高速膝カックンの能力も持ってるんじゃないだろうか……いつの間にかいたし。

「いたなら言ってよね!」
「はは、すまない。
……そういえばなまえちゃんとは今朝ぶりかな?」
「……今朝ぶり……。
はっ!!!!!!!?」

今朝といえば私は幸村くんに出会って1日のストレート告白されたんだったか!?
忘れようとして実際すっかり忘れていたのに……思い出させてくる所に悪意を感じるぞ。

「し、心臓に悪いよ!」
「まさか忘れてたのかな?」
「忘れたの分かってて言ったでしょ!」
「なまえちゃん、忘れたいと思って都合良く忘れてそうだったからね」
「ぐっ……」

思ってた以上に意地悪だ。Sだ。咄嗟に距離を取ってしまう。こういう時はあれだ、柳くんの背後を借りよう……。

「っていなーい!!!」

柳くんは忽然と姿を消していた。切原くんもいない。逃げたな。
それより神隠しとかテレポートしたレベルで忽然と姿を消している。二人とも黙ってたな!テレポートの使い手だったなんて!無差別膝カックン出来そう。

「あわわ」
「五感を奪われたいって?」
「いやそんなこと言ってないから!」

しかし一番許しがたいのは私と幸村くんを置いてけぼりにしたことだ。知らなかったとはいえ、今朝私に上から目線な告白した幸村くんと……しかもまだ返事してないのに二人きりにして。

「でも幸村くんは五感なんて本当に奪えるの?」
「できるよ」
「そうなんだ。私絶対奪われたくないけど……」
「まあ、なまえちゃんが奪って欲しいって言ったところで難しい話だよ」
「何で?」
「なまえちゃんのことが好きだから」

うわあああ反射的に理由聞いちまった自分から懐にダイブしちゃったぁぁ!
幸村くんから咄嗟に顔を逸らすけどもう遅い。絶対アホ面を見られた。

「あれ、なまえちゃんに今朝、俺言わなかったかな?俺のこと本気にさせてよねって」
「あはは。言ってた言ってた……」
「好きな女の子にそんなことするなんて気がひけるよ」
「うへぇ」
「どうしたの?」
「五感を奪われるってこういうことかって……」

幸村くんは私に好きだと言った。
忘れようとしているのに、綺麗な笑顔で名前を呼ぶだけで、呼ばれた相手は幸村くんのことを考え出さずにはいられなくなる。

「好きとかそういうことを幸村くんが言うだけで、私の視覚も聴覚も……私の意識は何もかも全部幸村くんに向いてしまう。これって五感奪ってることだよね?五感を奪う能力侮りがたし……」
「じゃあ、なまえちゃんは完全に俺の五感を手にしていることになるね。その逆はまだだけど」

『Fort bien!
Je puis contenter ton caprice.』

『Presque rien!
Ici, je suis à ton service,
Mais là-bas, tu seras au mien!』

頭の中でサイレンのようにバスの声が響いている。何でこんなこと思い出すんだろ。

「……幸村くんは結構自分の欲望というよりか感情に忠実だね」
「なまえちゃんほどにはなりきれないから」
「褒められてるのかそれは」

「褒めてるよ。
だから、俺はきっと君が好きなんだ」


……こんなこと言う幸村くんの前じゃあ『あははやっぱ幸村くんのことは明日の自分に任せる!』なんて言えなくなってしまうじゃん。
幸村くんは分かってたのか、天使か悪魔か見分けのつかない笑顔を見せた。


2016/09/18修正

学プリの幸村ルート強制連行といい幸村くんはメフィストフェレス感がすごいなと思って書きました。五感を奪ったりとか「俺のところまで落ちておいでよ笑」なのが私の中の幸村精市くんなので……ヤンデレっぽい。
匿名希望っち様、リクエストありがとうございました!
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