「ダイスケくんはオレンジジュースとりんごジュースどっちがいい?」
「オレンジがいい」

なまえとそのなまえの知り合いであるらしいダイスケくんは談話室のソファに座っている。
なまえ曰く、男の子はこの地域に住む子でなまえとは毎年夏に他の子どもたちも交えて遊ぶ仲であるらしい。カブトムシを採集したり、川で釣りをしたりと完全に自分も子どもである。
外野はそんな二人の邪魔をしないように遠目から見守っていた。

「いや練習いけや」
「せやかて謙也、あんなに母性溢れるなまえちゃん滅多にお目にかかれんやろ!」
「あいつああ見えて子守なんざできるのか」
「というより仲間だと思われているのではないのか……?」

「おやつはこれでいい?」

『あっいつも通りだ』と見ていて安心したのが数名。小学校低学年におやつと称して貝ひもを提供する女子である。

「お姉ちゃん……これ美味しいの?」
「めっちゃ美味しいよ!」
「……」

貝ひもを悲しそうな顔をして見つめているのにさすがに貝ひもはまずかったと気付いたらしく、なまえは慌てている。

「……やっぱポテチにしよっか?」
「あのね!ぼく……」
「やはり貝ひもは早すぎたか」
「実はここから引っ越すことになったんだ」
「え……」
「それで、それでね。ぼく、夏休みの終わりに引っ越しちゃうのに、まだぼく、ヤスオたちに言えないんだ」
「……」
「どうしよう。でも、言ったらヤスオたち悲しむよね……ぼくも、悲しい。それに、いじめられたりしないかな?ぼく、ちゃんとやっていけるかな?」

一通り気持ちを吐き出したらしい男の子はまた涙を抑えきれないようで再び涙をぬぐい始めた。
なまえの表情が珍しく悲しそうに少しだけ歪んだ。喜怒哀楽激しい、といっても悲しそうな顔はあまり見せたことはない。
なまえはすぐにその表情を笑顔に変えると男の子の頭を撫で始めた。

「うぅ……ひっく……」
「ダイスケくんには言ってないけど実はねー、お姉ちゃんも引っ越したことあるんだよ」
「そうなの……?」
「私はねー、中学生になる前に東京に引っ越したんだ。すっごく寂しかったけど、友達はすぐにできたよ」
「……ほんと?」
「うん。今でも親友だよ」
「……ほんと?」
「うん」
「……」
「え、ちょっ、疑ってる?できたよ?本当だよ?ほら、あそこのお兄さんにも聞いてみなよ!ねー!?入ってすぐできたよね!?」
「あー、ほんまやで。お姉さんは嘘ついてへんで」

忍足は心が痛んだ。確かになまえにとって友達ができたのは嘘ではないだろうが。

「……今のは嘘だな」
「真田!空気を読め空気を!それにほぼ嘘やあらへんで!」
「侑士、ほぼってどういうことやねん」
「俺のデータによるとハヤブサだと聞いているが」
「それ人間じゃないよね」

友達が種を超越しているきらいがあった。

「私は別に、自分で決めて東京に来たからちょっとダイスケくんとは違うけどね。私は東京に来てから大好きな音楽と毎日向き合ったり遊んだりアニメ観たりしてすごく楽しい。最近はねー、全国のテニス部と仲良くなったりして……」
「お姉ちゃんの周りはいつもにぎやかだね」
「そうそう」
「お姉ちゃん見てるとバナナトラップを思い出すもん」
「それって私がカブトムシとるときに毎年作ってるやつやん……まぁ、あながち間違いではないかも」

なまえは意味ありげにチラチラと外野を見ている。

「みょうじの奴俺たちをカブトムシ扱いしよったで」
「俺はなまえちゃんにとってのカブリエルやで!」
「部長うるさいっす」

「寄ってくるのの大半がスズメバチかな」
「スズメバチ……」

「あのガキが帰ったら説教だな」

子どもの前でお姉さんぶってようがやはりなまえはなまえらしい。男の子の慰めになっているのかは分からないが男の子は笑っている。

「ダイスケくん優しいから、すぐお友達ができるよ。いじめられたら私がその子をぶっ飛ばす、のは良くないな。その子と逆にお友達になれるように手助けしてあげるね」
「うん」
「でもね、一つだけ。今は楽しいけど、後悔してることがあるの」
「後悔してること?」
「私は引っ越すときに最後まで一番仲良かった友達に自分でそのことを言えなかったんだ。引っ越す直前になって、そのことを知った友達に『どうして教えてくれなかったの』ってすごく怒られた。私は直接言えなくて……言ってくれれば良かったのにって」
「……」

「なまえちゃん後悔しとったんね」
「やっぱ千歳なん?」
「ちょっと違かけど。俺もその中の一人ではあるたい」
色々と思いを馳せているようで、千歳は感慨深く二人を見守っている。
千歳に限らず全員が二人を静かに見守っている。


「すごく後悔してる。私だけかもしれないけど小さい頃の後悔って、なかなか良い記憶にならなくて妙に残るんだよ。私はそういう後悔をダイスケくんにはして欲しくないなぁ」
「でも伝えたら……」
「絶対泣いちゃうね」
「それが怖いもん……」
「きっと良い思い出に変わるよ。小さい頃のそういう思い出は、大人になるとずっとずっといい思い出になるよ。あー私も良い思い出にしたかったなー」
「……」
「お姉ちゃんは言った方が良いと思う。ダイスケくんは、どうする?」
「……ぼく、やっぱり言う!」

目をゴシゴシ拭って男の子は立ち上がった。そして勇気を入れ直すようにオレンジジュースを豪快に一気飲みした。

「なまえお姉ちゃんありがとう!」
「ううん、いいんだよ」
「ぼくもう行くね!」
「そっか……。じゃあこのポテチと貝ひも持って行きなよ」
「貝ひもはいらないや」
「……ダイスケくん臆病な割に結構きっぱり言うよね」

男の子となまえは遠巻きに見守っていた外野の前で立ち止まる。なまえは男の子の頭をくしゃくしゃと撫でる。

「ほら、お兄さん達も心配してこんなに集まってるよ。お礼は?」
「ありがとう!」
「ふふ。頑張ってね、ダイスケくん」
「少年!くじけてはならんぞ!」
「おじちゃん、さっきは怖がってごめんね」
「おじ……!?」
「あははは!おじっ、おじさん……っプークスクス!ダイスケくん、この人本当にお姉ちゃんと同い年だからね」
「絶対嘘だ……」
「この子……将来道を踏み外すと財前光ルートやわ!」
「純粋に育つんや!俺と小春に約束しろよ!」
「何なんすかアンタら」

男の子……ダイスケくんはみんなの声援を一身に受け、最後まで真田と手塚の年齢を疑いながら友達の所へ向かった。

「そういえば、ダイスケくんが引っ越すなんて初めて知ったな。どこに行くの?」

去り際になまえと少しだけ言葉を交わして。

「東京だよ!」
「へぇ!東京に来るんだ」
「うん。ぼく……一つだけ、東京に行くのが嬉しいって思ったことがあるんだ」
「そうなの?何々?教えてよ」
「お姉ちゃん、耳貸して」
「うん……えっ」
「じゃあね!」

ぶんぶんと手を振っていなくなったダイスケくんの背中を見ながら……なまえは口元を抑えてすっかり女子の顔になっている。

「うひゃあ……最近の小3てあんなにませてるのか」
「どうしたの?」
「何て言われたか聞かせてや」

幸村と白石が心から笑ってないが笑顔を取り繕ってなまえの顔を覗き込む。なまえは未だドキドキしている様子で、少し間があって白状する。

「『大好きななまえちゃんと一緒にいられるから……好きだよ』って。ふおおお私なんて罪作りな女なのかしら」
「自分で罪作りとかいうな気持ち悪い」
「跡部くん今から走ってダイスケくんとこに弟子入りしておいで」

でも……とその場にいる全員がじっとなまえを見つめた。なまえは流石に全身にもろに受けるその視線に気づいてジリジリと距離を取る。

「ちょっ……どうしたの?」
「(……ちゅーかあの優しさ俺にも分けろっちゅー話や)」
「(俺に限らず母性溢れるなまえちゃんが新規開拓した奴絶対おるやろ)」
「(後悔しとるって……なまえちゃん可愛かー)」
「(蔵クン絶対新たななまえちゃんの一面に目覚めたわね)」
「(小春に負けへんレベルの母性やった……)」
「(みょうじ先輩結構色んな属性持っとるな……大半がいらへんけど)」
「(やはりみょうじはんは優しい女性や)」
「(些細な闇を持ってるなまえちゃん……やっぱり可愛いなぁ)」
「(俺はみょうじと比べてそんなに老けて見えるのか)」
「(なまえについて良いデータが取れた)」
「(やはり子どもに慕われているのだな……)」
「(はー……小学生まで誑かすんかこの子は)」
「(……罪作りなんざ自分で言うなとは言ったが……こいつ……実際罪作りなんだよな)」

じーっと見ていても虚しくなまえには一切伝わらない。子どもの気持ちは敏感に察せるくせにこういうことにはどうも疎い。
なまえは色々と考えあぐねた結果、

「……貝ひも食べる?」

ダイスケくんが欲しがらなかった貝ひもをみんなに勧める選択をした。



2016/09/18修正

サティ主の良いところといえば子どもに好かれる!点だと思うのでこんな話になりました。幸村くんは母性溢れてそうなタイプが好きそうだなぁと思います。
リクエストありがとうございました!

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