「おい、そこで何をしている?」
「!?」

合宿所の玄関に知らない少年が不安そうな顔でウロウロとしていた。例によって生真面目な真田はそれを見つけて親切心から声をかけただけである。しかし男の子は案の定突然声をかけてきた見るからに怖そうなおじさんにビクビク震えている。

「あれ?真田、どうしたんだい?」
「幸村、柳か。この少年が何やらここでウロウロとしていたのでな」
「ほう、この合宿所に用か?」
「……」
「どうしたんだ?黙っていては分からんだろう」
「……うう」


強面の真田と後からやって来た幸村と柳と見知らぬ男に囲まれて尚更男の子は不安そうにしている。特に初めに声をかけた真田に対しては警戒心剥き出しだ。

「弦一郎、あまり脅かすな」
「脅かす!?そんなつもりはないぞ!」
「真田の場合は顔がアウトだからね、無理もないさ」
「か、顔だと!?」
「坊やはどうしてこんな所まで来たの?」
「ひっく、ぐす」

男の子は幸村も警戒している様子である。少し泣き出してしまった。恐らく幸村の闇を感じ取っているらしく、柳は子どもは鋭いと感心していた。
強面のおじさんと綺麗な笑顔がどこか怪しい人のせいで男の子は泣きそうである。

「泣くな!貴様それでも男児か!」
「うわぁぁぁん怖いよぉぉぉ!」

自分が泣かせたくせに一世代くらい前の生真面目日本男児を体現する真田は男の子を一喝した。が、やはりますます泣くばかりだ。流石の柳も子どもの扱いには困る。下手にフォローしようとすると恐らくますます泣き出してしまう。こういうのは弟のいる丸井あたりが適任だろう。

「弦一郎は黙っていた方が良いぞ」
「……柳が言うならやめておく。しかし男たるものこのように節操もなく泣くのは」
「それは後で聞くよ」
「何!?幸村最後まで話を」
「やはりこういうことは丸井が適任だと思うが」
「そうだね。丸井を呼んで来ようか?」
「アーン?何してんだお前ら」

幸村と柳は『よりによって子守に向いてなさそうなのが来た……』と白けた目で見る。
見るからに絶対子守なんて出来ない跡部、それにまた何故か今回連れてるのは子守に向いていそうな樺地ではなく明らかに怪しい忍足である。それと堅物仏頂面の手塚。子どもの警戒心をますます高めてしまうメンツである。

「何だそのガキは」
「見るからに真田が泣かせたんとちゃうか?」
「何故だ!?」
「どうやらこの合宿所に用があるみたいでな」
「合宿所にか。母親でもいるのか?」
「彼に聞きたいんだけど真田が怖くて泣き出しちゃったんだ」
「幸村、自分を棚に上げるのか!?」
「真田が怖くて泣き出しちゃったんだ」
「ぐ……」
「……そりゃあ幸村が怖くて泣き出すわ」
「何か言った?」
「いや何も言うてへん」
「ハッ!たかが子守も出来ないのかお前ら」

俺様なら子守も完璧だぜ!と跡部はかなりデカイ態度でいる。

「よしておいた方がいいぞ、跡部」
「どうした手塚、自信がないのか?」
「俺は失敗する自覚はある。が、跡部。お前は自覚がないからまずい」
「言っておくが俺様にも自覚はあるぜ。子守なんて朝飯前という自覚がな!」

これあかんやつや、と忍足まで白けた目で跡部を見た。粘り強い手塚も今回ばかりは諦めることにした。

「おい」
「ぐす、ひくっ、うええん……」
「ガキがこの合宿所に何の用だ?」
「あっ、やっぱあかんかった」
「うええええええん!!!」
「ますます泣いちゃったじゃないか」
「何だと……最近のガキはこの程度で泣くのか!?」
「怖いよぉおお!わぁあああん」

びええええと忙しなく号泣する男の子を見てしゃーないなと忍足がしゃがんで目線を男の子と合わせる。子どもと話すときの鉄則である。

「どうしたんや。お兄さんに話してみ」
「……ひっく」
「無言で後ずさられるのがいっちゃん堪えるわ……」

やはり後続部隊は男の子の警戒心と恐怖心を最高潮にするという予想通りの働きをしてくれた。
男の子は更に泣き出してしまった。

「わぁああああん!!!なまえおねえちゃぁぁん!怖いよぉぉ!助けてえええ!」
「なまえ……だと?」
「おねえちゃぁぁん!」

合宿所になまえお姉ちゃんなんて一人だけ。



「ダイスケくん!どうしたの?」
「うわぁぁぁんなまえおねえちゃん!怖かったよおおお」

四天宝寺のコートにいたなまえが呼ばれて来るとダイスケくんと呼ばれた男の子はなまえの元に走って行って抱き着いた。なまえは男の子をよしよしと抱きしめて慰めている。

「ひっく、うえええ……うんっ……」
「お姉ちゃんがいるからもう怖くないからね」
「ちゅーか何で四天宝寺が全員おんねん」
「いやぁ侑士、それがな?どっかの誰かさん達が寄ってたかって小っちゃい男の子を泣かせたっちゅー話を聞いてな?」
「とんできたんですわ」
「財前、お前居合わせたら本来こっち側の人間やろ」

強靭な野次馬精神を誇る四天宝寺は全員釣られて見に来た。なまえは珍しく言い争いには気にも留めず男の子を慰めている。

「よしよし、ダイスケくん。あのお兄さんたちは別に悪い人じゃないんだよ?良い人だから大丈夫。あの顔の怖いお兄さんもメガネのかっこいいお兄さんも私と同じ歳だし、みんな私のお友達だよ」
「えっ!?」
「あ、今真田と手塚の実年齢知って驚いてる」
「容易に想像がつくな」
「幸村……柳……」
「メガネのかっこいいお兄さん俺やないん?」
「そんなわけないでしょーが!
ダイスケくん、私に会いに頑張ってここに来てくれたんだよね?向こうでお話ししようか」
「うん……ぐすっ」

なまえは男の子の手を引いて歩みを進めていく。恐らく談話室で男の子の話を聞くつもりなのだろう。

「はあ。相変わらずなまえちゃんは子どもに好かれるけんね」
「確かに俺にも覚えがある」

そんななまえの後ろ姿を見ながら白石はぎゅっと胸を抑えた。なまえに関してなら何でも可愛く見えるし愛してしまう男だからこの光景でなまえをもっと好きにならないわけはないのだが。

「……何やろこの感情……」
「どうしたん蔵クン?またなまえちゃんのこと好きになっちゃったのん?」
「いや、今までと少しちゃう感情や。めっちゃ俺もなまえちゃんに甘えたくなった」
「ほんまそれな」
「白石……すごく分かるよそれ」
「そんなこつ昔からたい」
「……あんたら上級者ですね」
「(侑士と白石がおるのに俺も思ったなんて言えへんやんけ……)」

既にみょうじなまえ上級者……もとい重症患者が5人、正確には6人もいた。
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