「……」
「最近日吉くんずーっと私のこと見つめてるね?どうしたの?」
「いや……何でもないです」

テニス部の部室にお邪魔して跡部くんから借りたレコードを聴いていたら、日吉くんにじっと見られていた。最近、日吉くんをはじめチョタくんとか樺地くんとかがよく私を見ている。
日吉くんは何でもないです、とは言ったけどやっぱり私を見ている。

「……」
「……」
「……ひよ、うぎゃっ!」

しばらく見つめ合ってると、日吉くんは部室に置いてあった小さな扇風機を掴んで何故か私に向けてきた。

「ちょっ!目がぁ!乾燥する!」
「……」

日吉くんは無表情のまま私に風を当ててくる。何を要求されているんだ私は。何をしてあげればいいんだ。
色々考えた末に思いついたことをやってみることにする。

「アー……ワ、ワレワレハウチュウジンダ」
「何してるんですか」
「アー!!キョウハ!キョウハヤメテ!」

日吉くんはあろうことか扇風機の出力を強にした。腕で庇うものの髪がファッサーッと抗えず後ろに飛ばされている。
日吉くんは宇宙人好きだし宇宙人のマネをやって欲しいのかな?と思ったのに……。当たってなかったのかな。

「……何故なんだ」
「ソレハコッチノセリフダ!」

無表情だったのが驚きの表情になる。何とか解放された時には声こそ宇宙人から戻ったものの私の髪は無残にもボサボサであった。

「日吉くんってば一体何がしたかったの?」
「……一体どうなってるんだ」
「えっ!?ちょっと待って!何で去ってくの!?教えてよ!今の行動何なの!?」

日頃色んな人に「行動が意味不明」「奇行種」「こっちを振り回すな」と散々言われているしその1人が日吉くんだけどこれ人の事言えないよねと日吉くんの後ろ姿を見送った。



それから次の日は前日の日吉くんの扇風機奇襲に遭難したのを思い出すくらい、風が強い日だった。その時はたまたま会ったチョタくんと一緒に帰っていた。

「やっぱり台風が来てる感じするね」
「明日休校になるかもしれないそうですよ」
「おお!休校ラッキー!」

明日の休校に心躍らせていると、やっぱり隣から視線を感じてそっちを向くとチョタくんが私をじっと見ていた。

「……どうしたのチョタくん?」
「あっ、いや……その……すみません」
「?」

慌ててチョタくんは目線を逸らした。もともとチョタくんは割と私のことをよく見つめてる方だけど最近は本当に私を見てる。

「最近チョタくんといい日吉くんといい、私のこと観察してるの?」

日吉くんはあんまり詮索すると寧ろ言わなくなるのでチョタくんに聞くことにする。図星だったようでチョタくんはもっと慌て出した。

「え、その、何でもないんです!本当に!」
「ふぅーん?へぇー?」
「うう、なまえさん……信じてください」

嘘を吐いて良心が痛んでいる様子。やっぱりこれは何かあるようだ。
ここままチョタくんを押し切ろうとしたその時だ。

「どわっ!」
「!」

耳元で突風の音がして、スカートが捲れた。慌てて抑えるも遅かったかもしれない。あろうことか今日に限って短パンを履いてないから中身が丸見えだ。隣にチョタくんがいるというのに!
チョタくんを見るとやっぱり私を見つめている。

「あわわわチョタくん見ちゃった?」
「いえ、見られませんでした……」
「えっ、見られませんでしたって」
「はぁ……」

チョタくんは珍しく大きく溜息を吐いた。そんなに私のパンツ見たかったの?なんかチョタくんらしくないぞ。まるで忍足くんだ……。
落ち込むし言動がらしくないチョタくんに何と声を掛けていいか分からなかったので、とりあえず「こんなに強風なら明日は絶対休校だね!」とだけ言っておいた。



「途中で授業終わるくらいなら最初から休校にしろよ……」

さらに次の日は台風が逸れて休校じゃなかった。ケータイに休校連絡メールが送られてくるのをお兄ちゃんと一緒に待ってたのに……。最後まで二人で粘ったがお母さんに家から叩き出された。
3時間目が終わったところで悪天候のせいで授業は結局取りやめになったけど。

「しかし今日は練習は休みだ。喜べ」

生徒会室で文句を垂れると跡部くんがそんなことを言う。跡部くんの中で私はテニス部員なのか?

「いや私帰宅部だからね?テニス部休みだろうが関係ないからね」
「アーン?部室に頻繁に出入りしてるだろうが。お前今自分が何て呼ばれてるか知ってるか?」
「知らない」
「『部室の番人』だ。なぁ、樺地?」
「ウス」

樺地くんがゆっくり頷いた。樺地くんもこの生徒会室にお邪魔した時から私を見つめている。
この数日考えてみて、私を観察しているのはチョタくん、日吉くん、樺地くんの2年生3人組だけだ。

「これ以上変な渾名増やしたくない」
「多分無理だな。それよりお前、帰らなくて良いのか?」
「うん。お父さんが迎えに来るって。こんな台風の中有給取って暇らしくてさ……。『通常の3倍!』とか言いながら車乗り回して来るはず」
「……法定速度の3倍か?」
「口先だけだよ!守ってるよ!……多分」

生徒会室からは駐車場が見えるから窓から覗く。お父さんの真紅の車の姿はない。車が2、3台駐めてあるもののすっからかんな駐車場を空っぽの鉢植えか何かが横断していく。

「風強いね」

そういえば、昨日のチョタくんといい、日吉くんといい……二人の不可解な言動は風に関係してる。もう一人私を観察している樺地くん……はやっぱり今も私をじっと見つめているようだ。
ということは、樺地くんも風に関係することが気になっているのかな?
これはカマをかけてみるのも良いかもしれない。それに……

ガラッ

「TMRごっこ開始!」
「みょうじ!てめー何やってる!?」

TMRごっこしたったんだ!
窓を開けた瞬間吹き付ける風が思った以上に強い。思わず目を瞑ってしまう。ガサガサという音がしたので何かの紙が飛んだみたいだ。いやぁ検証する為とはいえ申し訳ない。そこんとこ考えてなかった。

「fuuuuu!」
「樺地!」
「……ウス」

樺地くんはさっとやってきて窓を閉めた。目を開けると、樺地くんは……私の顔を見ていつもより少し驚いた表情をしていた。

「樺地……どうした?」
「何でも……ない……です」
「みょうじを見て驚いたようだったが……そうか」

跡部くん曰く、やっぱり樺地くんは驚いていたようだ。

チョタくん、日吉くん、樺地くん。
2年生の3人は私を見て一体何を考えてるんだろう。それに風って。
物思いしながら窓の外を眺めていると赤い車が駐車場に停まったのでなんかどうでもよくなって頭から吹っ飛んだ。

「おお!お父さん早かったね!」
「だから窓を開けるんじゃねえ!」



「……2人はみょうじさんの右目を見たことがあるか……?」

事の発端は日吉の何気ない一言である。

「なまえさんの右目?そういえば見たことないかな」

たまたまそれを聞いていたのが鳳と樺地だった。樺地も見たことないらしく頷いた。

みょうじなまえの右目。常に前髪に隠れていて見えず、彼女が鬼太郎と呼ばれる所以でもある。まあ実際は鬼太郎とは逆であり、3人にも覚えのあるどこかの中学のリズム男とはよく似た髪型、というかシンメトリーである。
そんななまえは両目を一度に見せたことがなかった。オールシーズン邪魔そうな前髪は一定を保ったままだ。その上その髪型は『夜の廊下を彷徨う一つ目の生徒』という七不思議まで打ち立てている。

「……やはり無いのか。実は向日さんに聞いてみたんだがあの人も見たことがないらしい」
「向日さんが見たことないなら見たことある人っていないんじゃない?」
「本人もそう言っていた。因みにみょうじさんとの共通の友人の間では色々噂になっているらしい。あの前髪の下には……」

ついつい怪談の語り口になってしまう日吉。樺地も鳳も流されて日吉の話に聞き入る。止めてくれる先輩は残念ながらこの場にいなかった。

「そもそも右目がなくて一つ目なんじゃないかとか、第三の目があるんじゃないか……とか」
「……一つ目も第三の目も通常顔の中心に寄るものじゃない?アンバランスじゃないかな?」
「それは俺も思った。だから俺はオッドアイ説を支持する」
「なまえさんがオッドアイ!?」
「……」

なまえの知らないところで話が盛られていく様子を樺地は目の当たりにした。
それでも樺地もやはりなまえの前髪の下は気になる。自分の慕っている跡部もなまえのことをもっとよく知りたい、と常々言っていることである。

かくして、

「ここにいる3人でみょうじさんの前髪の下を覗こうじゃないか」

2年生3人によるなまえの前髪の下を知るためだけの集まりが結成された。

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