「胸のところでオムライスがローリンローリンしてる……」
「自業自得でしょうが」

ドラム式洗濯機で酔ったなまえさんを部屋まで運んだ。なまえさんはだらしなく枕を持ってうめき声を上げている。鳳は何か薬を探しにと医務室に行き、海堂は外で起きた抗争の事後処理をしている。
全くこの人はどこまでトラブルメーカーなのだろうか。

「ごめんね若くん。今日ずっと迷惑かけてばっかり」
「らしくないですね、何を弱気になってるんですか」

なまえさんは酔いがかなり回っているのか意外にも涙目でそんなことを言う。
俺は内心、なまえさんの色んな一面を見られることを嬉しく思っている。そんなこと絶対本人には言えないが。

「まさか、あの一夜の過ちがこんなことになるなんて……」
「は?」
「本当の父親を、この子には教えられない。でも、若くん。お願い、あなたがこの子の父親になって……!」
「変な冗談はやめろ」
「そんな辛辣な若くんも好き」
「はいはい。そんなに騒いでいると本当に吐きますよ」
「う……きたきたきた」
「言ったそばからか!」

なまえさんはトイレに駆け込んだ。
その時放り投げられた枕が俺の顔面に直撃した。
……何で俺はこんな人が好きなんだろうか。


「うう、全然すっきりしない……」

トイレと洗面台から戻ってきたなまえさんはやはりまだ酔っているらしくその場にしゃがみこむ。

「いくらなんでも重症だな……まだ乾汁が効いてるんですかね」
「乾汁やばい。青学どうなってるの……うぅ」

しゃがみこんだなまえさんの背中をさする。向日さんも「あいつあんまり風邪引かない」「鈍器で殴っても死なない」と言っていたしここまで弱っているなまえさんも滅多にお目にかかれないだろう。
なまえさんの背中をさすりながらそんなことを考えてると、なまえさんが突然楽しそうに笑いだした。

「……なんか」
「何ですか?」
「若くん旦那さんみたいだね。私が妊娠中の奥さんで」
「……はぁぁ」
「え?どうして今ため息ついたの?そんなに嫌だった?」
「頼むからもう喋るな」
「いひゃいいひゃいいひゃい!」

乾汁飲んでいよいよおかしくなったな。
抓っていた頬を解放してやるとなまえさんが「乱暴はだめだよ」とさすっている。

「私病人なのに」
「自分から死にに行ったようなもんでしょ」
「うるさい!ドラム式洗濯機の回転が素晴らしかったのがいけない!……って思い出すと吐き気が」

今日1日ほどなまえさんと忙しない日を送ったのは今までにない。
元気になったり弱ったり、自分はこの馬鹿女のことなど忘れてやるとすら思って喧嘩をしたのにその日のうちには元に戻った。

誰かに見せるなまえさんの表情にあんなにも嫉妬していた。でも逆に今一つ一つ俺に見せてくれる表情が俺だけのなまえさんの見せるもので……俺はそのなまえさんを好きになった。
そう理解した分、今日だけで随分なまえさんと近付けた気がする。


「いつまでもここにいても仕方ないですよ。ベッドに行きましょう」
「……優しくしてね」
「だから変なこと言うんじゃない」
「だめ、気持ち悪い。もうちょっとこのまま」
「元気なのかそうじゃないのかまるで分からない。動けないんですか?」

口元を抑えてこくこくと青い顔で頷く。
部屋が広すぎるのも困り様だ。なまえさんを連れて行くには……。

「ほら、抱えてあげますから」
「!!!?」

なまえさんはびっくりした顔で俺を見た。
確かに俺らしくないことを言った……実際こんなことしてやるのはなまえさんくらいしかいないと自分でも思っている。

「……」
「心配しなくても鍛えてますから大丈夫です」
「……お金取らない?」
「何の心配だ!俺がそんなにがめつく見えますか」
「だって若くんからそんなこと言うなんて……絶対1億取られる」
「なんならもうなまえさんのこと放置してやっても構いませんが?」
「やだ!」

なまえさんは慌てて俺の腕に飛び込んでくる。
今日の昼間もなまえさんを運んだな。
あの時はかなり苛立っていて途中で捨てて行こうかとさえ思ったが今はなまえさんを穏やかな気持ちで腕に迎えられた。
本当に同じ一日の出来事とは思えない。

俺の首に腕を回して肩に顔を埋めているなまえさんに思わずらしくもない笑みが溢れた。

自由な貴女に、この俺が隣で合わせて歩くんですから感謝して下さい。

「ちょっと……なまえさん首絞めすぎです」
「……リバースしそう」
「ここではやめろ!」

今に始まったことじゃないがこの人の隣はなかなかスリリングだ。


2015.11.19


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