「Bonjour!Tout le club de tennis(ごきげんようテニス部のみなさん!)」

部室を勢いよく開けて入ってきたのはなまえだった。たくさんの紙袋を持って、息を切らしなが
ら挨拶してくる久々のなまえに、立海一同はにわかに沸き立つ。

「なまえ!お前今日帰ってきたのか!」
「それならはよ言って欲しいのう。なまえちゃんが1ヶ月も教室におらんと寂しかったぜよ」
「わああ!なまえ先輩!久しぶりっすね!」
「Nio se comporte comme d'habitude.Je suis désolé! J'ai oublié de vous contacter(仁王はいつも通りだね。ごめん!連絡するの忘れちゃった)」
「……」
「……」
「……」

返事をしたらしいなまえはニコニコ笑っているが丸井、仁王、切原は撃沈した。もはや何語かも判別できない切原に関してはすっかり青ざめ『誰この人……』という表情でなまえを見ている。

「今のはフランス語ですね」
「ここは日本だぞ!いつまで西洋かぶれでいるつもりだ」
「なまえちゃん、日本語でいいんだよ」

なまえは申し訳なさそうな顔で手を合わせる。やはり口から出てきたのは日本語ではなくフランス語だった。

「Je ne peux pas parler japonais……(それが日本語忘れちゃった……)」
「う、宇宙人だ……」
「!?Je suis très triste d'avoir été traité comme un étranger……(!?宇宙人じゃないよ私は!ショック……)」
「赤也……なまえがショックを受けているぞ。どうやら日本語を忘れてしまったようだな」
「Renjiiii!!Je l'apprécie!!Vous êtes mon Dieu!!(蓮二いいいい!さすが!!神様だよ!!)」
「うわっめっちゃ興奮してる」
「分かった。まず抱きつくのはやめてくれ。精市が睨んでいる」



「日本語を取り戻したぞ!」

土地を奪還したかのように勝ち誇るなまえ。すっかり埋もれてしまった日本語能力を、柳、柳生、幸村が急遽編成したチームで何とか掘り起こすことに成功した。

「たった1ヶ月の留学でフランス語を覚えてくるとか……天才か?みょうじ」
「ふはは!もーっと褒めていいのよ!ジャッカルくん」
「たった1ヶ月で母国語を失うとか……馬鹿か?なまえ」
「……」
「マジかよなまえ……」
「天才とは馬鹿と紙一重というが、極端だな」
「真田くん聞こえてるよ」
「まあ真田、そんなことよりなまえおかえり。待ってたよ」

幸村がなまえににっこり笑いかける。なまえはあからさまに震え上がって、隣の柳の方に若干身を寄せた。幸村に絡まれる理由には大いに心当たりがある。

「1ヶ月ぶりだね」
「ソウデスネ」
「なまえ、俺に一言も残さずに留学へ行っちゃうんだから」
「(うわめっちゃ怒ってる)」
「そりゃあ俺だって少しは怒るよ」
「申し訳ございませんでした!」

なまえは遊園地に行った後、柳にだけ留学のことを話して1ヶ月の留学に行ってしまったのだ。これに特に怒ったのが幸村で、柳から聞いてもうヨーロッパに永住しようとまで思った程度には恐れていた……のをさっきまで忘れていた。

「しかもまた相手は柳ってどういうことかな?」
「みんなに言った気になってしまいまして……」
「君の中で立海大附属のテニス部は柳だけなのかな?」
「滅相もございません!立海の神の子を誰が忘れましょうか」
「でも忘れてたんですよね」
「赤也くんそういう余計なことは言わなくていいの!」
「なまえ」
「精市くんごめんなさい!」
「まあまあ幸村くん、そう責めずに」

柳生が仲裁に入りなまえはほっと息をついた。なまえを笑顔で諭す柳生は、どこか安心した様子だ。

「なまえさん、我々もとても心配しました。急に貴女がいなくなったものですから……今度からは気を付けてくださいね。2度3度続けば我々の心ももちません」
「柳生くん……うん。ごめんね」
「なまえちゃんがおらんと授業出る気失せるんじゃ」
「仁王の出席とか知らない」
「プリッ」

仁王を無下にしたところで、なまえは思い出したように声を漏らした。床に置いていた紙袋をテーブルに置くと得意気に笑った。

「みんなにお土産買ってきたんだよ!」
「おお。なまえにしては気がきくな」
「では贈呈式を開会したいと思います!まず精市くんと真田くんね!」
「すまないな」
「これで全部許してはあげないからね?」
「物騒だな!ちゃんと埋め合わせするから……。
はい、これ柳生くんね」
「ありがとうございます」
「先輩!俺!俺には!?」
「赤也くんはこれね。仁王とブンちゃんはこれ。あとジャッカルくんにはこっち」
「やった!」
「お菓子か?お菓子?」
「ちょいと開けるのに躊躇するな」
「俺にもか?サンキュー」
「蓮二にはこれ」
「ありがとう」
「じゃあ、みんな開けてみ……って精市くんと赤也くんフライングしとるし」

2人がフライングしたが、全員が包装紙を開けた。


「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……ピヨッ」
「ほう」
「これは素晴らしい」

明暗がしっかり分かれてしまった。
立海大附属の奇行種、UMAと称されるなまえは伊達じゃない。

まず、丸井は自分の目前にオレンジとピンク味がかかった岩が現れたことに対処しきれなかった。

「なまえ、何これ」
「岩塩。ザルツブルクに行った時に買ったんだよ」
「中学生の土産で岩塩まるまる1つとか!普通そこはお菓子とかお菓子とかお菓子とかお菓子とだろぃ!」
「ええ……お菓子とかブンちゃんいつも食べてるじゃん。たまには塩分摂って口直ししなよ」
「テメー!突然いなくなって散々心配かけといた上に土産が岩塩だってぇ!?最低でもゴディバだろうが!」
「ブン太はお前がいなくなってから菓子を食べることも忘れるくらい心配していたんだぞ」

フォローを入れるジャッカルを丸井が睨む。ジャッカルはヤバい、という顔をしてさっとお土産を隠した。

「……ジャッカル、お前何貰ったんだよ」
「俺は、まあ……その、だな」
「ジャッカルくんコーヒー好きだからブレーメンのコーヒーあげたよ」
「みょうじ!」
「ジャッカルてめー!」

対照的に普通に嬉しいお土産をもらったジャッカルの襟首を丸井がすかさず絞め上げる。

「嫉妬は醜いぞブン太!」
「知らねーよ!」
「いいなぁ……丸井先輩もジャッカル先輩も食いもんで……」
「え?赤也くんダメだった?」

切原は立ち上がって持っている、お土産であろう折り畳み傘を広げた。

「何すかこの傘!」

広げると4人のモナリザが輪になって並ぶ何ともシュールな傘だった。丸井とジャッカルは自分のお土産のことについて頭から吹っ飛んだ。

「随分前衛的な傘じゃ」
「いいと思ったんだけどな。赤也くん雨の時いつも傘忘れるじゃん」
「傘を忘れるだと?赤也、お前、ビニール傘を一つここに置いていっているだろう」
「そうなの?わざわざ相合傘して一緒に帰ることなんて……」
「げっ!しーっ!なまえさんしーっ!」
「赤也、後で話がある」
「ウィッス」

幸村に押されて前衛的と言われたモナリザ傘をさしたまま切原は席に座る。隣の仁王はそれを器用に避けた。
その仁王の手にはなまえからの土産。

「仁王先輩のお土産……それ」
「なまえちゃん。俺の今一番欲しいもんを当ててくるとは、俺たち以心伝心じゃのう」
「たまたまだから!あ、赤也くんそれ鳩時計ね」
「仁王も仁王でなんで鳩時計欲しかったんだよ……」
「柳生は?何もろたんじゃ?」
「私はタータンチェックのメガネケースですよ。ヨーロッパらしいですね」
「だからなまえは何で俺に岩塩なんて寄越したんだよ!ジャッカル!」
「俺に八つ当たりするな!」
「いらないなら貰うぜよ」
「誰がやるかよ」
「面倒くさいぞブン太」

丸井は岩塩、切原はモナリザ傘、仁王は鳩時計。
反してジャッカルはコーヒー、柳生はメガネケースを貰っているのだから、このエキセントリック女はこれでも真面目に選んでいるのだろう。
そこで問題になるのは、残った幸村と真田、柳なのだが。
「なまえ」
「はい」
「あー……ゴホン。俺と幸村の土産がな……その」
「どうみてもペアカップなのはどういうことなのかな?」

幸村と真田が持つマグカップは、確かにお揃いである。ユニオンジャックの可愛いものだがこれが真田にはまた合わない。

「これは真田の分がなまえので俺とお揃い……なんじゃないの?」
「精市くんと真田くんのペアで買ったんだ」
「正気かなまえちゃん」
「地雷を自ら踏みに行ってどうするんだよぃ」

再び幸村の機嫌に着火したなまえは、威圧する幸村からまた柳の方にのけぞった。柳は後ろからなまえを抑えて盾にしている。

「べべ別に『ヒューッ!精市くんと真田くん末長く幸せにね!』ってホモ展開なわけじゃなくて
『2人3脚で頑張ってね!』って意味なんだよ」
「……」

なまえがそう言うと幸村の威圧はすぐに収まった。幸村は満足そうに、真田は落ち着き感心したような顔をした。

「なまえは、やっぱり素敵だね」
「まあお前に言われずとも既に2人3脚だ。ハーッハッハッハッ!」
「そうそう。だから真田のこのマグカップは君のだよ」
「ちょっと待て」
「既に足並みが乱れてませんかね?」

幸村は真田のマグカップをなまえに渡して「真田は二人三脚する俺となまえを抱えて走るから大丈夫」とあっけらかんと言う。真田ならできそうな気もするがちょっと間違ってる気がしてならない。

「でも真田くんに買ってきたんだから真田くんがもらってよ」
「ああ。かたじけないな」
「二人とも頑張ってね」
「無論、当然だ」
「当たり前だよ。それで、あと柳だけだね。何をもらったの?」
「俺は……」
「蓮二にはオルゴールをあげたの」

柳にあげたオルゴールはなまえがパリのお店でもらったものだ。店主と仲良くなってサティの曲が入ったオルゴールを譲ってくれたのだ。
2つもらったから、最後まで決められなかった蓮二のお土産にしようと思い至った。
……余り物みたいになった事実は墓場まで持って行くつもりである。

「なまえ先輩が乙女チックなことしてる……」
「みんなの中で私はどんな奴なんだよ」
「開けてもいいか?」
「もちろん」

オルゴールを開くと、可愛らしいメロディーが溢れるようにして響く。サティの『Je te veux』。シャンソンなので歌詞が箱に刻まれている。
柳はふっと笑った。

「なまえ、随分積極的だな」
「積極的?」
「俺にこれをプレゼントするということは……そういう意味ととって良い、ということか?」
「?」

Je te veux……サティが作曲したシャンソン。
酒場で働いていた時にスロー・ワルツの女王ポートレット・ダルティの為に作曲したもの。
タイトルはフランス語で……。

そこまで思い出して自分でも顔がみるみる真っ赤になるのを感じる。

「違う!違うから!偶然!他意はないから!」
「他意がある確率に期待を込めて70%だ」
「データマンならもっと確実な算出をだな!」
「何のことか分からないっすけど今柳先輩がすっげー羨ましいと思うっす」
「同じく」
「俺もじゃ」
「ありがたく受け取っておく」
「あばばばばばば!!!待って!まさか!もしかして私が渡したのって!」

なまえは柳からオルゴールを受け取り刻まれている歌詞を見た。
そして、自分がいかに恥ずかしいことをしたかを更に身に染みて感じた。

「あああああああ!蓮二!やっぱりこれ預かる!だめ!別のお土産持ってくる!」
「そうか」
「そんならなまえちゃん、そのオルゴール俺にちょうだい」
「だめ!」
「じゃあ俺にちょうだい」
「それは例え精市くんといえどダメ……!」
「では私には?」
「ひいいいもっとダメですううう」

オルゴールを隠すように抱きかかえるなまえは珍しく恥ずかしさが完全に露わになっている。

「それより俺の土産を早く決めてくれないか」
「といってもあげれるものは限られるけど」
「Je te veux au lieu de la boîte de musique(オルゴールの代わりにお前はだめか?)」
「え」
「Je te veux」

柳の開かれた目に射すくめられてなまえはがくんと席に座り込み、机に顔を突っ伏した。微かに赤くなってる耳に柳は満足そうに再び目を細めた。

「Je ne devrais pas être revenu au Japon……(日本に帰ってこなかったらよかったかも……)」
「柳くん、あんまり感心しませんよ。なまえさんが動揺してフランス語に戻ってしまったのもそうですが」
「あんまりなまえをからかっちゃだめだよ。今の本気なの?」
「ふふふ」
「一体何のことだ……」
「丸井先輩!エキサイト!エキサイト翻訳出して!」
「フランス語打てんのかよ!」
「今のはなぁ……多分……」
「参謀がかなり恥ずかしいこと言ったのは分かったぜよ」

なまえはこの後に仕方ないのでオルゴールをそのままあげてしまったらしい。
それから2週間近く、サティの曲を弾けなくなってしまったのはなまえの人生始まって以来の大事件であった。


2016/09/18修正
日本語訳つけました

別の学校にいたら……というネタはいくらかいても楽しいです!立海素敵だぁー幸村様にこき使われて真田と柳に慰められてみんなとわちゃわちゃしたい……!
二本立てということで楽しく書かせていただきました。柳寄りになったのは私の趣味です……すみません。

さくらい様、リクエストありがとうございました!
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