立海大附属中テニス部は様々な要素を軸に回っている。当然それには幸村を始めとしたレギュラー陣も含まれるわけだが、もう一つ何の関係もないみょうじなまえという摩訶不思議な女子生徒を芯にしているところがある。
例を出せば枚挙に暇はない。
最近で言えばテニス部の部室でメンフクロウを飼い始めた。みょうじが連れてきて飼い始めたらしい。俺が幸村を問い詰めたところ「なまえが飼いたいって言うから」「学校に許可は得ている」「なまえが可愛いのが悪い」と言う。残念ながら俺はそれ以上問い詰めることができない。それと最後の弁明は雑な気がする。
「しかしこのメンフクロウというやつは些か不気味ではないか?」
「そうかな?可愛いくない?」
「巷ではミステリアスな姿をしているので人気だそうですよ」
「ミステリアス……のう?なまえちゃん。俺と似てるんじゃなか?」
「じゃあ仁王のことこれからメンフクロウって呼ぼうか?」
「まーくんって呼んで」
「ひいいい柳生くんタスケテこの人変」
「なまえちゃんに言われたくないぜよ」
部室の住人となったメンフクロウは本日赤也のロッカー内を占領していた。メンフクロウを観察するが……やはり得体の知れない表情をしている。喜怒哀楽が一切読めない顔だ。そんなことを言えば動物全般そうかもしれない。しかしみょうじにとっては可愛いらしい。
「そういえばなまえ、その子の名前は決まったの?」
「決まったよ!キュベレイにする!」
「すげー強そう」
「スパロボαならHP回復も付くよ!」
「スパロボやってねーよ知るか!」
「ジャッカルくんは味方してくれるよね!?この前スパロボ貸したもんね!?」
「全く分かんねーぞ……」
「しまった!貸したの天獄編だった」
みょうじがジャッカルを巻き込み丸井と言い争っていたところに籠城被害者がやっと部室に現れた。
「ちぃーっす!……って先輩たち何してるんすか?」
「ああ赤也、キュベレイが赤也のロッカーを占領して出てこないんだ」
「キュベレイ?って不気味鳥が俺のロッカーに!?」
「不気味鳥っておいおい」
赤也はメンフクロウをかなり警戒している。見た目が60%、あとは鳴き声が40%。因みに鳴き声を一人で聞いた赤也はみょうじに泣きつくという情けなく破廉恥だったので鉄拳制裁を加えておいた。
その不気味鳥の悪口はみょうじには聞こえていなかったらしい。みょうじは気を取り直して幸村の隣に腰掛けるとやはり嬉しそうに言う。
「精市くんありがとう!ずっとフクロウ飼いたかったんだ」
「ふふふ、なまえが喜んでくれて嬉しいよ」
「フクロウカフェに行った時も飼いたいと言っていたからな」
「だって可愛いもんね!」
全員がこの発言を聞き漏らさなかった。
ロッカーにいる奴曰く不気味鳥に警戒していた赤也も、無論その様子を見ていた俺もすぐに声のする方を振り返った。
『フクロウカフェに行った時も飼いたいと言っていたからな』
この問題発言をしたのはあろうことか柳だ。
発言者の柳は相変わらず涼しい顔をしているがみょうじなどこの世の終わりと言わんばかりにあからさまに顔色を変えている。
「ふぅーん?2人でフクロウカフェに行ったんだ?」
「行ったぞ。先週の日曜日だ」
「へぇ……」
不機嫌になった人物は他にも若干名。特に幸村の不機嫌具合は尋常じゃなかった。みょうじよ、俺にはどうにもならん、どうにかしろ。
「へぇ……」
ひええええええ!!
まさか精市くんがこんな不機嫌になるとは思ってもみなかった……!そんなにフクロウ好きだったのね知らなかったよ!
ていうか真田くんは『どうにかしろ』みたいな顔やめてよ!
「今度精市くんも一緒に行こうよ!」
「もちろんだよ。……それで?まさか1日フクロウカフェで過ごしたわけじゃないよね?」
「さ、さすがにそんなこと!蓮二とは朝から映画観てご飯食べてフクロウカフェ行って、それから本屋寄って帰ったから!」
「なまえの家で夕食をご馳走になった。なまえ、遅くなったがお母様によろしく伝えておいてくれ」
「うん、お母さん『また来るが良い』って言ってた」
「へぇ」
……体の左側の空気が5℃くらい下がった。思わず私は椅子をブンちゃんの方に寄せた。なんかブンちゃんもむっとした顔してる。精市くんの方がずっと怖いけどね。
「なまえ、お前……柳とやっぱり付き合ってんのか」
「付き合ってないよ」
「……」
「ブンちゃんに私がいかに信用されてないか思い知った」
「丸井先輩どうしちゃったんすか?」
「この前スイパラに行くの断られたからってずっと根に持ってるんだ……」
「うわ……心狭っ」
「聞こえてんぞジャッカル!赤也!」
「何じゃそんなことで怒ってるんか。俺なんてなまえちゃんに何回振られてるか。この前なんて柳生まで付けて映画に誘ったんに」
「あの時はごめんね柳生くん」
「いえ、いいんですよ。なまえさんにも色々と事情がおありでしょうし」
「俺には謝罪は?」
「お詫びにこの煮干しあげる」
「誠意がまるでないのう」
「いいじゃないか、仁王も丸井もなまえと同じクラスで」
精市くんの冷たい声で、煮干しを受け取った仁王やムスッとしていたブンちゃんが『やっちまった』という顔をする。
「俺なんてなまえと過ごす時間が少なくて寂しくて仕方ない」
「……精市くん」
「今までずっと同じクラスだったのに……」
私と精市くんは2年間同じクラスだった。
それが立海のテニス部との奇妙な縁の始まりでもあり…………ある意味で精市くんに縛られる日々の始まりでもある。
『クラス離れて内心ほっとしてる』とか言ったら殺されちゃうね。
「ねえ、なまえ。なまえの都合も分かる。でも俺はなまえのことが好きなんだ。だから、俺ともっと一緒の時間を過ごして欲しい。病気のこともある……」
「う、精市くん……」
精市くんの縋るような表情には本当に弱い。手まで握られたら反応にも困る。
「できればだけど……なまえには俺だけのことを思って俺だけを見て俺だけと過ごして俺だけを愛して欲しいんだ」
「うわああああああ」
「みょうじ何をする!?幸村の誠実?な告白なのだぞ!」
「俺たちを盾にしないでくださいよぉ!」
私は思わず精市くんの一瞬のスキをついて手をすり抜け赤也くんと真田くんを押し付けた。
「真田。今『誠実?』と疑問符をつけたね。どうして?」
「いや、それはだな」
「俺、知ってるよ。なまえがこの前丸井とのスイパラを断ったのはなまえが真田の家に遊びに行ったからだよね」
「なぜそれを!?」
「マジかよ……!」
「さあ白状するんだ。なまえと一体何をしたんだい?」
ブンちゃんは精市くんと組んで水を得た魚のように真田くんを追い詰めまくっている。ジャッカルくんが頑張って仲裁に入るものの既にどうにもならない。別に真田くんが従兄弟の子守に耐えかねるから手伝ってあげただけなのになぁ。給料はさっきの煮干し。
「愛してるから我儘になってしまう……ということですね」
「好きになるほど女々しくなるものだな」
「雁字搦めに縛りたいんすね」
「まあ俺の為にって言えないのが現実やのう」
「T.M.Rかぁ!」
モノポライズいい曲だけどね!こちとら堪ったもんじゃない。好きだと思ってもらえるのは嬉しい。でも精市くんのはちょっと恐ろしいもん。
「まあまあ、なまえさん。幸村くんはそれほど貴女を想ってるということですよ」
柳生くんが笑顔で私に話しかけてくる。柳生くんに想われるなら最高なんだけどなぁ。1年の頃から柳生くんへの憧れは色褪せない。
「わ……私は柳生くんに想われたいな……って。えへへへ」
「何を仰るのですか?
私はいつでも貴女をおも……」
「わーわーわーわー!!!」
柳生くんがこっそり私に耳打ちしようとしていたのを赤也くんが引き離す。
よくよく見ると赤也くんの目は赤くなってる。ちょっとヤバいぞ。
「俺だって、俺だって!なまえ先輩のこと……」
「ほう。私のことがどうかしたの?」
「なまえ先輩のこと……」
「うん」
「……いや、そんな改まって話聞かれると言いにくいっていうか」
「あれ、ダメなの?」
「いつもの話聞いてるようで聞いてない感を演出して欲しいっす」
「赤也くん私のことそんな風に思ってたの?」
「えっ、ちょっ!?先輩!?」
「このキュベレイを舐めてもらっては困る!」
「ぎゃあああああ!」
ちょっとイラっとしたのでロッカーからキュベレイをひっ捕まえて赤也くんの頭に乗せてやった。キュベレイに話を聞いてもらってればいいじゃない!
「これだから赤也はいかんのじゃ」
「全くですね」
「全くだわ」
「なまえちゃん……意味分かっとらんじゃろ」
仁王が白けた目を向けてくる。
「仁王が分かって私には分からないの本当に腹立つ」
「ツンデレななまえちゃんも好いとうよ」
「サブイボが……!」
「仁王くんも仁王くんですよ。日頃から軽々しく言っているからこうなってしまったんですから」
「自業自得か。ま、肝に銘じとくぜよ」
「柳生くんと会話して!羨ましいよ仁王!」
「はぁ。何でこんなんに……はぁ……」
「今めっちゃ失礼なこと思ったでしょ?え?」
仁王に「煮干し返せ!」と要求していると、パタンと大きな音が鳴ってみんな振り向く。割と静観を決め込んでいた蓮二が冷静に言う。
「さて、そろそろ練習を始めなければな」
……あれ、事の発端は蓮二じゃないかな?
しかし蓮二はかなーり涼しい顔をしている。
「そうだ!柳の言う通りだぞ!このようなくだらないことは切り上げて練習だ!」
「待って。話は終わってないよ。俺はなまえと遊びたいんだ」
「部長の執着心半端じゃないっすよ……」
ドン引きっす、という顔をしている赤也くんと、その頭の上のキュベレイが私の気持ちを代弁するようにキャァァァァと断末魔をあげている。
「なまえ」
「あ、うん。そうだなぁ……それなら、みんなで遊園地でも行こうよ。息抜きにでも!」
「全員か……」
「全員ね」
「やはり全員か」
「全員のう」
「全員ですか」
「やっぱ全員な……」
「全員っすか……」
「反応が予想外だ」
みんなで行った方が楽しいかなと思って提案したのに、精市くんを始めみんな残念そうだ。
けど、やっぱりみんな思い直したように笑う。
「そういうとこがなまえらしくて好きだよ」
そう言ってくれるテニス部のみんなが好き……とはなかなか恥ずかしくて言い出せないので私は仁王から取り上げた煮干しをみんなにあげた。
「つーかこの煮干しどうしたんだよ」
「真田くんに貰った」
「真田、裏で話がある」
「みょうじ!!!」
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