氷帝学園テニス部には新興宗教が幅を利かせるようになってしまった。
とある仏が手に独鈷や薬壺を持つように、手に小型爆弾でもあるシュールストレミングの缶を持った可愛い女神が主神である。でもろくでもない邪教だと思う。

「みょうじ教はすんなり受け入れられたなぁ。知っとる?」
「何を」
「俺たちが待ち受けにしてたみょうじ神の画像、必勝祈願のご利益があるゆーてサッカー部の奴らがみんな待ち受けにしてたで」
「情報ってこうして捻じ曲げられていくんだね」

氷帝のジャンヌダルクから男女の縁切り祈願の女神となっていた私はとうとう必勝の女神にまでなってしまった。
自分の知らないところで着々と私のありがたみが広がっていく。私としてはそれをありがたがっていいものやら。

「かくいう俺もなまえちゃんを待ち受けにしてるわけやけど」

忍足くんがちらつかせてきたスマホのロック画面には確かに私である。それは巷に流出している見返り画像ではなく、生徒会室の椅子に跡部くんになりきり座り踏ん反り返っているシーンだ。このアングル……斜め上からだと?

「言うとくけど俺やないで。ある筋からもろたわ」
「私のプライバシーが侵害されていく……」
「信仰心を順調に集めてる、ってことやな」
「新世界の神になっていくなぁ」

私は階段を降りていたところを立ち止まり忍足くんの周りをぐるっと一周した。
忍足くんは「一体何や?」という顔をしている。
天というか天井を仰いで、手を合わせる。

「忍足くんを清めたまえ、脚への執着を取り除きたまえ……煩悩を……煩悩を取り除きたまえ」
「儀式始めよった」
「ついでに私から今日の数学の補習を取り除きたまえ」
「自分が一番煩悩に塗れとるな」
「よしっ!儀式終わり!どう?脚への執着どっかいった?」
「あの子、なかなかの脚」

……特に効果はなさそうだ。
やっぱり人は神にはなれないみたいだ。つまらなくなったので脚を目で追う忍足くんに背を向けた。

「あ、なまえちゃん待ちーや。俺1人だとマネージャーに絡まれるや……」

ばしゃーん!!!!

勢いよく水が溢れて地面に叩きつけられる音がした。私の背中にも飛沫がかかったが、後ろにいた忍足くんはそれどころじゃなかった。

「お、忍足くん大丈夫……じゃないね」
「……ほんまに清められてしもたで」
「す、すげえ!みょうじ、アイツ本物だ」
「メシアだ」
「神の子かよ」
「これが洗礼ってやつか」
「うおお忍足くんマジで洒落になんないって!これマジで本当に神の子になっちゃう!」
「いや、俺の心配してな?」

忍足くんが衝撃で落ちたメガネを取って……って素顔レアだな。周りの女子は忍足くんをぼーっとした顔で見ている。なお男子は私を畏れの目で見ている。やめろ。

「きゃーっ!忍足せんぱぁい!」

もう聞きなれた甲高い声がして、階段をダッシュで降りてきたのはやっぱりマネキンちゃんだった。マネキンちゃんは慌てて申し訳なさそうに忍足くんに謝った。

「手が滑っちゃって!」
「どう滑ったら水を引っ掛けられるねん……まあなまえちゃんが被らなくてよかったわ」
「うん。良かった」
「薄情か」
「うそうそ。大丈夫?」

忍足くんに渡すタオルもないので取り敢えずちっちゃいハンカチを渡したところマネキンちゃんはチッと舌打ちした。怖!

「忍足せんぱぁい……ごめんなさい。アタシのタオル持ってくるから!」
「ああ、ええねん。後輩のタオル使うわけにはあかんし。なまえちゃん、すぐそこ保健室だからついてきてや」
「分かった」
「アタシも行きまぁす!」

保健委員だもん!というマネキンちゃんはプンスカ怒りながら私にぶつかって保健室に足を進める。水ひっかけたのは自分なのに何で逆ギレするのかな?
そんな疑問をこっそり忍足くんに言ったら「あの子なまえちゃんに掛けようとしたんやで」と言われたのでびっくりした。


「最近の宍戸や日吉のこともあってなまえちゃんを目の敵にしてるんや。気ィ付けて」
「うわぁ、ここで待ってたらまた鉢合わせしちゃうのか……嫌だなぁ。帰っても数学の補習だし……嫌だなぁ」

保健室に入るとちょうど保健医もおらず、何やら話し合いをしている保健委員が数名いるだけ。やっぱりずぶ濡れの忍足くんが気になるみたいだ。マネキンちゃんは替えの服とタオルを探して備品庫を見に行ってしまった。

「なまえちゃんの中でマネージャーと数学の補習はイコールで繋がってるんか」
「激戦の末に数学の補習に軍配があがる」
「あれより数学が嫌とは」
「あーあー。私の代わりにマネキンちゃんが藤田先生の補習を被ってくれたら上出来なのにな」


「見つけたぞ!!!!」


「ぎゃあああああ見つかったぁ!」

マネキンちゃんよりも聞き覚えのあるあの声に取り敢えず私は保健室の机の下に隠れた。

野太い声は、数学担当の藤田。
補習大好き藤田である。つま先から頭のてっぺんまでブルブル震えた。私にはこの声がマネキンちゃんより恐ろしい。

「やっと見つけたぞ!今日こそは連立方程式の文章題をさせてやる!覚悟しろ!」
「ひえええ連立方程式は跡部くんと頑張ったからできますもんタスケテ」
「補習なんてイヤぁー!何でそんな面倒なことしないといけないの?」
「分数の連立方程式も解けますから!分母の最小公倍数をかけて……あれ?」

ガラガラと保健室の扉が開いて入ってきたのは藤田先生とマネキンちゃんだった。藤田先生はマネキンちゃんを見て一喝。

「今日は補習だ!全く……一体に何にかまけてそう勉強が疎かになるんだ」
「……」
「ん?みょうじ、そんな所で何してるんだ。それに忍足、お前何でそんなにずぶ濡れなんだ」
「どうぞお構いなく」
「どうぞお構いなく」
「お前ら仲良いな。それより、みょうじ。ちょうど良かった。今日のお前の補習は無しだ」
「えっ、どうしてですか?」
「こっちの補習で忙しい。お前は跡部くんに見てもらえ」

この先生、すっかり跡部くんをアシスタントにしているぞ。

「じゃあアタシが跡部先輩のところに行く!」
「跡部くんに頼むのはみょうじに遠慮しないからだ。さ、お前は教室に戻って補習だ!」
「いーやー!!!!」

藤田先生はマネキンちゃんの持っていたタオルを忍足くんに渡すと、彼女を引きずって去っていく。

「なまえちゃん、本当に神なのかもしれんな」

冗談言わないでくれよという意味で忍足くんをどついておいた。



念願のテニス部のマネージャーになったのは良かった。他にいたマネージャー候補を裏で糸引いて蹴落としたのまではバッチリだった。なのに、入ってみてどう?
あのマジで頭いっちゃってる先輩に邪魔される。
アタシの方がずーっと可愛いのにみんなあの先輩とばっかりいるのよ?おかしいったらありゃしない。

「まだみょうじのやつ来てないみたいね」

レギュラー陣の部室にはみょうじはいなかった。レギュラー陣はみんなコートにいる。

あの女には、消えてもらう。

部室をめちゃくちゃに荒らして、あの女の所為にしちゃえばいい。
見てなさいみょうじなまえ!
レギュラー陣と仲良くできるのはアタシだけでいいの!

「まず手始めにロッカーの中から……」

……思わずロッカーを閉めた。
ロッカーには『宍戸』と書いてある。
宍戸先輩の、なんだよね?

もう一度ロッカーを開ける。

「な、何これ……」

ロッカー開けて正面がみょうじの写真ってどういうことよ。結構な大きさで引き延ばされてるし、そもそも写真のみょうじは自販機で何買おうか悩んでるみたいでまずこっちを向いてない。
盗撮……?宍戸先輩がそんなことするわけ!

アタシはロッカーを閉じて隣の芥川先輩のロッカーを開けた。
また正面にはみょうじがいる。

……全員のロッカーを開けるとみょうじの写真が貼ってあった。

「何よこれぇ……!」

もれなく全員が貼ってるみょうじの写真な目線が一つも合ってなかった。
跡部様のロッカーにはがっちり透明のボックスにこの前のシュールストレミングの缶詰が固定されて入ってて……『みょうじより』とか書いてあって。
あとそれ以上に、長太郎くんなんてロッカーのそこら中みょうじで、そして特大のアルバム5冊分のみょうじの写真が……!

「どうなってるの……?」

ロッカーから引きずり出してたくさん溢れたみょうじの写真やら、他にも部室の中にダンボール詰めでおかれていたみょうじのであろう私物の中で地べたに座り込む。
こんな……テニス部目当てで入ったのにのんなことになっちゃうなんて……。
テニス部に入り込む余地どころか、寧ろそんな余地を探してたのを後悔した。

「うわっ!……マネージャーさん?」
「ひっ!?」

部室に入ってきた長太郎くんに震える。
長太郎くんは部室の惨状を見て、険しい顔でアタシに言う。

「これ……マネージャーさんの仕業なの?
見ちゃったんだね」
「な、何よ!このたくさんの……!一体何なの!?」
「ああ、全部みょうじさんのだよ」

何の悪気もなく笑う長太郎くんにぞっとする。それから見てしまったアタシを咎めるかのようにまた険しい顔になる。

「さすがに、これはダメだよ。
俺たちみんな、君を許すことはできないよ」

アタシは心の底から、震えた…………。




「うおっ何これ!」

テニス部部室でポケモンをしようと思ったら、部室がすごいことになってた。そこら中に物が散乱していて、みんなが片付けをしていている……ってこれ私のじゃないか!

「なまえさん!」
「チョタくん、これ一体どうしたの?」
「なまえさんのおかげで俺助かりました!」
「はぁ」

一体何のことなの。
それよりこの散乱してる私の写真と所持品……まるでドラマのワンシーンみたいだよ。
ぶっちゃけストーカーみたいで冷や汗が。

「この大量のみょうじグッズ見てマネキン逃げたんだよ」
「俺様にマネージャーを辞める、って言ってな」

つまりはこういうことらしい。
マネキンちゃんは部室の中の私の写真と所持品を見て、『うわ氷帝テニス部ただのストーカー集団じゃん』ってなって逃げたと。

「まあ長太郎のロッカー見たら誰だってそう思うよな」
「ありがとうございます!」
「いや、褒めてないぜ」
「なまえちゃん神の力すげーC!」

みんなに賞賛されるが……こう、私の知らないところで主にマネキンちゃんの手によって神に仕立てあげられてしまって……しかもこうして写真がお守りとして出回るとか。いい迷惑だ。マネキンちゃんがマネージャーじゃなくなったのを機に収束すると良いんだけど。

「ところでみょうじ」
「跡部くんだけ片付けしないんだね」
「俺様はキングだぜ」
「あーはいはい」
「ここにある写真全部処分しろ」
「は?」

跡部くんが理不尽なこと言ってふんぞり返ってる。

「あとここにある私物は全部なまえさんの忘れ物ですからね」

日吉くんが私にいつ持ち込んだか忘れたカネゴン貯金箱を渡してくる。

「ま、みょうじがんばれよな」

宍戸くんが私の肩を叩く。
え、そんな理不尽なことある?
私が処分しなくちゃなんないの?え?


「さあ片付けろみょうじ」
「……ああ。マネキンちゃん戻ってきてくれないかな」
「やめろ!」

せめて私を神にしたのはマネキンちゃんなんだから写真処分してよ、と言いたい。
もうやめてしまったらしいから、どうしようもないね。

「一部は俺がもろてやるで」
「それはいい」


2016/09/18修正

のらりくらりとかわしていたはずなのにいつの間にか神へと謎の転身を遂げていました
自分でもなぜこうなったのか笑

織部様!
リクエストありがとうございました^ ^
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