テニス部に臨時女子マネージャーが入ったらしい。名前は……やはり覚えられなかったので適当にマネケンとニックネームをつけたところ、宍戸くんから「いつも美味しいワッフルを作ってくれるお店に失礼だろ」と来た。まさかそういうクレームが来るとは思ってなかった。仕方ないからマネキンと呼ぶことにした。

そのマネキンはそれはもう嫌な女らしい。
あの博愛主義チョタくんをして「苦手です」と言わせるレベルである。因みにチョタくんの苦手ですは日吉くんの「抹殺します」に当たる。具体的にはレギュラー陣にベタベタくっついて媚を売ったりするそうな。

……ふーん。ま、私には関係ないけどね!

「で、宍戸くん。最近はどうなの?」
「もう聞くなよ。あいつのキンキン声が頭に響く!あー!」

昼休みに売店に行く途中に宍戸くんに聞くと本当に疲れたような顔をした。一緒にいたがっくんとジローちゃんも疲れた顔をしている。
キンキン声か、気になる。

「アイツが夢にも出てくるんだ……」
「宍戸も〜?」
「俺もだぜ……」
「それって最早恋なんじゃ……」
「気味悪いこと言うんじゃねえ!悪夢だよ悪夢!」
「ほーそれで?」

私は一歩一歩、3人に近付く。

「どんな感じで夢に出るの??宍戸せんぱぁい?ジローせんぱぁい?がっくんせんぱぁい?」

爪先から頭のてっぺんまで震えた。分かりやすい。あのジローちゃんまでもが目を見開いてる。本気だ。

「宍戸せんぱぁい?」
「微妙に似てるからやめろ!」
「がっくんせんぱぁい?」
「うわああ!マジでみょうじ!悪ふざけはやめろ!」
「ジローせんぱぁい?」
「なまえちゃんでもそれはダメ!」
「私もう何もしてないよ」

3人が3人、何だって!?みたいな顔で私を見て、私の隣にやってきた女子に視線を移して……青ざめた。

「お、お前……」

あの宍戸くんが女の子相手に青ざめ怯えている。他の2人も大して変わらない、
多分この子がマネキンちゃんだろうけど、媚び売るどころの怯え様じゃないよ……何したんだ。

「一体どうしちゃったの?この先輩に何かされちゃったんですか?」

マネキンちゃんは私を非難する目で見た。マネキンちゃんは高めのツインテールの可愛らしい女の子だ。中学生にもなって高めのツインテールなんて肝が据わってる。

「べ、別にみょうじは何もしてねーよ」
「そう?ねーねーそんなことより」

マネキンちゃんのお尻で私は突き飛ばされた。マネキンちゃんは私の存在なんてなかったものとして、宍戸くんの腕に絡みつき胸をすり寄せアピールしている。

「ねぇ、あたし、昨日と違うの分かります?」
「は?」
「当ててみて?3人とも」



全 然 分 か ん ね ー よ!

つか何でよりによって俺に擦り寄るんだよ!

ジローと岳人は既にみょうじの後ろに逃げ込んでいた。薄情者!
そのみょうじの方はまるで珍獣を見るみたいにしてマネキン(みょうじがそう名付けて俺たちの間でもそれが定着した)を凝視している。
お前の方が珍しいから一々注目する必要はないぞ!

「ねえ、分かりません?」
「……みょうじ、お前分かるか?」

苦肉の策でみょうじに話を振ったが、あからさまに嫌な顔をされた。

「えー私初対面だよ?分かるわけないじゃん」

あのみょうじにマジレスされた。

とうとう逃げ場が無くなったところで、マジレスしたみょうじがやってきて近くでマネキンをしげしげと眺める。

「でも……」
「何よ!あんたに見せる顔なんてないわ!」
「ふぅむ、もしかしてだけど。
天ぷらかなんか食べた?」
「は?」

マネキンがイラついて反目する。
が、俺には何のことか分かった。ついでに変わった部分っつーのも分かった。

「めっちゃ唇テカってるよ。天ぷら食べたんじゃないの?」
「な……」
「確かにー!天ぷら食べたみたい!」
「ぷっ」


俺は堪えきれず吹き出した。マネキンはグロスを塗ってきてたんだ。それをみょうじの奴……!
周りで一部始終を見ていた奴らもおかしくて笑っているらしい。マネキンの顔が羞恥で赤くなる。

「あんたねぇ……!先輩だからって」
「いいじゃん。ぷるぷるでちゅーしたくなる唇になってるよ?私も帰ってナスの天ぷら食べたいなぁ〜」
「っっ!?信じらんない!貴方、先輩として最低よ!アタシもう戻る!」

くるりと振り返り逃げ出したマネキン。テニス部200人でただの1人も撃退できなかった女を撃退するなんて。

「あ、行っちゃった」
「お前、すげーな」
「何が?あーあ。何の天ぷら食べたか聞こうと思ったのにな」

残念そうな顔をしたみょうじがその時俺には頼もしく見えた。


「うちの女子マネを撃退したらしいな」
「撃退?何の話?」

帰りにばったり会った跡部くんと日吉くん、そして樺地くんと一緒に帰ってると、跡部くんがそんなことを言い出した。

「知らねーのか?」
「え、え?」
「今俺たちに何て呼ばれてると思います?氷帝のジャンヌダルクですよ」
「ウス」

何それ……めっちゃかっこいい……。
不名誉な二つ名ばかりの私には今年1番の朗報だよ。

「お前があの女を撃退した所を誰かが盗撮していたらしい。なぁ?樺地」
「ウス」

跡部くんが見せてきた画像はちょうど昨日の昼間のものだ。シーンは隣をすり抜けて突然走り出したマネキンちゃんにびっくりする私と、写真右端の所にツインテールとスカートの裾しか映ってないマネキンちゃんの残像。ズームで撮ってるみたいだ。

「鳳なんてこれを『なまえさんのご利益で退けるんだ……!』とか何とか言って待ち受けにしてるぞ」
「新興宗教じみとる」
「ま、半分本気、半分建前の五分ってところですね」
「何か言った?」
「いえ、何も」

チョタくんは、私が本気でジャンヌダルクに見えているのかな?
にしても救国の聖女か!かっこいい。
私にも神の声が聞こえたりするのかも……『なまえよ、氷帝を救うのです』的な。

「みなさぁ〜ん!」
「ん?この声は……」

話していた日吉くんが白目を剥いてちょっとびっくりした。跡部くんはため息を吐き、樺地くんはそんな跡部くんを心配そうに伺っていた。

「今から帰るんですかぁ?じゃあ一緒に帰りましょう跡部せんぱぁい!」
「ああ?俺はみょうじの世話で手一杯なんだ。これ以上手間を増やしてたまるか。他を当たれ」

しれっと暴言吐いたな跡部くん。

「何よ!跡部くんだって樺地くんに何でもかんでもさせとるじゃん!」
「確かに俺様の言い方が悪かったな。お前の世話じゃねぇ!介護だ介護!」
「何だってえええ!?」
「ちょっと。樺地が困ってます」

日吉くんに止められてやっと収まった。跡部くんは「分かったろ?この女には介護がいるんだよ」と言ったので更にカチンときた所を日吉くんに口を塞がれて止められた。

「んんんー!」
「またこの人……?」

私に鋭い視線を寄越して、次に向かうのは日吉くんの方。

「じゃあ若くん、一緒に帰ろ♪」
「お前みたいな鬱陶しい女と帰るつもりは毛程もない」
「ん、んんんんー(よ、容赦ねー)」
「ひ、ひどい……でも、アタシ……一人で帰るの不安だよぉ。最近変な人が出てるって噂だし……。変な缶詰を配る人がいるって」
「何だそいつは」
「最近報告が入ってる缶詰サンタだな」
「缶詰サンタって言われてるの?」
「知らねーのかみょうじ」
「ねえ、日吉くん……一緒に帰って欲しい、な……?」

マネキンちゃんは腰の辺りの裾を掴んで上目遣いで日吉くんを見ているようだ。
口を塞いでいた手の力が緩んだので、日吉くんを見ると、やばかった。

「ひ、日吉くん……!」

ますます白目を剥いてた。これは我慢の限界、相手を抹殺してやるのサインだ。ここは彼女にはお引き取り願わねば……!

「ねえねぇ!今日のところは諦めて!」
「あんたさっきから邪魔してきて……ほんと何なの?」
「ほら、日吉が貴女にコ・ロ・シ・テ・ヤ・ルのサインを送ってるよ!ブレーキランプ6回からアクセル全開で向かってくるから!」
「あんたバカなの?」
「極めて真剣だから!これあげるし、今日の所は取り敢えず引き取って!」

私はカバンから出したとっておきのブツを彼女に握らせた。ちょっとやそっとじゃ帰ってくれそうにないから、一番レアでお気に入りのを彼女にあげよう。

「……みょうじ。何で缶詰持ってるんだ?」
「何でって、最近缶詰はまってて気に入った人にあげたりしてるの」
「缶詰サンタの不審者はてめーか!」
「不審者とは失礼な!私はジャンヌよ!」
「本気にするな!」
「そうそう、それよりそれ一番お気に入りだからそれで許して。ここは貴女のためにも帰った方がいいよ。

それ、シュールストレミングっていうの」

マネキンちゃんはシュールストレミングを知っていたみたい。

「シ、シュールストレミングですってぇ……!」

アンタはどこまで私をコケにするつもりなの!と言って彼女はまた走ってどこかに行ってしまった。
あと、シュールストレミングの缶詰を地面に叩きつけて。一瞬ひやりとしたけど、ほんと、ここがアスファルトやコンクリートじゃなくて良かった。


「シュールストレミング、そんなに嫌だったのかな?せっかく留学先の友達に貰ったのにな」
「みょうじ」
「みょうじさん」
「みょうじ……さん……」
「どうしたの?」

呼ばれて振り返ると、3人はやたらとスッキリした顔だった。


「お前を俺様も待ち受けにするぜ。光栄に思えよ」
「……何だか本気で効く気がしてきた」
「俺も……して……おきます」
「はぁ……。
シュールストレミング、いる?」


シュールストレミングは日吉くんとの激闘のじゃんけんの末に跡部くんが貰っていった。

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