「かれこれ1時間はトイレに引きこもりっぱなしだね、なまえさん」
「トイレ長すぎるC〜!はっ!?もしかして……赤ちゃんとか?」
「隠し子かよ!」
「みょうじ!俺様をこんな所で待たせるとはどういう了見だ!あーん!?」

劇場の一角の化粧室前を陣取るのは、氷帝学園男子テニス部レギュラーだ。
その良くも悪くも目立つ集団は中に入って行ったなまえを待ち、既に30分が経過していた。その異様すぎる光景に、最早その化粧室に寄り付く女性は0である。中にいるのもなまえだけだろう。


「よりによって雌猫共のサンクチュアリに逃げ込むとは……!俺様の介入の妨害か?あいつにしては考えたな」
「考えるも何も小学生の女子が使う手だと思うぜ」
「ほら、なまえちゃん。ええ加減出てきた方がええで。跡部が女子トイレ前で待たされるなんて前代未聞やで。プライドも考えたってや」

忍足が化粧室に向かって言うと、やや遠くて聞こえ辛い声が、忍足の耳に入ってきた。

「跡部はすっこんでろやと」
「お前も何か言われてんだろ忍足!アイツはお前には辛辣だからな」
「忍足くん愛してる、やて」
「本当の所は何て言われたんだ、あーん?」
「忍足メガネぶっ壊すぞって聞こえたC」
「マジで常日頃みょうじに何してるの」
「そんなことよりもなまえさんどうしちゃったんだろう……」
「そんなこととか酷ない!?」

そもそも、コンクールに出場するなまえの応援が目的で来たのになぜ自分たちは化粧室の前で待たされているのか?それになまえはもうすぐ自分の出番が迫っている。何が原因でもたついているのだろうか?

「別に体調が悪い感じでも無かったですし」
「まさか、緊張してるとかな?」


基本的に好きなことは大舞台でも大声で好き!楽しい!と言えるなまえである。手塚や柳生相手なら緊張するが、ここはこの世で最も緊張しえない音楽の舞台。
緊張なんて想像がつかない。

「時間も残り少ない。お前ら!全力でアイツをここから引き摺り出すぞ!」
「でもどうするんだよ?アイツ女子トイレの中だぜ。まさか俺たちが入っていくわけにもいかねーしよ」
「……俺に任せて下さい」
「何か良い案あんのか?」
「まあ見ていてください……下克上だ」



日吉が前に進み出てきてサンクチュアリの前に立つ。日吉の行動をレギュラー陣はじっと見つめていた。

「なまえさん、出てきて下さい。なまえさんがそうだと俺だって心配になります」


女子トイレ内からガチャ……というドアノブが回された音がした。続けてドアの軋む音。


「そうか!日吉はいつもなまえちゃんに冷たいから……」
「唐突に与えられたデレに、更に名前呼びというさりげなくもみょうじにとっては大きなデレが上乗せされれば……!」
「日吉構いたい病のみょうじが出て来ざるをえないってことか!やるようになったじゃねーか、日吉」

……比較的常識人である宍戸は「何のバトル漫画だよ」とちょっと引いた目線で仲間たちを見ていた。そして、みょうじが可哀想でそのままトイレに篭ってろとも思ってしまった。
その思いが通じたのか、中からバタンと勢い良く扉が閉められる音がした。


「なん、だと……!?」
「デレヒヨが不発に終わったC!」
「くっ、俺が恥をかいただけ……!ていうか芥川さん何ですかそのデレヒヨって」


珍しく地に膝をつく程ダメージを負った日吉に代わって行動を起こしたのは鳳であった。
次は真っ正面(もちろん入り口手前)から直訴である。

「なまえさん!出てきてください!俺からの……本気のお願いです」

やはり一番はストレートな言葉だろう。
それにつられて、次々にあがる訴え。

「長太郎の言うとおりだぞ!そろそろ出番なんだ。早く出てこい!」
「なまえちゃーん!なまえちゃんがシングルマザーになっても俺たちできる限りのことするC!早く出ておいでよ!」
「そうだそうだ!クソクソなまえ!俺だって子育ての1つや2つできるって!」
「ウス……なまえさん……出てきて……下さい」

途中2人が的外れなことを言っていたが効果はあるようだ。デレヒヨ作戦時と同じように中から扉の開く音がする。


「なまえちゃん発表会でドレス着るんやろ?俺に見せにはよ出てきてや」

忍足が言葉を発したと同時だった。
ドアではなく、ヒュンと風を切る音と共に、ボールが飛んできた。そのボールの忍足のメガネを攫って一緒に壁にめり込んだ。

「ゴルフボール……だと……!?」
「いつ持ち込んだんだ」

バタンと扉の閉じる音。
なまえを連れ出すことはまたしても失敗した。まさか身内の妨害とは。

「忍足さん、何であんなこと言ったんですか……?」
「みんな正直な気持ち言うとったろ?せやから」
「消えて下さいよ」

鳳の目は、絶対零度よりもやばいと忍足はのち語った。



「仕方ねえ!奥の手を使うか」

メガネを喪失した忍足を慰める暇などなく、跡部が携帯を取り出した。

「みょうじに電話でも掛けるのか?無理だぜ。アイツケータイ置いてってるぞ」
「そんな事の分かっているに決まってるだろ
……警視総監にSATを寄越すように頼む」



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