キングこと跡部様が私ごとき平民を突然お呼び出しになり、なんか丘に連れ出した。

その時のセリフが
「おいみょうじ、付き合え」というオーソドックスがゆえに誘う人間のポテンシャルが試されるものだったんだが……なんか嫌な予感がした。

「どこに行くの?何かするの?」
「お前は俺の後ろをついて来るだけでいい」
「私はこの平等な参画社会に生きる女性だからそんな言葉は認めんぞ」
「参画社会なんて言葉知ってんのか」
「私の学力低いみたいな扱いやめてよ。数学だけなんだからね。
とにかく私は嫌な予感がするからついて行かない」
「そうか、残念だったな?」
「まだ何かあるの?私は何にもホイホイついて行くやつじゃないぞ」


そして冒頭に戻る。
跡部様にホイホイ釣られたのではない。
だって、だってハーゲンダッツは正義なんだもの……。


「うわ…」

丘の上に立つと東京に引っ越してから全然観ることがなかった星空が視界に入りきれないくらいいっぱいに広がっていた。

「跡部くんこれ観にきたの?」
「アーン?それ以外に何がある?」

観やすい所に行くぞと跡部くんは私の手を取って丘の真ん中へと引っ張っていく。
私から見てもかなりロマンチックではあるが、これは跡部ファンに殺されない為にも墓場まで持っていく秘密にしなければと思う。嫌な予感とはこのことだったか。


「跡部くんどれが星座か分かったりする?」
「ハッ、当然だ。俺様のインサイトを以ってすれば全ての星座を見通せる」
「マジで!?じゃあM78星雲どれ!?」
「星座じゃねーだろうが!」
「ひーかりのくーにからぼーくらのために」
「今日のお前は一段と話聞かない奴だな」

こうまでしないと突然のロマンチックな雰囲気に耐えられない。
それこそ忍耐力が無いんでね。

「おいみょうじ」
「ねえねえ、あれ夏の大三角形ってやつ?」
「そうだ」
「ふーん」
「……みょうじ」
「織姫と彦星いるんだよね。7月7日以外も会ってんじゃん。あとあれ蠍座のアンタレスだね」
「お前結構知ってんじゃねーの。それで、みょうじ」
「それでM78星雲どれ?」
「……お前さっきからわざとやってんのか?」

……やや気まずさのある甘めの雰囲気を紛らわそうとする私の意図は読まれたらしい。

「ハテー?何のことやら?」
「まあいい。お前がその気なら俺様も一方的に話してやる。
みょうじ、亜久津と肝試しして良い雰囲気になったらしいじゃねーの」

仕返しとばかりに跡部くんは私の話を無視しだした。その視線は心なしか怖い。
跡部くんの身長の方が高いこともありある種の位置エネルギーすら感じる。これもインサイトによる眼力なのだろうか?

「更には岳人と身長を合わせるって約束したな?」
「確かに押し切られてつい約束した」
「あと四天宝寺の生意気な2年といちゃついてやがった」
「財前くんツンデレなの。めっちゃ可愛いよね」

ガシ!と跡部くんかの手が私の顎を掴む。
ラブ展開……?そんなわけなかろう!
頬っぺた押し潰されそうなんだから!

「挙句の果てには柳と婚姻届を出す約束までしやがったな、アーン!?」

仰る通りで、が上手く発音できず間抜けで情けない言葉になって出てくる。

つーか何で知ってんの。

「こんな奇行女のどこがいいのか」
「むー!」
「お前だってそうだ、なんで俺様以外がいい?」
「む……?」

キラキラと明るく煌めく星空の下には似つかわしくない淋しそうな顔だ。
その顔を見られたと同時に顎を掴んでいた手を離して、跡部くんは私から離れて丘を下っていく。

あの表情と背中は追いかけなくちゃいけない気がして私は跡部くんの背中を追いかけた。

「自分から言い出したのに帰るの?」
「寄るな奇行種」
「なんでそんなに拗ねてんの?」
「別に拗ねてねえ」

淋しそうな表情から怒った顔付きになった跡部くんの様子を伺いながら考える。
つまり、原因は私にあると。

「うーん。あんまし構ってやれなくてごめんね」
「誰がお前になんか構ってもらって拗ねるんだよ」

やっぱり拗ねてんじゃん。

しかしそんなことは口に出してはいけない。このジャイアンの機嫌を損ねてしまう。

「忍足くんが跡部くんに構ってやらないと拗ねるって言ってた」
「あんな胡散臭ぇ忍足を信じるのか」
「忍足くんは知らんけど、柳くんも言ってたから」
「……てめーはまた柳か!」

どうしてか結局機嫌を損ねてしまったようだ。

「みょうじ、てめーはもっと俺様を頼れ!
俺様はお前を守る責任があるんだよ」
「ご、ごめんなさい」

跡部くんの剣幕に押されて私は謝ることしかできなかった。この無人島に流されてきて、こんなに跡部くんが私のことを考えてくれてたなんて。
なんて素敵なの!

「それにな。聞け。俺様は、みょうじ……」
「私跡部くんのこと見直したよ!好きになった!」
「!?」

この無人島という、映画のような舞台。
そして、満天の星を散りばめた夏の夜空の下!

「みょうじ!俺様の台詞を横取りなんざ」
「大長編補正のジャイアンみたいだね!かっこいい〜!」
「……」

私がベガやアルタイルにも負けない輝く眼差しを向けたにも関わらず跡部くんは冷たい視線を向けてやはり背を向けて去ろうとする。

「なんだよ跡部くん!」
「マジでこんな女の何処が良いのかわかんねー……」
「はぁ!?良い女でしょ!」
「うるせえ。勘違いすんな」
「痛っ」

跡部くんの細長い指でデコピンを食らう。
けれど一番面食らったのはデコピンじゃなかった。

「俺様もあいつらと同じなんだよ」

そう言った跡部くんは星空補正ゆえなのか何倍もかっこよかった。


2016/9/18修正

いやはやぐだりました…。 

BGM:NICO Touches the Walls 「夏の大三角形」



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