「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」
「エアコン欲しいなって思って」

家電量販店では珍しい女性の店員さんに声を掛けられた。私はにこやかに対応するが、カラスくんは我関せずという風だ。こいつ本当に買う気ないな。

「エアコンですね。どうぞこちらです……お二人で暮らしてらっしゃるんですか?」
「そうなんです」

彼氏じゃなくて誘拐犯ですけど。
心の中でそう付け加える。
店員さんから見れば私とカラスくんはただのカップルだろう。

「まずエアコンを買おうかなって思って。手が届くなら扇風機も買いたいなーって」
「最近は扇風機もお安く購入できますからね。性能が良いのはお値段が少し張りますが」
「家電は暗いんですよ。エアコンもオススメのをお願いします。できれば安く!」
「かしこまりました!」

店員さんは明るくて良い人だ。良かった。
彼女に案内されて来ると壁にズラリとエアコンが並んでいる。彼女曰く地域最大級の品揃えなのだとか。家電量販店なんて全然行かないから分からないのだけど品揃えが豊富なのは分かる。

「こちらは今当店がお安く売り出しておりますエアコンです。省エネ性能も高くて10年前のエアコンと比べて年間最大で40%近くの電気代を……」

店員さんが丁寧に説明してくれる中、カラスくんは上の空だ。
買う気がない、とは言っていたがどうせ目の前にしたら買う気になるだろうと思っていたのに。

「お連れ様のご希望は?」

つまらなそうにしているカラスくんに話を振る店員さん。
カラスくんは店員さんを見て、ようやく口を開いた。


「俺は買う気はないんじゃが……強いて言えばあんまり涼しくないやつ」

私と店員さんの間に沈黙とまたその正反対ともいうべき衝撃が走る。

「あんまり、涼しくないもの……ですか?」
「ちょっ、何考えてんのカラスくん!」
「カラ……?」
「あ、ちょ、お姉さんごめんなさい!ちょっと私とこの人との間に意見のズレがあるみたいなのでちょっと向こうで合わせてきます!すみません!」
「なまえちゃんどうしたんじゃ?気でも変わった?帰る?」
「うるさい!ガチャポンの前で事情聴取だ」
「任意?」
「強制に決まっとるがな!」




「で、カラスくんは何でそんなに頑なに冷房付けるの嫌がるの」

苦肉の策なのかあんまり涼しくない機種を要求したカラスくんを目の当たりにした。彼の崇拝する超理論を何とかしないと私はこの灼熱の夏をあのエアコンなしの修行部屋で過ごさなくてはならない。それだけは何としても回避せねばなるまい。

「……」
「白状せんかい!」
「……あったかくせんとコランダムにならんし」
「はぁ?」
「あったかくせんとコランダムにならんもん」

あたかかくしないとコランダムにならない?
……ああ、やっぱりそういう理由なのね。
人間をルビーやサファイアにする方法なんて分からないしカラスくん以外、知らないだろうけど、その中にあたためる工程があるみたいだ。
でも困ったな。カラスくんは私に優しいのは否定しない。寧ろうんうん頷けるくらい。でもこれに限っては許してくれない。

「あー。その、カラスくん、そのね、人間は……うーん。えーっと……」

人間は宝石になんてなれない、と言えない。
誘拐犯を気遣う私もどうなの。

「あーの、うん」
「何じゃ?」
「こ、コランダムってさ……ほら、冷やす工程も必要なんじゃないかなーってさ」

人間宝石の生産方法はこの世でカラスくんしか知らない魔法みたいなもの。その中に冷やす工程がそもそも無かったら終わりなのだけれども。コランダムは鉱石なのだからそれがあっても不思議じゃない。

頼む!当たってくれ!
じゃないと死ぬ!蒸されて死んじゃう!

黙り込むカラスくんに心の中で手を合わせる。


「確かに、ってなまえちゃん何を座りこんどるんじゃ」

あ、当たった……。

ついつい脱力して座り込んだ。今回の駆け引きは私の勝利だったようである。

「じゃあ、エアコン。エアコン買ってくれる?」
「買ってもいいぜよ」

水風呂で潜水したり、冷凍庫に顔を突っ込んだりした情けない昨日までの私、さらばーーー。

「ぐす……」
「な、なまえちゃん?」
「ごめん……嬉しくて」
「そんなにコランダムになるの嬉しい?」
「いや、それは違うかな」


それから、エアコンを即決してカラスくんは会計をしに行った。
私はカラスくんの横でぼーっとエアコンのコーナーを見ながら考えた。

「お支払いは……」
「カードで」
「ではサインをお願い致します」

カラスくん、自分の中に確固たる人間コランダム生産法を持っているようでいて、実はそうではないんじゃないだろうか。温めるとか言ったり、冷やすとか言ったり。ていうか人間コランダム生産法なんて、あるわけないんだし。
疑問は尽きない。疑問というより、もっと別。
カラスくんは私のことを何でも知ってるのに、私はカラスくんのこと何にも知らない。
カラスくんは、いつも自分のことになると話をはぐらかすんだ。

「これで」
「ありがとうございます」

こんなに近くにいるのに、名前すら知らない。

名前すら……名前?

「エアコン明日にはすぐ……どうしたんじゃ」
「サイン……サインしたよね?今!」
「おうサインしたぜよ」

カラスくんの名前、見ておけば良かった。
切実に欲したエアコンなんかより、カラスくんの名前の方がずっとずーっと気になっていた。



2015.11.26
もう外は寒いぞ!



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