6月に入った。じめじめした梅雨はもちろんやってきたが、テレビの予報の最高気温は目に見えて上がっているし、それを見る私はどんどんとテンションが下がっている。

「暑い」

この部屋には扇風機とかそんなんがない。つまり涼しさを呼び込むものがないのだ。カラスくんのここ数日の言い分を要約すると、どうやら私を誘拐するときに処分してしまったようだ。
地球温暖化が叫ばれる昨今、この部屋はセイロも同然だ。

「カラスくん暑い。扇風機買おうよ」
「やじゃ」
「何が『やじゃ』だよ!アンタの顔にも暑いって書いてあるわ」
「気のせいじゃ」

カラスくんが汗掻いてるようにも見えるのは気のせいかしらね?
ポストに入っていたチラシで仰いでも気休め程度にしかならない。せめて団扇でも欲しいもんだ。

「カラスくんエアコンと扇風機とか何で処分しちゃったんだよ……」
「必要ないけんのう」
「その時は必要なかったかもしれないけどね!今はいるでしょうが!」

団扇になりかわったチラシをテーブルの上に叩きつけて、フローリングの床に横たわる。
冷たさがじんわりと気持ちよかったのが生温くなっていくのが物悲しい。
すると、それを察したようにチラシがテーブルから落ちた。

爽やかなアイスブルーと白をベースに、赤と黄色で大きく『この夏の準備はできていますか?大特価セール!』という文字。
近くの家電量販店の広告だ。

「カラスくん、これ」
「んー?」
「今からエアコンと扇風機買いに行こうよ」

とチラシを渡すと、カラスくんは無表情でプリッと言った。だからどういう意味だ。

「ねぇ行こうよ!大特価セールだって!」
「やじゃ」
「またそれか」
「プリッ」

カラスくんの表情だけは涼しいけどそろそろ昼時になる。昼になればこの部屋も過ごせたものではなくなる……私なんてカラスくんがいない時に水風呂にダイブしたり最悪冷蔵庫に顔を突っ込んでいるんだぞ。
水風呂は手間がかかるし冷蔵庫は様にならないから、何としてでも購入せねば。

「カラスくん、家電量販店にはテレビがいっぱいだよ!一度にたくさんのチャンネルを独占できちゃうよ」
「別に1つで充分ぜよ」
「家電量販店にはマッサージチェアがいっぱいだよ〜」
「まだ20代ぜよ。なまえちゃん、誘い方下手くそじゃのう」

せせら笑うカラスくんにカチンと来て、私は咄嗟に口を開いた。

「家電量販店は冷房効いてるだろうなぁ〜!涼しいだろうなぁ!」





「お〜涼しいのう」
「結局暑かったんかい……」

家電量販店に入ると涼風が体を包む。湿気で呼吸ができていないように外では感じたけど、この中でならそんな風になることもない。

「じゃあカラスくん!エアコンと扇風機を見よう!」
「仕方ないのう、今回だけじゃぞ」

季節家電のフロアを確認してエスカレーターに乗る。カラスくんは私の一段下からついてきている。
誘拐された私が誘拐犯と外出するなんて変な話だが、私はカラスくん同伴の外出なら許されている。彼は私が逃げないと確信しているような素振りをするけど、逆に不安にも思っているみたいだ。不信じゃなくて、不安だからこそ少しだけ距離を取っている。

「予算はどれくらいならいい?」
「なまえちゃんやっぱり買う気か」
「買うに決まってるじゃない」
「その金誰が出すんじゃ」
「あれ?私を誘拐したのって誰だったっけ?」

と、言って私は辺りを見回した。幸い周囲に人はいない、って何で被害者の私がこんなことしてんの。でも助けを呼ぶ気になれないのも事実。これにはカラスくんといても危険を感じたことなんてないのと、私の生来のお節介に原因があるのだ。

「まあ多少は払うよ?私だって在宅ワーク始めたから稼ぎは……」
「雀の涙くらいじゃろ」
「うるさい!」
「まあ……俺は買う気ないけんのう」

なんでカラスくんは買うつもりないんだろう。
暑がりのくせに。
私は理由を考える……が多分どうせ超理論なのであれこれ詮索するのはやめた。

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