カラスくんが借りてきたDVDを確認すると、私の好きなバラエティーからSFとかアクション映画まで、本当に広く私のツボを押さえてある。当然、話した覚えはない。

「ありがとう。これ観たかったんだー」
「ええんじゃ。なまえちゃんも喜んでくれとるみたいだし」
「うん、折角だし一緒に観ようよ」

今日はカラスくんも仕事はお休みらしい。いつもはイヤイヤ言いながら出て行くくせに、今はゆったりソファに座っている。

「もちろんぜよ」
「うん、じゃあまずどれにしようかなー」
「あ、なまえちゃん。俺がどうしても観たい映画があるんじゃが」
「それでもいいよ。私はいつも時間はたっぷりあるし」

誘拐されて完全に無職ですからね。最近は流石に申し訳ないので在宅ワークを探してはいるけど。

「じゃあこれで」

カラスくんは私が持っていたDVDとは別に、自分の鞄からDVDを取り出した。


タイトルを読みたくない。
どこかで見かけたような青白い男の子が映っている。


「……もしかしてホラー映画?」
「もしかしなくてもホラー映画」
「あ゛あ゛あ゛あ゛」
「なまえちゃんのがホラーぜよ」

喉を潰したみたいな声が出てしまった。

これなら血と怪物で脅かすビックリ洋画の方が幾分かマシだ。「Oh Noooooo!!Jesus!!Jesus!」的な感じで自分以上に登場人物が叫んでくれるし。
それに比べて和製ホラーはどうだ?仄暗い静寂の深淵から何か得体のしれないものが手を伸ばし引き込もうとする。怖すぎである。


「やめよーよカラスくん!こんなの観ても仕方ないやん……!ほらこっち観ようよ!スターウォーズ!」
「May The Force Be With You」
「フォースで和製幽霊を倒せるというの!?」

やめさせようとカラスくんの腕を掴んだ。
未だ私に触られるのに慣れていないカラスくんは私が触ると一瞬動きを止める。
カラスくんはまたほんのり頬を赤くして明らかに動揺していた。


「さあ、お姉さんにそのDVDを渡しなさい」
「なまえちゃんと一緒に観たいんじゃ」
「渡しなさい」
「はぁ〜……」
「ため息はいいから渡しなさい」
「なまえちゃんと観たかったぜよ」
「くっ!?」

触られると恥ずかしがって固まる、ワガママは極力言わず嫌われるのを避けようとするカラスくんにしては珍しい。
ある意味で誘拐が最大のワガママかもしれないけど世話焼きで甘やかしがちの私には効果覿面だった。


「わかった。観ようじゃないの」

手を離すとカラスくんは安心したようだった。しかも私が観ると言ったことに嬉しそうだ。ちょっと可愛いと思ってしまったじゃないか。

「ただし!」
「何じゃ?」
「お前も道連れだ!」





『あ゛あ゛あ゛あ゛』
「ひいいいい怖い怖い怖い」
「……」

階段を這いずり降りてくる女の姿に失神しそうになるものの、意外にも道連れに左腕を抱き込んでほとんどカラスくんに抱きついている状態になっているせいなのか安心感で恐怖を中和することができている。

が、その当のカラスくんは本当に失神しつつあった。

もしかしたら抱きついた相手が頼りなくて、かえって責任感が湧いてるせいであんまり怖くないのかもしれない

「ほら、カラスくんしっかりして」
「なまえちゃんとこんなにくっついてしまうなんて、俺、これから死ぬぜよ……」
「私を呪い扱いしないでよ」

カラスくんにはこの前のポーカーの時に随分と訂正したはず。
もはや私はカラスくんにとっては画面の向こうの悪意と怨念の塊よりも恐ろしい存在なのかもしれない。……怨念よりも私はカラスくん曰く酸化アルミニウムの塊らしいのだけど。

「いい加減慣れてよね。これからも一緒にいるんでしょ?」

ほとんど白目を剥いていたカラスくんが私をちらりと見た。

「……それって、ここにずっといてくれるってこと?」
「はぁ?何を今更。私がコランダムになるまで待つんでしょ?」
「……なまえちゃん」

実は……というか、やっぱりというか、あんまり私の目を見ることができないカラスくんが私の目をじっと見つめる。

『キャアアアアアア!』
「ヒッ!?」


カラスくんにドキッとしていたところを画面の女性が悲鳴で更に大きい動悸に塗り替えてきた。
びっくーん!!!!ってなって、思わずカラスくんの胸に飛びついてしまった。
やっぱり『しっかりせねば』とは思えど中身は伴わないもんだね。

カラスくんの胸に顔を埋めてから5分くらいたった時だろうか?
テレビ画面からエンディングらしき音楽が聞こえた。
そして、段々と早く大きく脈打つ……カラスくんの鼓動。

「カラスくん、終わった?」
「……」
「おーいカラスくん?」
「……」


宣言通り、
私はカラスくんを映画の道連れにしたようだ。
彼は私との密着に耐えられなくなったのか、やはり遥かに真逆で顔を赤くして呆然としていた。

パッケージに掲載された映画の登場人物の驚きの白さとは真逆なので思わず吹き出してしまった。



「カラスくんにとって私ってやっぱり怨霊なのかもしれないね」
「……なまえちゃんはコランダムぜよ」


このカラスくんのいつものセリフは、何とか自分を取り戻した朝に発せられた弁である。



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