「俺の勝ちじゃ」
カラスくんの出した手札は
ハートの7、ダイヤの7、スペードの7、クラブ7、ハートの4。
つまりフォアカードである。
対してこちらの手札は
ハートの1、ダイヤの2、ハートの3、クラブの4、ダイヤの5。
ストレートである。
「うそ!また負けた……」
たまたま暇だったときにトランプを見つけた私は大学時代にはまっていたポーカーをしようとカラスくんにけしかけた。
この抜け目ありの誘拐犯はぶっちゃけ弱いかもと思っていたけどそんなことはなかった。寧ろ真逆でこの男、めちゃくちゃ強い。負ける度に追い詰められている私を見てちょっと悦に入っている。
賭けた賭けたうなぎパイを笑顔で懐に持っていった。
「カラスくんいくらなんでも強すぎでしょ」
「ポーカーなんて勘と度胸ぜよ」
「勘と度胸なら今頃勝ててる!10戦のうち1勝くらいはしとるわ!」
「じゃあなまえちゃんの勘と度胸が足りないんじゃの」
勘も度胸も足りてるわよ。
度胸なんてほら、誘拐犯の元に居座り続けてるくらい据わってるし、勘は……勘は。
勘……。
「………」
「ん、どうしたんじゃなまえちゃん?」
「……もう1回しよ」
「ええよ」
勘だけど、この人……イカサマしてる?
最初は素早く華麗にカードを切ってるのを見て感心していたのは確かなんだけど、あんなに手慣れている……まるでマジシャンみたいだ。
マジシャンみたいに人を欺く手があればイカサマなんて簡単じゃないだろうか?
彼の1つ1つの行動を用心深く注視しなければ。
「カード、なまえちゃんが切る?」
「どうして?」
「俺がイカサマしてるって思ってるんじゃろ?」
「!?いや、そんなことは、いやまあ……」
「なまえちゃんの考えとることなんてお見通しじゃ。確かに俺はイカサマしとる」
あっさりとイカサマを認めた。
バレなきゃ不正とは言わないみたいな素知らぬ顔してカラスくんがトランプの山を渡してくる。
「さ、なまえちゃんが切って配ればイカサマされる可能性も低くなる」
「いい!カラスくんが配って!」
思わず声が荒くなる。ぜーったいイカサマを暴いてやる!
私は手元のうなぎパイの袋を乱暴に開けて噛り付いた。カラスくんが呆れたようにあー……と声を漏らした。
「それチップじゃ……」
「あっ」
うなぎパイが一枚無くなってしまったので、その代わりに1枚煎餅を置いて始める。
カラスくんが堂々と「イカサマしてます」宣言をしたので逆にここで負けたら恥ずかしい。
テレビのマジックのタネを暴こうとするようにやや乗り出してカラスくんを注視する。
「いくぜよ」
カードを切り始めたけど全然問題はない、ように見える。考えてみればイカサマと一口で言ったってどんなことするのか、意気込んだもののさっぱり分かんない。
細い指がカードをシャッフルする。
ただそれだけの単純でいて華麗な作業だ。
マジシャンというのはカードのシャッフルだけ人を魅了し引き込むものだ。
そういう点では、マジシャンと宝石とは似ているのかもしれない。輝きだけで、人を魅了する……。
「はい、終わり」
「あああ!」
「何じゃ、見てなかった?」
「考え事してた……」
「やっぱりイカサマ師には向いてないのう」
「今イカサマした?」
「さあ?」
愉快そうな声が更に焦燥を煽る。
負けたくない気持ちが前のめりすると私の体も更に前のめりになった。
「なまえちゃんちょっと近い」
「いいから早く配る!」
カラスくんは苦笑するとカードを配りだした。
1、2……。
裏の装飾面がカラスくんと私の前に低く積まれて、赤が一面、万華鏡やアラベスクの様に広がっていく。
3、4
ほんの一瞬の間を捉えたと同時に
私は思わずがっちりカラスくんの手を掴んだ。
「今一番下のカード配った!」
普通積み上げたカードの上から配っていくはずなのに、ちょうど4枚目、カラスくんは自分の手札を下から配ったのだ。
「ねっ!今下から配ったでしょ!」
「ちょ、なまえちゃん……」
カラスくんの声が震えていた。
驚いて顔を上げると、カラスくんは真っ青な顔をしている。普通女の子に触られたら真っ赤な顔をするんじゃないんですか?それもまさかイカサマとか?
「ど、どうしたの……?私に触られるのそんなに嫌だった?」
カラスくんの手を離して両手を挙げ敵意はないと意思表示すれどもカラスくんは真っ青な顔をして震えている。
「消える!」
「な、何が?」
「なまえちゃんが!」
「はっ!?」
「それか俺が死ぬんじゃ……」
せめてなまえちゃんをコランダムにして死にたかったとにわかに早すぎる遺言を残してがっくり項垂れた。これはどうやら演技というわけじゃなさそう。掴んだ瞬間折角配っていた最中のトランプも全部デーブルの上に散らばってしまっていた。
「何なのその超理論……いや、超理論は今に始まったわけじゃないか」
「なまえちゃんと接触したらなまえちゃんが消えるか俺が死ぬもん」
「私のこと本当に人間扱いしてないよね」
「一つ屋根の下同じ空気吸っとるのも不思議でならん」
そういえば一回も私に触ったことなかったね。
彼の中で私は随分と高尚すぎる存在になっているらしい。
人間じゃないと思ってるなら比較的温かい所に置いておけばコランダムになるという超理論も彼の中ではある程度論拠を持つようになるのかね。
「大丈夫だって。私消えたりしないし、カラスくんだって多分死なないし」
「ほんと?」
「ほんとほんと。試しに触ってみたら」
「嫌じゃ」
「何で?」
「既に消滅が始まっとって触れられんかったら嫌じゃ。なまえちゃんが消えてコランダムにならんかったらそれこそ自殺ぜよ」
カラスくんの目が不安で揺らめいている。この人が私に信頼を向ける時、不信を向ける時……背反した2つだけれど、その時の瞳はどちらも子どものそれなのだ。
帰りを待っててくれる?と、そんな小さいことを聞く瞬間ですらも。
「でもその口ぶり、本当は触りたいんだ?」
「そりゃあ触りたいに決まっとる」
「いいよ。触って。あー!もうそんなに渋るなら私が触りに行くからいい!」
恐る恐る出てきたカラスくんの掌の上に自分の掌を重ねる。
「なまえちゃん、イカサマしとらんよな?」
「当たり前でしょ。消えたり現れたりとかイカサマというか魔法じゃん」
「……」
「カラスくん?」
「いかんなまえちゃんやっぱ俺死ぬかも」
真っ青な顔から一変。
片手は口元しか隠してないし隠れてない耳は真っ赤にしちゃって。私より先に自分がルビーになっちゃってどうするのよ。
「手を放して欲しいんじゃが」
「あははは。離してやーんない。私に触るだけでこんなにビビってるのによく私を攫ったりできたよね」
「その一回は、イカサマじゃ」
「イカサマ?」
「なまえちゃんを攫ったのが神様にバレないようにイカサマしたんじゃ。なまえちゃんを俺から取り上げるのも、俺にバチを当てるのも神様くらいしかおらんじゃろ」
世間一般の神様なんて信じていなさそうな彼が盲信する神様は誰なのだろう?
「じゃあ騙された私もバチ当てていい?」
「なまえちゃんから?」
重ねていた手を放してそう言うと、
カラスくんがまた不安そうな目をした。
「さっきカード配る時、上から配るように見せかけて自分の手札は山札の下から配ってたでしょ。私を騙した罰。はいそのうなぎパイ全部私の」
カラスくんは、はいはい軽い軽いと言わんばかりに私にチップ代わりのうなぎパイとお煎餅1枚を渡す。その態度にイラっとしたからまたうなぎパイをわざとらしくバリバリを音を立てて食べながら威圧する。
「それだけで良かったぜよ」
「?」
カラスくんは、重ねた右手をじっと見つめて呟いたが、やがて散らばったカードを集め始めた。
2016/9/18修正
この話が私の1話の最長記録となった模様
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