「柳くんに数学教えてもらったから怒ってるんでしょ?」
「……」

跡部くんが綺麗なお顔を歪めた。あっこれヤバいかもしれない。また跡部くんの逆鱗に触れたかもしれないと思って身構える。

「その顔は間違ってるってことですか……」
「……寧ろ合ってる」
「絶対嘘だ!」

でも私にはそれくらいしか思いつかないし、あの柳くんだってそう言っていたからそうなんだとしか思えない。ここは日吉くんとの一件を考慮すると正直に話すしかないぞ!

「私はそれくらいしか思いつかないんだ」

跡部くんは本当に悔しそうな表情をする。こんな表情の跡部くん、私はそう見たことない。いつも『俺様は勝者だ!ハーッハッハッ!(BGM:タンホイザー序曲)』って、まさしく勝ち誇りそのものみたいな顔してるのに。

「……ああ、くそっ!俺様に100点どころか120点くらいの返答を寄越しやがって……」
「全然合ってる感じに見えない……っていうかその20点の加算はどこからきたの?」
「俺様に変な自覚を促したことへの20点だ」
「ふーん……」
「『何の自覚?』とか聞くんじゃねーぞ」
「くっ、予防線かっ!」

自分でも何で何でとか聞くのは子どもっぽいと反省してますがまさか予防線を貼られるとは思ってなかった。気になるからここは言い方を変えてやる。

「ヒントでいいから教えてー」
「ヒント教えたところで考えるのか?」
「キャパシティーが許す限り」
「自爆宣言はやめろ」
「俺にはこの生き方しかできない」
「……」
「自爆って振られたから渾身のモノマネ披露したのに」
「どうせ分かりにくい奴のモノマネなんだろ」
「ヒイロは有名人だぞ!」

どうせは無いだろどうせは!私は抗議して跡部くんから目をそらして外を見た。
綺麗な夕日というよりムスッとした私の顔だけが見える。何というブサイク。跡部くんの顔は映ってない。

「何でお前なんか……」

声が聞こえた。
続きはなかった。
声音は呆れているというわけじゃない、もっと別の感情が混ざっていた気がする……と同時に観覧車が揺れた気がした。

あれ?観覧車?

「あばばばばば!まだ観覧車の中だったああ!」
「気付かなかったのか?」
「忘れてただけだから!」
「いや、観覧車じゃねえ」
「観覧車じゃないの?」

自分がちょっと嫌になる。
どうやったら跡部くんの気持ちに気付いてあげられるんだろう?

「それよりさっきの続きだが俺にも整理がついてない」
「ふむ……」
「その時になったら言う。全部洗いざらいな」
「ヒント」
「まだ言うかテメーは」
「ヒント!ネクストアトベズヒーンッ!」
「何でこんな女に……」
「今こんな女って聞こえたよ?ん?ヒントを出す気はあるのかね?」
「チッ、生意気言っても許しちまうじゃねーの」

だからこそ気付く為にもヒントをですね!いつもの数学といい、跡部くんはちゃんとヒントをくれる。なんだかんだ私には甘いと思う。

「今握ってやってるこの手の意味をよく考えろ」

私の眼前にひょいと繋いだ手を見せてくる。ヒントが実物だとは思いもよらなかった。

「手?」
「ああ」
「うーん……」

跡部くんが繋いでくれている手。
私の不安はこれで今和らいでいる状態だ。

「どうだ?」

どうだって……これ感覚を聞かれてるの?

「ちょっとドキドキするかな」
「ほう」

跡部くんと手、跡部くんと手。うーん。
考えてると観覧車が不安定に少し揺れた。私は外を見た。下降中で地面が近くに見えているとはいえ、それでも揺れてる。

「観覧車が揺れてるせいだね」
「不正解に決まってんだろ、アホか」
「ぎゃっ!何をするだーっ!」
「悪い手が滑った。観覧車が揺れてるせいだな」
「その割にはおでこのど真ん中を狙い撃ちしたね!」

観覧車が揺れてるせいではないってことが身を持ってよーく分かったぞ。跡部くんも私にデコピン食らわして心なしかスッキリしているようだ。

「さっきはすっごい不機嫌そうな顔したのに」
「ヒントはくれてやったぞ。せいぜい悩め」
「もう悩みたくないんだけど……仕方ないな。あっ!やっと観覧車終わる!地上〜!恋しかったよ!」

地上はすぐそこだ。地上で待っているみんながこっちに手を振っている。パリに行く前に傷一つ作らず生還できて良かった。

「おい」
「何?」

お疲れ様でーす、と係員さんがドアを開けたのが分かる。でも、振り向いたが最後だった。私の目の前の跡部くんは『絶対帰してやらない』という、そうだ、これはハンターのような……あと私の補習大好き藤田先生みたいな顔をしていた。

「もう一回だ」
「死んでも嫌」
「係員!もう一周だ」
「うわああああああ!」

ホラー映画ばりに背後に引っ張られてドアが無情にも閉じた。


2016/9/18修正
先日日本一高い観覧車の初運営日に、インタビューに答えているカップルがいました。
「頂上でプロポーズしました」「プロポーズ受けました」というカップルを見て、あっこれ某特別な気分に近しいものを感じる……末永く爆発どうぞと思いました。

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