「柳くんに数学教えてもらったから怒ってるんでしょ?」
「……」

違う。いや、違うわけじゃねえ。みょうじが何と言おうが許してやるつもりだった。

「その顔は間違ってるってことですか……」
「……寧ろ合ってる」
「絶対嘘だ!」

柳に数学を教える役目を奪われたから気に食わなかったわけじゃない。答えが分かると、みょうじが白石と同じ香りをさせてたのが腹立たしかったのも合点がいく。今頃気付いた俺も俺だがもっとヤバいのはみょうじだ。

「私はそれくらいしか思いつかないんだ」

気付いてねえ。それと俺様は思いついちまった。どうしてくれるんだ。

「……ああ、くそっ!この俺様に100点どころか120点くらいの返答を寄越しやがって……」
「全然合ってる感じに見えない……っていうかその20点の加算はどこからきたの?」
「俺様に変な自覚を促したことへの20点だ」
「ふーん……」
「『何の自覚?』とか聞くんじゃねーぞ」
「くっ、予防線かっ!」

ならば!と大声を出して唸り始める。他の逃げ道でも探しているんだろう。もう観覧車に乗ってることを忘れ始めている。そんなみょうじのことだから、観覧車の終わりかけの数分なんかで、俺の本心を話したところですぐに忘れてしまうだろう。

「ヒントでいいから教えてー」
「ヒント教えたところで考えるのか?」
「キャパシティーが許す限り」
「自爆宣言はやめろ」
「俺にはこの生き方しかできない」
「……」
「自爆って振られたから渾身のモノマネ披露したのに」
「どうせ分かりにくい奴のモノマネなんだろ」
「ヒイロは有名人だぞ!」

腹を立てて俺から顔をそらしみょうじは外を見ている。みょうじを後ろ姿を見ながら、口を開いた。
俺を一切見なくても手だけ繋いでるのが笑える。

「何でお前なんか……」

好きになっちまったんだろうな。

透明な言葉は宙を舞うだけだった。

危なっかしいから見てられないとか、みょうじの奔放さに惹かれたとか、色々思いつく理由はあるがそのどれか一つというわけでもない。
それと、コイツが俺様に対して好意を抱いているかと言われたらそれはノーだ。残念なことに自信もある。そんなんだから言葉にするのも憚られる。

「あばばばばば!まだ観覧車の中だったああ!」
「気付かなかったのか?」
「忘れてただけだから!」
「いや、観覧車じゃねえ」
「観覧車じゃないの?」

今は気付かなくてもいい。
だが、二人きりのこの観覧車が何周すればこいつは俺の気持ちに気付くんだ?

「それよりさっきの続きだが俺にも整理がついてない」
「ふむ……」
「その時になったら言う。全部洗いざらいな」
「ヒント」
「まだ言うかテメーは」
「ヒント!ネクストアトベズヒーンッ!」
「何でこんな女に……」
「今こんな女って聞こえたよ?ん?ヒントを出す気はあるのかね?」
「チッ、生意気言っても許しちまうじゃねーの」

みょうじと繋いでいる手を目前に持ってきてやる。恥ずかしがりもしないみょうじを見てると望みは薄い気がするが、ここはみょうじを焚き付ける意味でもヒントくらいなら教えてやってもいいか。

「今握ってやってるこの手の意味をよく考えろ」
「手?」
「ああ」
「うーん……」
「どうだ?」
「ちょっとドキドキするかな」
「ほう」

みょうじは繋いだ手と俺の顔を交互に見る。そこまでは良かった。案外コイツでも気付くものなのかと期待した……が、繋いだ手と俺に視線を移す反復運動の中に、外の景色にも目を向けるとかいう動作が入ってきた辺りで大分陰りが見えだした。

「観覧車が揺れてるせいだね」
「不正解に決まってんだろ、アホか」
「ぎゃっ!何をするだーっ!」
「悪い手が滑った。観覧車が揺れてるせいだな」
「その割にはおでこのど真ん中を狙い撃ちしたね!」

これ以上みょうじに心惑わされてたまるかと、一発デコピンしてやったら少しスッキリした。観覧車が少し揺れた気がしたが、みょうじを驚かすほどでもなかったようだ。相変わらずイマイチ分からねー奴。

「さっきはすっごい不機嫌そうな顔したのに」
「ヒントはくれてやったぞ。せいぜい悩め」
「もう悩みたくないんだけど……仕方ないな。あっ!やっと観覧車終わる!地上〜!恋しかったよ!」

みょうじの手があっという間に離れた。薄情な奴、俺が知ってる中で最も落ち着きがなくて自由な手だ。
だが俺はどうにかしてみょうじの手を掴んで離さずにいなければならない。

「おい」
「何?」

ガチャガチャと扉が開く。係員が扉を開けて降りるように促してくる。このまま容易にみょうじを外野のいる地上に放ってたまるか。あと十数分くらい俺様の為の時間を寄越してもらおうじゃねーの。

「もう一回だ」
「死んでも嫌」
「係員!もう一周だ」
「うわああああああ!」

みょうじの手をもう一度引っ掴むと、みょうじが暴れたせいでゴンドラが大きく揺れた。



2016/9/18修正
途中まではできてて跡部様視点にするか夢主視点にするかに悩み両方ともという形に。
このタイミングは俺、ここは俺様かな?と使い分けたら変な感じに……。

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