「なまえさんは宍戸さんと同じクラスなんですね!」

音楽室に入るなりチョタくんに言われた。君、宍戸くんと知り合いだったんかい。

「チョタくん、宍戸くんと知り合いなの?」
「そうですよ。ずっと話してたじゃないですか!部活の先輩の宍戸さんを尊敬してるって」

チョタくんは去年のオーストリアへ短期留学で仲良くなった後輩である。向こうのちょっとしたサロンで弾いていたジョン・フィールドの夜想曲はチョタくんの優美さや雅が出た素敵な演奏だったのを覚えている。

そんなチョタくんはあの活発純情ボーイとお友達なのか。

あー……チョタくんが言ってたシシドサンって宍戸くんのことだったのか。なんかいっつもシシドサン……改めて宍戸くんのこと話すとき恋する乙女みたいな喋りだよなあ。

「なまえさん、聞いてますか?」
「うん、聞いてる聞いてる。なんだ、宍戸くんはチョタくんの彼氏だったんだね」
「?何か少し違う気がするんですけど……」
「彼氏で先輩っていうことは、宍戸くんもテニス部なのか」
「はい、芥川さんも同じクラスですよね?芥川さんもですよ」
「えっ、ジローくんあんなに寝てるのに?帰宅部の同胞だとばかり思ってたよ」
「2人ともレギュラーなんですよ」
「それを言うならチョタくんもでしょ?すごいじゃん」
「えへへ……なまえさんに褒められると照れちゃいますね」

チョタくん……君は夜道に気をつけた方がいいぞ。可愛すぎるぜ。

「あっ、そうだ!本題を忘れるところでした」
「ん?」

チョタくんが持っていた鞄から冊子を取り出した。
表紙に書いてある名前が目に飛び込んでくる。

「おぉ!サティじゃないか」
「今日はなまえさんと連弾したくて。練習してきました!」
「なるほどね」

タイトルは
『Le belle excentrique』。
日本語で『風変わりな美女』という意味だ。オーストリア短期留学で仲良くなったウィーンの音楽学校のお姉さんが、私がサティを好きなのを聞いて連弾に誘ってきたのだ。

あの時のやり取りは忘れないぜ。

『風変わりな美女……貴女にぴったりだわ』
『びっ、美女だなんてそんな!うふふふふ!』
『そっちじゃないわよ!風変わりっていうのが』
『えっ』
『サティとも合うわね』
『えっ、ちょっと……』

「サロンで聴いたこの曲、素敵でした!さすがに音楽院の人ほど上手くはないですけど……僕と弾いてくれませんか?」
「そんなことないよ!チョタくんと連弾かぁ。ぜひお願い致したい」
「ありがとうございます!」

そわそわしているチョタくんの隣に座る。
譜面自体はもう頭に入っているけど久々にパラパラと楽譜を捲ってみる。

「懐かしいなあ。本当にワクワクしちゃうんだよね、この曲」
「なまえさんにぴったりです」
「ほんと?」
「風変わりな、って所が」
「あれ?なんかデジャヴ?」
「なんや、鳳の彼女は風変わりな人なんやな?」
「風変わりじゃないし!ってんんん!?」

背中をねっとりと撫でられたような感覚に陥った。
えらく色っぽい声の主はグランドピアノ越しからこっちを見ていた。

「お、忍足さんいつの間に……!」
「さっき入ってきたんや。彼女との逢瀬を邪魔して悪かったなぁ」
「なまえさんはまだ彼女じゃないですっ」

チョタくんの全力否定に心が折れそうになった。
いや、まあ事実なんだけどさ……。

「まだ、なぁ……。で、さっきからなまえさん呼ばれてる嬢ちゃんはみょうじなまえちゃんいうんかな?」

うわぁ、その声で名前呼ぶのやめてくれ。
ゾクゾクじゃなくてゾワゾワする。

「何で知ってるの?てかこの変態誰、チョタくん」
「えらい辛辣やな」
「初対面でも変態って分かってしまうんですね。あ、この人は部活の先輩の忍足さんです」
「鳳……俺先輩やで。どーも忍足侑士いいます。よろしゅう」
「どーもみょうじなまえいいます……。それでお兄さん、何で私のこと知ってるの?」

忍足くんは私の方に近付いてきて、更には顔を近付けてきた。
思わずチョタくんの方に身体が傾いた。
顔近付ける必要ないだろ!

「なまえちゃん、跡部に随分気に入られてるみたいやな」
「あとべ……?」
「え?跡部さんとも知り合いなんですか!?」
「らしいで」
「え……ごめん。跡部って誰よ」

知らなかったので至極当然の返事をしたら、忍足くんはびっくりしたような顔になった。

「自分それ本気で言うとるん?」

困惑してるのはこちらじゃい。
助けを求めてチョタくんを見ると、苦笑いをしていた。

「なまえさんらしいですね」


2014.08.27修正

サティの『風変わりな美女』が私の中で主人公のイメージを張っています。


フランスをオーストリアに修正しました。
キャラブックにばっちしオーストリアとあったので…。


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