絶叫アトラクションは長蛇の列で、たった数分のためにみんなが30分近く並んでいる状況だ。数十分待って数分、数十分待って数分のサイクル……待っている間にチュロスやドーナツポップコーンを食べていくつか乗ったらあっという間にお昼になった。
そして、お昼を食べてまたチュロスを食べたら真田くんに怒られた。食べ過ぎって、自分だって結構大きくて高そうなステーキにがっついてたくせに。あと今度のチュロスはチョコ味だぞ!

「ジェットコースターはあんなに短いのになー真田くんの説教は何であんなに長いんだろね」
「たった5分で解放されたのだからまだいい。赤也ならあと55分延長だ」
「今度切原くんに何かおごろ」
「同情か?」
「柳くんも同情をありがと」

柳くんからソフトクリームを貰った。バニラとチョコのミックスをチョイスしてくれてるところが、柳くんちゃんと分かってる。
日陰のベンチに座ってソフトクリームを上からぱくりと食べると冷たさが身にしみる。

「これは余談だがかつてアインシュタインは相対性理論のことを聞かれて女子とのデートとの関係性について話したことがあるそうだぞ」
「相対性理論がそもそもどういうのか知らないんですけど」
「みょうじに理解できれば現代の物理学はもっと進歩しているはずだ」
「さすがに傷付くよ!」
「熱いストーブの上に手を乗せると1分が1時間のように感じられるが、気になる異性といるときは1時間が1分のように感じられる」
「さっきの私だ」
「といってもこれは本来は一種のジョークで相対性理論とは関係がない」
「えー何それ完全に余談じゃん」
「だからはじめに断った」

頭が良い人はこれだから……まあ知的イケメンが好きなのは否定しないけどこう食わされると素直にタイプですって言いにくくなるじゃん。

「それにしても幸村くんと真田くんは遅いなあー。何してるんだろう?はっ!私に説教したことで今度は真田くんが幸村くんにお叱りを……うん」
「『ざまあみろ』と思っている確率90%」
「さすがにそこまで性格悪くないよ!ちょっと!ほんのちょっとだけだよ!」
「程度の問題ではない」

柳くんに応戦しようとしたところで彼のスマホが鳴った。『どうした精市』と答えている。幸村くんはここにいないのに応酬の流れをぶった切ってしまった。柳くんは一通り話してから、私を見た。説教はどうやら終わったらしい。

「話は終わったそうだ。今から2人のもとに向かおう」
「2人ともどこにいるの?」
「観覧車の近くらしい」
「遠っ!」

この休憩所から結構距離があるところに行ってしまったらしい。何でわざわざ観覧車のところまで……あー観覧車の中で説教してたなら真田くんにますます同情する。
行くぞ、と柳くんに言われて立ち上がる。ソフトクリームはまだ完食しきってないから持ったままだ。


「そういえば聞きたいことがある」
「何?」
「なぜ突然パリへ行く気になった?」

コーヒーカップを過ぎた辺り、観覧車が少し大きく見えるようになってきたところで柳くんがそんなことを聞いてきた。データ収集ですかね?でもそんなのデータ収集しなくても柳くんなら分かりきってるんじゃ?

「そんなの音楽の勉強したいからだよ」
「そういうことではなく、留学を渋っていたお前をその気にさせたのは誰なんだ?」

そう聞かれてぽんと思い浮かんだのはやっぱり手塚くんだった。最近条件反射みたいに手塚くんのこと思い出してる気がするなぁ。

「手塚くん。ていうか留学渋ってたこと何で知ってんの……」

おい何で私の質問には答えないんだ!まぁデータ収集だって分かってるけどさ!柳くんの表情はほとんど読めないから何考えてるか分からない。

「手塚がみょうじの後押しをしたのか」
「手塚くんには感謝してもしきれないよ」
「手塚が羨ましいな」
「何で?」
「俺はみょうじなまえを尤も理解する者でいたいからだ」

……何それ。
ってうわあああびっくりしてソフトクリーム落としちゃったああああ!

「ソフトクリーム……ソフトクリーム……アスファルトさん私のソフトクリームおいしい?ううう……」
「落ち込まなくていい。また買ってやる」

柳くんは自らが購入したソフトクリームが地面に返上されたのを目撃しても優しかった。冷静に考えたら親子みたいだな……。

「そんなにびっくりしたか?」
「だって告白みたいなんだもん」

正直に話すと柳くんは微かに笑った。

「そう取るならそう取っても構わないぞ」
「えっえっえっ!?嘘!?」
「冗談さ。ただお前を理解すればこの世に理解できないものなど何一つ無い気がするだけだ」
「私は全宇宙の真理だったのか」
「そこまで大袈裟な話ではないぞ」

柳くんは私をからかって遊ぶのが好きだな……跡部くんのときもそうだったような気が。未だ仲直りしていない跡部くんのことが頭に浮かんだ。

「実際こうしてみょうじと話して跡部の心情を理解できた」

あっすごい跡部くんのこと考えたら跡部くんの話になった。やっぱり私は宇宙の真理なんじゃないかな?

「跡部くんの気持ち?」
「そういえばお前は跡部と仲直りできたのか?」
「それ今聞く?」
「今聞かずにいつ聞く。まさか絶叫マシンに乗ったまま聞くわけにもいかないだろう」
「タイミングを逃したままパリに行こうとしてます」
「それは容易に推測できた」
「じゃあ聞かないでよ……」
「それで跡部が怒っている理由は結局何だと思うんだ?」
「そりゃあ数学を柳くんに教わったから……だと思うけどそんなに怒るようなこと?そこから何で怒るのかな……」
「そこから先は考えなくてもいい。怒らせた原因はこの俺に数学を教わったからだ」
 
柳くんがぽんと答えを提示してくれた。それでも理解の追いつかない私が宇宙の真理とかやっぱり有り得ないな、うん。

「分かりやすく言えば嫉妬だ」
「やきもち焼いたの?跡部くんが?」

私が頭をフル回転させて考えても分からなかった答えは柳くんの手で更にたった漢字2字にまとめられてしまった。
嫉妬。ジェラシー。なるほど。

「私に数学教えるのって跡部くんの生き甲斐になってたってことなのか……」
「……そうだな」

柳くんは私の答えに納得……してくれたのかこれ?まあ肯定してくれてるから大丈夫だとは思うけど。

「しかし、結局みょうじの見方通りになってしまった」
「見方通り?」
「言っていただろう、跡部やみょうじよりこの柳蓮二が先に折れると。その通りになった」
「(該当する記憶がありません)」
「忘れたのか」
「……」
「お前たちの喧嘩は俺にも原因があるという罪悪感が足を引っ張って本当にこうなってしまった」
「……」
「忘れたんだな」

忘れた忘れたって何だよ!ちょっと記憶がないだけだよ!忘れたことを無言で責られながら歩いていたらもう観覧車の下に着いてしまった。幸村くんたちは見当たらない。

「それで跡部には何と言うつもりだ?」
「私の数学の先生は跡部くんだけだよ!って言うつもり」
「……」
「でも跡部くんにもう電話口で謝るしかないかな……」
「それも良い案だが俺ならより良い代替案が出せる」
「ほんと?さすが参謀だね!」
「直接対面して謝る、だ」

……は?
待て待て何言ってるか分からないぞ。

「でももう会う時間なんてないし」
「実現不可能な提案をする参謀はそう多くないと思うが?」
「いや今の柳くんがそれだよ!」
「おーいなまえちゃん」
「今忍足くんに構ってる暇はないの!……って忍足?あれ?え?」

私の目の前の柳くんが『計画通り』とか言いたげに笑っている。私はどうやら柳くんの思いやりという名の計略に嵌ってしまったらしい。

「チッ……やっぱりみょうじかよ」

最後に聞いた跡部くんのセリフが更新された。



2016/9/18修正

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