「ボートもなかなか良いものだな」
「楽しかった?」
「ああ、楽しかったぞ」
「ほとんど無表情だったのに!?」
「狭かったせいだ」

こんな他愛もない話をし続けているのにジェットコースターに並ぶ列はいっこうに前進する気配なし。夏休み最後を楽しむ家族連れの多さに遊園地はパンクしたりしないのか。

「そのみょうじは精市とのボートは楽しめたか?」
「……楽しかったよ」

柳くんが『精市』を強めて言ったのは気のせいじゃないですね?持ち前の頭脳なら容易に会話の内容を推測できたはずなんだから助けてくれれば良かったのに。あ、わざとか。

「ね、そういえばジェットコースターのペア決めようよ!ジャンケン!」
「そうだね、もう決めてしまおうか」
「それじゃあ行くよ!うらおもてーで文句なしっ」
「待て!さっきと違うぞ!しかも何だその分け方は!?」
「郷に入っては郷に従えって言うじゃん」
「みょうじ、ここは熊本ではなく東京だ」
「オッケーオッケー。それじゃあグッとパーで分かれましょ!」
「アヒルボートの時に思ったがそれも少し違う!」
「二人とも我が強くていけないね」
「それはお前もだぞ精市」

結局真田くんの納得するご当地グッパーでペアになった。案の定私だけが知らないご当地ものだった。そして、ジェットコースターに一緒に乗ることになったのは真田くんだ。たった今相性の悪さが露呈したばかりなのに……これは神からの試練か。

「みょうじか……」
「嬉しそうじゃないね。薄情だなー」
「睨まれる俺の気持ちにもなってみろ」
「グッパージャスは初めて聞いたな……ジャスってジャスティスのこと?うーん」
「話を聞け!あとジャスには諸説あるぞ!」

真田くんの腹の底から出る大声にみんながこっちを振り向く。突然のジャスにみんなびっくりしたに違いない。他人の振りしたいけど逃れられない。ちゃんと真田くんの話は聞いておこう。

「それと幸村。お前がみょうじと乗ればいい。代わるぞ」
「いや。みんなに悪いから良いよ」
「良いよって顔してないね」
「このくらいまだ序の口だ」

柳くんは涼しい顔をしている。真田くんはさっき構わず大声出したくせに次は周囲を気にしている。
真田くんの視線の先を追いかけていると、そろそろ順番が回ってきそうになった。定員と自分の前にいる人を数えると、ラッキー!最前列に乗れるじゃん!

「真田くん真田くん!絶対最前列だからね!」
「分かった分かった」
「あと落ちるときは絶対ハンズアップだよ!」
「ハンズアップだと!?このような乗り物に乗るときは安全バーをしっかり持つのが鉄則だ」

あ、やべっ。火をつけちまった。真田くんの隣にいた柳くんに助けを求めると素知らぬ顔でスルーされた。

「真田くんめんどい……」
「真田は生真面目なんだ。許してあげてね」
「大体そうやってみょうじを甘やかすからいけないのだ!それよりみょうじ!お前のそのような安全意識の低さが……」
「真田」

ぽん、と真田くんの肩に幸村くんの手が置かれた瞬間、真田くんは急に黙り込んでしまった。あの手からは人類を自分に同調させるテレパシー的なものが出ているに違いない。


「やっと乗れるー!」
「わーい一番前だぁーい!」
「うわー緊張する!」
「早く早く!パパ!」
「真田くん早くしないと遊園地の外周3周だよ!」
「慌てるな!」
「見事に周りの子どもたちに溶け込んでいるな」
「そういうところも可愛いよね」

フリーパスを認証してもらって私は一番乗りできたのであった。真田くんが来る前に安全バーも上から降ろしてばっちり。

「みょうじ、慌てすぎだ」
「急いだだけだもん」
「変わらないだろう!」

真田くんは呆れ返っている。そんなお父さんみたいな言動はやめて、まだ中学生なんだし真田くんはもっと童心に返るということを知りたまえよ。

「荷物も預けずに乗って安全バーまで降ろすとは。慎重居士を心がけろ」
「言いがかりはやめてよね!バッグならちゃんと預けたもんね」
「帽子を被ったままだぞ」
「あああああああ!」
「全く……」

真田くんは私の頭に乗っかっていた忘れ物を取ると、荷物置き場に置いてくれた。優しい。

「ありがとう真田くん……いやかたじけないでござる真田殿!」
「何故言い直した」
「真田くんの雰囲気に飲まれてつい。それより早く早く!」
「懲りるという言葉を知らんのか……」

真田くんは私の隣に座るとキュリリリィン!と何かを感じ取ったのかしきりに背後を気にしている。

「背後からプレッシャーが……!」
「プレッシャー?」

背後を見ると幸村くんが笑っていた。確かにプレッシャーを感じる。柳くんは私達の様子を見てかなり愉快そうだ。あなたはいつも傍観者で、人を弄ぶだけの人ではないですか!くうう!

「これは幸村だけのものではない!」
「それただジェットコースターにビビってるだけじゃないの?」

「それでは発車しまーす」

ビビっている様子の武士を横に連れてジェットコースターはゆっくりと登っていく。本当はジェットコースターが怖いのに最前列に付き合ってもらって申し訳ない。

「真田くん、手でも握っててあげよっか?」
「余計な気を遣うな!俺は男だぞ。男子たるもの女子に頼るなどあってはならん。己の覚悟と度胸で切り抜けなければならんのだ」

同じ人間なのに男子って大変なんだなあ。

「それとみょうじは俺がジェットコースターを恐れていると勘違いしてないか?俺はあくまで……」
「じゃあ真田くんの度胸試しでハンズアップイェー!」
「なっ!?」

真田くんの腕を掴んで万歳体勢をとる。真田くんはびっくりしつつも、つられたらしくて自分でもう片方の腕を上げた。

「放さんか!先程も言っただろう! このような乗り物に乗るときは安全バーをしっかり持つのが鉄則だ !」

安全バーに執着する真面目な真田くんが手を降ろそうとしている。内心悪いことしてるなと思うけど折角私の隣に選ばれたのだから真田くんにはこのまま私とスリルに付き合ってもらいますよ。

「お前のここぞという時に出るこの馬鹿力は何だ!?」
「怖がらないで。
こうしてれば死ぬときは一緒だよ」

ガタン

私と真田くんは強烈なGと風をハンズアップで受け止めたのだった。

「弦一郎、顔が真っ青だぞ。ジェットコースターは苦手だったか……」
「いいなあ真田。俺もなまえちゃんのプロポーズ受けたかったよ」
「あれのどこが求婚なのだ!?」
「真田くんでもプロポーズとかそういうのわかるんだね」
「みょうじはそこになおれ!」

ジェットコースターは5分でもあっという間なのに真田くんの説教は5分でも死ぬほど長く感じた……。



2016/9/18修正

遊園地ではしゃぎすぎて真田に怒られたい。


※先日年甲斐もなくUSJではしゃいで鼻血出しました(本当)
いやーフレディはかっこいい。
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