おばあちゃんの家から帰ってきてからも練習は続いて、合宿から早1週間だ。毎日家に缶詰で楽譜や鍵盤とにらめっこをしたりする。
そんでもって息抜きに一階に降りると、ソファに見慣れた人が座っている。最早このヤンキーは家族の一員になっとる。

「お前が黙って練習するなんて珍しいな。頭でもイカれたんじゃねーか」
「私はいつも真面目に練習してますよーだ」

冷蔵庫を漁ってると、あっくんが持ってきたであろうちょっとリッチなケーキの箱が入っていた。

「ああ、お前はもう頭イカれてるんだった」
「ハァーイ冷蔵庫のモンブランは私のお腹に消えます」
「ふざけんな!あれは俺が買ったやつだ!……テメーにはショートケーキがある」

ショートケーキ買ってきてくれたのか……相変わらずケーキみたいに甘いヤンキーだな。
ていうかいつも思うけどあっくんがケーキ屋にいるところを想像するだけで笑っちゃうよ。

「おい、食うなら俺の分も持ってこい」
「ちっ、いつも勝手に上がりこんでるくせに」
「合鍵渡されてるんだから合法だろ」

あっくんがお母さんから貰った合鍵をちらつかせる。お母さんはあっくんのことがお気に入りだ。『強い子に会えて』的なこと言ってたもんな。そりゃあお父さんがあんなにヘタレてたらあっくんみたいな子がお気に入りにもなるわ。

「はいあっくんモンブラン」
「……何でモンブランに苺乗ってんだ」
「別にモンブランに苺乗っててもモンブランはモンブランじゃん」
「ふざけんな!マロングラッセあってのモンブランなんだよ!」
「うるさいなぁ!たかがモンブランで」

まああっくんがキレたところでマロングラッセは既に胃の中に消えてしまってるんですよ。私もあっくんの良心に免じて苺を交換したのだよ、寧ろ感謝して欲しいくらいだ。

「……」
「どうした、食えよ」
「すごい粗末……」
「てめーが苺を俺にやるからだ」
「あっくんいらないみたいな感じだったじゃん!ちょうだいよ!」
「しぶしぶマロングラッセと交換してやってるんだ」

……と思ったのにすぐに後悔した。苺の乗ってないショートケーキなんて味気なさすぎる。例えればきりがない……四次元ポケットのないドラえもんとかツッコミの冴えない謙也くんとか。足なんて飾りですとは言うものの装飾はやっぱり大事だよ、ジオンの整備兵さん。

「そういえば、お前。フランス行くって言ってたな」
「ああ、うん」
「9月からだったか?」
「そうだよ」
「お前のオトモダチには言ったのか」
「そんなの心配してくれるの?まあ、言ったけど。何人かは……」

脳裏にふとよぎるのは、手塚くんのことだった。
私はまだ手塚くんに言い出せずにいる。心の中では決めているし、私の手元には手塚くんに連絡する術があるけど……。

「何悩んでるみたいな顔してんだ。返ってバカに見えるぞ」
「ねぇ、あっくんは大事なことを人に言えない時ってある?私には言える?」
「は?」

あっくんがコーラに手をつける……って私のじゃんそれ!
私が取り返そうとすると、あっくんはコーラを一気に飲みやがった。

「テメーやっぱり言えてねぇじゃねーか」
「コーラ返せよ!」
「話聞いてやってるんだ、これくらい寄越しやがれ」
「モンブランあるじゃん」
「これは俺が買ってきたやつだ!
それで、テメーの言ってる大事なことって別れ話だろ?」
「別れ話……いやまあそうっすね」
「んなもん言うのに時間なんて掛からねーよ。それに何で俺には言えて他の奴には言えない?」
「それは……あっくんには地球の反対側に行っても会える気がする」
「俺もそうだ。テメーは地球の裏側で無一文になって一人で放り出しても絶対俺に会いに来るからな」
「そこ『絶対会いに行く』とかじゃないの?ねぇ?」

私が会いに来ると確信しているあっくんは余裕綽々でコーラ(盗品)を味わっている。そんなこと言ってたら会う順番を10番目くらいにしてやる。絶対真っ先に会いに行ったりしないからな!

「で、地球の裏側でも会いに来ちまうような奴が何を不安に思う必要がある?」
「……だってここでお別れ言ったら一生会えない気がする」

あっくんがコーラを噴き出す暴挙に出た。
そんな新喜劇みたいなことするあっくん始めて見たから逆に冷静になっちゃった……とりあえず背中さすってあげよう。

「なまえが、マジで思ってんのか……?」
「失礼な!思ってるよ!昔もあったし!一人だけいた」

あの時は全員に黙って上京して行ったけど、あの時どうしても言えないと思ってしまった人がいた。桔平だ。あの時は杏ちゃんが泣いちゃって結局は後悔することになった。その時、桔平にだけはどうしても知られたくなかったんだ。 


一生会えない気がする。手塚くんに。


「……ソイツに惚れてんのか?」
「は?」
「惚れてやがるのか?」
「そんなん恐れ多いわ!確かにかっこいいし私のタイプだけど!」

手塚くんは私の背中を押してくれた恩人だから、手塚くんには感謝してる。それに、自分には手の届かないくらい先を行ってて、できれば追いかけられたらなって思ってるし。これは憧れだ。純粋で!まっすぐな憧れ!

「下心にそんな都合のいい理由つけやがって……そんなことは彼氏ぐらい作ってから言え」
「下心じゃないから!これは純粋なまごころ!真ん中に心がある愛なの!」
「テメーの気持ちなんか察せるか」
「だったら下心とかそういうこと言うな!でも…」
「あ?」
「あっくんとも言い争うのもこれでしばらくないかな……」

合宿から帰ってきてすぐ決まったのは私のパリ留学だった。今度のコンクールが終わって、日本でもう少し過ごしたら9月からパリに出発することにしたのだ。
コンクールのファイナルは1週間後。それから、また1週間準備とかして、すぐに出発することになる。

「……」
「……」

あり?どうしたんだろ、あっくん。突然黙り込んじゃって。
あっくんはじーっと苺を見つめて、はぁとため息をついた。

「お前は思い立ったら即行動だからな、仕方ねぇ」
「えっ、別れを惜しんでくれるの?」
「……モンブラン、土産にしろ」

あっくんは私の貧相なショートケーキの上に苺を乗っけてくれた。優しい。勿体なくて結局もらった苺も避けて食べちゃいそうだ。でも…。

「でもさ、モンブランってどうやって持って帰ればいいの?あっくん知ってる?」
「……」
「……」
「……返せ」
「……ダメ」
「苺は渡さねぇ!」
「私への餞なんでしょおお!」

結局力の差であっくんに苺を持ってかれた。
あっくん!あっくんのフェンスを捻じ曲げるくらいの力で私を締め上げるのはやめて!

 
2016/9/18修正

本編だと久々の登場
タイトルが適当?そんなことない!
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