「俺はみょうじさんの…」

少しの沈黙の後に、手塚くんが話し始めた。懐中電灯は下を向いていて、あんまり表情は伺いしれないけども。

「音楽に対する純真無垢な姿勢が好きだ」
「う、うわああああ!純真無垢だから、なんて初めて言われたよ!」
「からかっているわけじゃない。褒めているんだ」
「ううん、つい嬉しくて変な声が。ありがとう」

手塚くんのような人に褒められると、素直に嬉しい。それはきっと、手塚くんが私にはないものを持ってるからだ。幸村くんと近いのかもしれない。

「ただ、ひとつ言うなら虚栄心と競争心や向上心を混同してはいけない」
「混同しちゃいけない?」
「確かに虚栄心で純粋さを曇らせることがあってはいけない。それと競争心を一緒にすることもまたと同じ行為だ」

手塚くんの言ってることはちょっと難しい。もともと頭で考えるのは苦手だし、自分でも感覚が占める部分が多すぎて、でも……。

「そっか……確かに自分でもそういうとこある」
「それと君は難しいことを考えるのには向かないように思う」
「(あっなんかちょっとバカにされてるかも)」
「みょうじさんが音楽を楽しみたい、誰かを楽しませたいという願いのどちらも根は同じだ。だから……あまり悩まずに君の好きなことをすればいい」

私の中にすんなりと手塚くんの言葉が入ってくる。そして、それはキラキラと輝いていて雷に撃たれたような強い衝撃とふわふわとした柔らかな感覚が同居する。こんな不思議な気持ちは昔一度体感したことがあった。

「みょうじさんが俺や幸村のような存在に憧れているのも分かる。しかし、君がそうなる必要なんてない……みょうじさんは今のままがいい」
「それでいいのかな?」
「ああ、俺は今のままのみょうじさんが好きだ」

『え』とか、『あっ』、とか変な声が出る。
これ以上手塚くんのこと見れないや。
目を逸らして、下を向くと石ころがあちこち転がっている。そう、私は石ころなんだ落ち着け……その心は感動でみちみちているとはいえ私は石ころ……絶対表には出さない。うう……涙が出てきた。

「私は道端の石ころ……ぐすっ」
「みょうじさん……!?」
「ごめん手塚くん私道端の石ころになりきれなかったあああ!」
「道端の石ころ?何の事だ?」

突然泣き出した私にも手塚くんは本当に優しくて、持っていたタオルを貸してくれる。手塚くんに色々とお世話になりすぎている。

「出過ぎた真似をしたかもしれない」
「違うの……本当に嬉しくて。ありがとう手塚くん」
「いや……君の力になれたらいいのだが」
「うん、ほんとにありがとう」

手塚くんはそれ以上は何も聞かないで、先に進もうと言って私の手を取った。ぎゅっと握ると手塚くんも握り返してくれた。

「みょうじさんの手はピアニストらしい手だな」

手塚くんの優しさにまた泣きそうになってしまうのを抑える。頑張れ自分。

「道端の石ころ……ぐすっ、私は道端の石ころ」
「みょうじさんのその呪文は一体……」
「道端の、ひっく、気にしないで」
「そうか」


私が道端の石ころ呪文を数回唱えたところで、やっと茂みから神社へ続く道へと出た。この道なら私も知っている道だ。でも辺りを見回せど誰もいない。肝試しのはずなのに、通りかかる人もいない。神社に行ったらいるのかな。

「ここまっすぐ行ったら神社ころ」
「みょうじさん、クセになっているぞ」
「えっ、うそっ」

いかんこんなところで弊害が……。ちゃんと語尾を戻そう。道を辿りながらタオルで涙を拭う。気を取り直して、手塚くんにさっき越前くん達に話した神社の話をする。

「ねぇ、手塚くん。この先の神社って、心が通じ合ってる人と願い事をしたらその人たちの願いを1回だけ必ず叶えてくれるんだって言われてるんだよ。試しにお願いごとしようよ」
「縁結びのようなものか?」
「うーん、縁結びかは分かんないや。この山の神様みたいだよ。おばあちゃんは『1回しか叶えてくれないならそんな大層な神様じゃない』って言ってた」
「ならその1回を大事に使わないといけないな」
「あっ」
「どうしたんだ?」
「昔、お願いしてた……」

昔、お願いしたんだった。
兄貴は『クリスマスに新しいゲーム』。一方の私は『クリスマスに新しい食洗機』をお願いしてしまったんだった。しまったぁー!そんなのお願いしなくても勝手にお母さんが新しいのを買うのに。実際買ってた。あの頃の私の健気さが今は憎らしいチクショー!

「叶うとは限らないんだろう?もう一度やってみるのもいいんじゃないのか?」
「うん……その年のクリスマスに食洗機が来たし兄貴の手元にはゲームも届いてた……」
「やってみる価値はあると思うぞ。クリスマスプレゼントは専門外かもしれない……恐らくだが……」

再び手塚くんの優しさを噛みしめていると、古びた神社が見えてきた。蝋燭の火がぼうっと光ってて少し不気味だ。そして、何より誰もいない。

「誰もいないね」
「不二がいると聞いていたんだがな」
「不二くん?おーい不二くん!いるの?」

呼びかけても返事がない。もしかしたら、こっちを驚かせようとしているだけなのかもしれない。不二くんの攻撃は容赦なさそうだ。

「そういえば、蝋燭は越前くんが持ってたんだった」
「俺が持っている」
「越前くんたちとか、手塚くんのチームは大丈夫だったのかな?」
「ここに立っている蝋燭の中には越前の名前もある……切原と向日は分からないな」

「あの二人は大丈夫だよ」

ガサガサと茂みから出てきたのは不二くんだった。
不二くんは白装束に頭に幽霊が付けている三角の布をつけてて……なんか古典的だな。

「越前たちと一緒にここまで来てね。いやあ大変だったんだ……多分あの4人に暫く恐れられちゃうよ、なまえちゃん」
「何それ。身に覚えないよ」
「それもそうだ。それより二人はいつからそんなに仲良くなったの?」
「え?」
「だって手なんて繋いでさ」
「うおおおおおおおっ!」

自分でもヤバいなと思える野太い声を出して思わず手を放してしまった。優しさに感動するあまり羞恥心を完全に手放してしまっていた。今になって恥ずかしさ照れ臭さが胸のところまでせり上がってくる。

「不二」
「はいはい、ごめんね二人とも。それより、二人で肝試しは終わりだよ。この神社、相性が良い人とお願いするとそれぞれの願いを叶えてくれるって言い伝えがあるんだって。二人はしなくていいのかな?」
「あ……そうだね、一応ダメ元で」
「一応ダメ元?どうして?」
「大昔に食洗機をこの神社の神に恵んでもらったようなので……」
「そっか。じゃあ本当にダメ元だね。でもうっかり叶えてくれるかもしれないよ?」

不二くんに手招きされて、私は手塚くんと二人で並ぶ。

「手塚くん、私とお願いしても叶わないかもしれないんだよ?」
「俺は構わない。さっき言った通りだ」

手塚くんがそう言ってくれるから嬉しくなる。お賽銭はないけど、まあさっきスマホ落としてるしそれをお賽銭代わりだと思ってください神様。

二礼二拍手。

願いごとは……決めてなかったけど意外にすんなり出てきた。

「二人は何をお願いしたの?」
「これは言っても構わないものなのか?」
「どうせダメ元なんだから教えてよ」

白装束の不二くんに急かされる。まあいっか。ダメ元なんだもん。もちろん、叶って欲しいことには変わりないけど。



「手塚くんの願い事が叶いますように」
「みょうじさんの願い事が叶うように」

「……二人とも仲が良いんだね」





2016/9/17修正

お客様の中に手塚くんに背中を押されたい同盟の方はいらっしゃいませんか!?

手塚は好きな子のためなら自分は内心嫌だったり自分に損でも絶対背中を押してくれると思うんです。そんでもって、自分を圧し殺すけど本音が漏れちゃったりして…手塚好きだぁ。
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