「はぐれちゃった……」

茂みで転んで、小さな斜面を滑り落ちてしまった。
そんでもって倒れて伸びてしまっていた。金ちゃんと越前くんは私を置いていってしまったみたいだ。もしかしたら探してるのかもしれない。
ケガこそしなかったものの、真っ暗な中でひとりぼっちなのは特にダメージないのに、置いていかれたことのダメージは絶大だった。
しかも、肝心の懐中電灯は越前くんが持ったままだから、無闇やたらに動けないし、ちょっと滑り落ちただけでも現在地が暗くてイマイチ分かってないし……。

「仕方ない。誰かに電話でもかけるか、ってあれ!?ない!?」

短パンのポケットの中にあったはずのスマホがない。
辺りの茂みを急いで探すけど見つからない。つまり、つまり私はプチ遭難状態ということ!
……ってそんなこと考えても仕方ないか。
まあ気長に誰か来るのを待ってよう……って今『ぎゃああああ』って聞こえた。誰かな?


……時計がないからどのくらい経ったかも分からん。腕時計を忘れたのが悔やまれる。
学校でだって一人で泊まることもあるし暗いとこも平気だけど、流石に人工物一つ無い暗い自然の中に放り出されると心細い。
月や星が雑然と並べられている。今日は贅沢なそれにも不安を感じてしまうよ……。



……ちょっ、いくら何でも遅すぎない?何分経ったか分からんけどこれ本当に越前くんと金ちゃんはちゃんと私のこと探してくれているのかな?不安だ……そもそも私が迷子なんじゃなくてあの二人が迷子なんじゃね?あれ?何かそんな気がしてきた。
うう、軽傷とはいえかすり傷がちょっと痛い。

「!?」

向こうから今ガサガサって音がした。それどころかこっちに向かってきている気がする。段々と大きくなってくる……まさか、クマ?いや、クマは流石にいないか。まさかイノシシ!?この山イノシシはいるぞ!イノシシならばうちのじーちゃん(猟友会所属)のイノシシ対処法が今こそ10年近くの時を経て役に立つとき!

@イノシシを刺激せず、ゆっくり後ずさり!
A隠れたり木に登ったりして安全を確保!だ!


「今ほどじーちゃんに感謝したことはない……」

木に登って、とりあえず下を見下ろす。ガサガサという音はどんどん近付いてきて……現れるのはやっぱりイノシシかな?本当ならそこで越前くんと金ちゃんが現れてくれたら万々歳なんですけどね!?

「えっ!?」
「!みょうじさんそこで何を…」
「てっててて手塚くん!?あっ」
「みょうじさん!」

現れたのは地獄に仏、手塚くんだった。私は暗闇の中であまりに神々しい存在を見てしまったが故に手元が狂って木から落ちてしまった。恥ずかしい。

「大丈夫か?今、頭から落ちなかったか?」
「そんな気もするけど平気平気」
「そうか。しかし、なぜ木登りを……」
「いや、はぐれた越前くんと金ちゃんを高いところから探そうかなって思って……あはは」
「越前たちとはぐれたのか」
「手塚くんはどうしたの?」
「先ほどの悲鳴で向日と切原が驚いて先に行ってしまってな。それから15分も経っているが見つからない」
「え、15分しか経ってないの!?150分くらいは経ってると思ってた……」

恐るべし暗闇、恐るべし孤独。私の体内時計すらこんなに狂わせるとは。

「それにしても、一人では危険だ。越前には俺から連絡を入れておく。俺と一緒に行こう」
「!!!!!」

うおおおおおマジでかあああああ!!! 
嬉しすぎて言葉にならないよおおおお!
こくこく頷くと手塚くんは『油断せずに行こう』とだけ行って歩きだした。その背中は広くて抱き着きたいくらいカッコイイ。

「ひー!うわー!くぅー!」
「どうしたんだ?」
「今年一年で最大の喜びを噛みしめてます!」
「そんなに心細かったのか」
「うん、まあそんなところ!」

手塚くんの顔から『助かって嬉しかったんだな』と判読できてしまうんですがとりあえずそういうことにしておこう。
にしても、手塚くんと二人きりとはいえ……これ以上何を話せばいいんだ。

「……」
「……」

ほらやっぱり沈黙が心苦しい。さっきの沈黙の15分にどこで稼いだか不明なアディショナルタイムまで付いてる。タカさんが『手塚は普段から寡黙だよ』って言ってたもんなー。どうしよう。

「みょうじさん」
「なっ、何でしょうか?」
「聞きたかったことがあるんだ」
「聞きたかったこと?」
「ああ……」

手塚くんの歩幅が小さくなって、私と同じくらいになった。

「何か悩み事があるのか?」
「悩み事……あー、跡部くんとのこととか」
「そうじゃない」
「そしたら、幸村くんとのこと」
「幸村とのことも聞いている」
「えっ、聞いてるの!?」
「その話じゃない。もっと別だ。みょうじさんは別のことで悩んでいる気がしてならない」

跡部くんと幸村くんのこと以外。
それならもう、あの一つしかない。
どうして、手塚くんは気付いているんだろう。

「留学のことかなぁ」
「留学するのか?」
「それがずっと悩んでるんだ。何て言えばいいんだろうか、留学のこともそうなんだけど、それに色々な問題が絡まって解けなくなっちゃってるっていうか」
「それを、俺で良ければ聞かせてくれないか?」
「……」

視線がかち合って、喉元まで溜まっていたものせり上がってくる。別に溜めちゃう方でもないと自分では思っていたのに、そうでもなかったみたいだ。

「留学はしたい。音楽の勉強はしたい。でもそれで、勝ち負けとか考えるのは嫌だ。音楽を心から楽しめないのは絶対嫌なんだ。こんなの綺麗事の皮を被った我儘だって分かってるのに」

絡まっているんじゃなかったらしい。雑然とぽんぽんぽんと、本やらコップやら飾り物やらそういうのを陳列するのに近い。そんな日常的な動作のように言ってしまえたことがたまらなく気持ち悪い。

「こんなんじゃダメだって分かってるはずなのに」

恐怖と嫌な気持ちの手軽さといったら、私からすれば肝試しの中で一人で道に迷ってしまうのと同じくらいのもんだ。


2016/9/17修正

この話から先のプロットを考えたのがすでに一年前という恐怖…発酵してるのか腐ってるのか
自分でも判別しかねます。
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