合宿所にはたくさんの猫がいた。この辺りの野良猫がここに集まっているようだ。
休憩の合間をぬってコートの裏に来るといつも日陰で猫たちがゴロゴロしている。

特に人懐っこいのがこいつだ。白黒茶色の普通の三毛猫だが、かなり人に慣れているようで首輪もつけている。今も俺に擦り寄ってゴロゴロと喉を鳴らしている。

「お前……可愛いな」
『うにゃぁ〜気持ちいいのにゃ。海堂くんよ、もっと上にゃ』
「ここか?」
『そこにゃそこにゃ〜』
「……はっ!?」

こいつ、今喋らなかったか!?しかもドラえもんボイスで!
俺はびっくりして思わず仰け反った。反動で三毛猫が俺の膝の上から転げ落ちる。

『にゃにをするのにゃ。吾輩を無下に扱いおって』

三毛猫は俺をじっと見つめると顔を手でゴシゴシ洗っている。つーか……態度でかいなこの猫。

「お前が喋ってるのか……?」
『そうにゃ』
「猫が……!?」
『にゃぁに、猫が人間のように言葉を喋ってにゃんの不都合があるにゃ。そうは思わぬか?』
「いや……はい」
『吾輩は三食と爪を研ぐ場所と……それと36平米ほどのスペースさえ確保してもらえればそれでいいのにゃ』

36平米は結構欲張ってないか?
俺はまた恐る恐る三毛猫に近付く。喋る猫なんて始めて会った。もしかして世界初じゃないのか?猫と言葉を交わした人間って。

『海堂くんよ』
「どうして俺の名前を……」
『練習しているところを見たのにゃ。暑い中ご苦労なことにゃ。褒めてつかわすのにゃ』
「恐縮です」

……猫に褒めてつかわされた。
猫はまだ俺の顔をじっと見ている。

『吾輩の名はニャッ・マタタビ3世にゃ。三千年に一度の極上の肉球を持ちたる肉球王にゃ』
「に、肉球王……?」
『そうにゃ。ほうれ、これが吾輩の肉球にゃ』

三毛猫………ニャッ・マタタビ3世が前足を俺の方に伸ばしてくる。三千年に一度の極上肉球を持つ肉球王。触りたい。俺は自分の好奇心に耐えられず俺はその前足に手を伸ばす。

『待つのにゃ!』
「!?」
『吾輩の肉球を触るのにゃらば、それ相応の供物を用意せい!』
「供物…?現金な奴だ」
『吾輩はその辺りの猫よりも聡明なのにゃ』

言葉を喋る猫は余計な知恵もつけているようだ。あいにく供物の持ち合わせなどにゃ…ダメだ。口調が移る。

「俺は今供物の持ち合わせがない……。しかし、必ず供物を明日には用意する!だから!今!触らせてくれ」
『ふうむ。海堂くんは嘘をつくような人間ではない。良かろう。前借りを許すのにゃ』
「ありがとうございますっ!」
『元気の良いことは良いことにゃ』

俺は肉球に手を伸ばした。確かに……ニャッ・マタタビ3世の肉球は今まで触ってきた猫の中でも最高クラスだ。

『どうにゃ吾輩の肉球は?』
「良い……!」
『文部科学大臣賞ものにゃ』
「はい!」
『ミシュラン三ツ星クラスにゃ』
「はい!」
『気持ちよかろうにゃ!』
「気持ちいいっすにゃ!」

思わず釣られて声に出た。と、途端に笑い声が聞こえてきた。

「あっひゃっひゃっひゃっ!海堂くんっ……可愛い!可愛すぎる!にゃっ!」
「海堂も俺の仲間入りにゃ〜!ウェ〜ルカ〜ム!」
「か、海堂……!可愛いな、っぷぷ」
「……フシュー……」
「あ、ごめんごめん海堂落ち着いて!」


ニャッ・マタタビ3世のアテレコをしていたのはみょうじさんだった。菊丸先輩と大石先輩と一緒に茂みに隠れて俺を見ていたらしい。他の2人に大石先輩は巻き込まれたに違いない。

「趣味悪いっすよ」
「ごめんごめん!ついつい出来心で」
「なまえちゃん上手だったよ〜」
「シンクロ具合がすごかったね」
「そりゃあニャッ・マタタビ3世はうちのおばあちゃんの家の猫だもん」
「そうだったのかぁ」

結局ニャッ・マタタビ3世は本当の名前なのか。

「海堂くんって猫好きなんだね」
「まあ……好きっす」
「私は猛禽類の方が好きかな」

も、猛禽類!?タカとかワシとかフクロウとかそういうの!?俺だけじゃなく大石先輩も菊丸先輩も『えっ?えっ?』という顔をしている。

「私の友達に猛禽類がいるんだよ」
「すごいサラッと言ったけど種を超えてるよね?」
「そうそう、昔は種を超えててなかなか理解されなかったんだけど、最近よく考えた末に同じ食物連鎖の頂点に属するグループって説明したら良いかなって」
「食物連鎖で友達認識するのやめようよ……」

女子って校舎裏で猫とこっそり戯れているイメージがあったが、みょうじさんのおかげで猫がタカワシフクロウに置換されていく。女子学生じゃなくてただの鷹匠だろそれ。

「ニャッ・マタタビ3世は可愛くないけど……一応同じ哺乳類の友達だね」
「さっきからなまえちゃんの友達の枠組み大きいね」
「地球に住む動植物たちみんな仲間!家族!ほら、なんだかんだニャッ・マタタビ3世も私の家族だよ……って海堂くんの所に!薄情者!そうやってイケメンにばっかりすり寄って!ビッチ猫め」

仲間と家族に悪口飛ばしてるぞ。3世は俺や先輩たちにすり寄った後、なんだかんだみょうじさんの所に帰っていく。仲は良いんだな。

「喧嘩するほど仲が良いって言うよね〜!ねー、ニャッ・マタタビ3世!」
「喧嘩するほど仲が良いかぁ」

菊丸先輩にそう言われた後、みょうじさんは色々考えたらしい。

『吾輩とこやつは仲が良いわけじゃにゃいにゃ』
「なんだと!?」

みょうじさんはニャッ・マタタビ3世を介して一人芝居を始めてしまった。
それにしても、みょうじさんのドラえもんの真似の完成度はやたら高い……。

2016/9/17修正

ニャッ・マタタビ3世のニャッのとこの響きが非常に気に入っています。
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