跡部とみょうじは喧嘩を開始したらしい。

「宍戸くん、これ幸村くんから跡部くんにだって」
「だから何で俺にこれを渡すんだよ」
「……」
「分かった分かったよ!だから睨むなって」

俺はみょうじから受け取った資料を跡部に渡しに行った。その距離、15m。プールの横幅くらいしかねぇ。

「みょうじからだぜ」
「……」

跡部は無言で受け取ると目を通す。が、あるページで手が止まった。俺と近くにいた忍足は様子を伺う。

「ど、どうした跡部?」
「チッ」

資料を覗き込むと『なまえちゃんと喧嘩したんだってね☆』とある。☆が全力で跡部を煽っている。誰だこんなことする奴……って幸村しかいねえ。

「絶対仲直りしたがええって」
「はぁ?何をほざいてやがる。俺様には非はねぇ」
「惚れた男の負けやで」
「誰があんな妖怪女に惚れるか!」

俺と忍足は唖然とする。マジかよ。本気で自分の怒りを数学の先生の立場を盗られたからだって思ってるのか……激ダサだぜ!

「跡部……お前なまえちゃんのことを一概に責められへんで」
「あーん?言っただろ、俺様に非はねぇ。あいつが反省の色を見せない限り全面戦争だ」

自己主張が激しい2人が自己主張を優先した結果こうなっている。歩み寄りは至難の技だ。ここはまだ動かせそうなみょうじの方を説得にかかるしかないようだ。

「忍足、これをみょうじに渡せ」
「すぐそこやん、自分でいきーや」
「行け」
「はぁ、人使いの荒い奴や」
「全くだぜ」

俺と忍足はみょうじに跡部からの返事を渡しに行く。俺たちはたった15m間の伝書鳩状態だ。


「なまえちゃん、これ跡部から」
「ありがと」

私は鎖国を開始した。対象国は跡部王国のみ。跡部王国の情勢は忍足国や宍戸国からもたらされる風説書から知る……なんつって。

「みょうじ、早く仲直りしろって」
「えええ絶対やだ!跡部くんが少しでも歩み寄りを見せない限り全面戦争も辞さない」
「言ってることは一緒なのがな」
「なまえさん!争いなんてやめて下さい」
「くっ、チョタくん止めないで!人には時として戦わなければならない時があるの!」
「でも、そんなの!傷付くのはなまえさんじゃないですか……」
「チョタくん……」
「何の演劇だよ!」

恒久平和主義者のチョタくんには悪いことをしてるな。でも跡部くんとは戦わなければならない。今こそ私を小馬鹿にする跡部くんをギャフンと言わせないと気が済まない。

「武器を持て!編隊を組め!進め!進め!」
「革命でも起こす気なんか」
「革命でも戦争でもなんでもいいよ!跡部くんとの争いは不可避なんだから。
……それに跡部くんのことなんて考えてる暇ないもん」
「はぁ?」
「とにかく!跡部くんとは戦争!バトル!ファイティングなんだから!」

「でも跡部の気持ちも分かるC」

ジローちゃんの言葉に背中から襲われる。

「なまえちゃん俺たちの気持ち全然分かってくれないもん」

日々天使と呼んで憚らないジローちゃんからの奇襲に私は心に致命傷を負って地に膝をついた。ジローちゃんに言われるだけで罪悪感が積もる積もる。

「ジローちゃんにそんなこと言われたら私……」
「まあ確かになまえにはそーゆー所があるよな」
「がっくんまで!私だって自覚あるよ!それなりに!」
「それなりなんやな」
「だからなまえちゃん!もっと俺と一緒にいてね!」
「一緒にいるから私のこと見捨てないでえええ!大天使ジロー様ああ!」

私と跡部くんの争いはただの消耗戦で不毛なのかもしれない。つまり、跡部くんも大概で、私も大概ってことだ。そして、大きな原因は私。私が人の気持ちを汲み取れないことだ。

「まあ、跡部が縺れ込めば縺れ込むほど不利やな」
「そうか?」
「そりゃあ……なまえちゃんはアレやし?俺みたいなんもおるし?」
「みょうじー忍足が」
「あかんあかん!今のは男同士の秘密やで!」

でも忍足くんの考えてることはあんまり分からなくていいや。


「はぁ……」

若くん以外のみんなは練習に戻っていった。跡部くんとは一切喋ってない。当たり前だ。
跡部くんとは全面戦争も辞さない覚悟でいたのに、みんなが早く仲直りしろって言ってくるからすごく申し訳ない気持ちになってきた。
みんなを心配させてるのもそうだし、やっぱり跡部くんには悪いことをしたみたいだし。じゃないといくらジャイアニズムの急先鋒である跡部くんでもここまで怒ることないもん。

「でもやっぱり理由が分からない」

デジャヴを感じる……と思ってたら若くんがデジャヴ……とぼそっと呟いた。同じこと考えてたんだな。若くんも跡部くんも、分かってもないくせに謝られるのが嫌いなタイプなのは同じだ。

「まあ一日二日で分かるようになったら努力なんていりませんから」
「そうだよねそうだよね!さすが若きゅんっ」
「貴女の場合は必要な努力の程度が遥か上空ですがね」
「はぁぁ……難しいな。人のことを考えるのって…こういう時、言葉や表情より音楽の方が雄弁だと思わない?」
「それはななまえさんだけです」

若くんも相変わらず手厳しい。誰か私に優しく諭してくれる人はいないのだろうか。
チラリと若くんを横目に見る。あれ?若くん、何だか楽しそう。

「若くん何か機嫌良いね」
「否定はしません」
「うわめっちゃ上機嫌」
「どうしてだと思います?」

……上機嫌は上機嫌でも結構程度が強めの上機嫌だ。若くんが上機嫌な理由を考えてみる。けれどやっぱり分かんない。自分でもこういう所が悪いんだって思う。みんなを随分と困らせているな。でも、跡部くんだってもうちょっとはっきり言ってくれた方がいいのに。

「うーん分かんない」
「なまえさんは俺と喧嘩している間、どう思っていましたか?」
「そりゃあ若くんに悪いことしたなー嫌われたかなーってヒヤヒヤしたよ」
「跡部さんと喧嘩している今は?」
「全面戦争も辞さない!……私の方が悪いって自覚はあるけど」
「そういうわけです」

そういうわけ……って分からん。
でも若くんが笑うから、自然と私も気分が上向きになる。若くんとは、一昨日で随分関係が変わった気がする。具体的に何?と問われたら、答えることはできないけど。

「私ね、若くんとの距離が随分縮まった気がする。いや!前から仲良しだったけどね!」
「俺もそう思います」
「へっ」
「なまえさんと近くなれた気がします」
「うへへへ」
「あんたが先に言ったのに恥ずかしがらないでくださいよ、俺が恥ずかしいじゃないですか」

私と若くんの関係は、一昨日を境に少しずつ変化している。
それがどうなるかは、一切予測つかないんだけど、それも悪くない気がするね。何でだろ。



2016/9/17修正

みんなよりリードしてるのが嬉しい日吉くんとかすごく萌えます。

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