「お前ら何してる」
「跡部くん…へぶしっ」

跡部くんはクッションを取ると私の顔に押し付けた。何だかお怒りのようだ。私には何のことだかさっぱり分からない。昨日の日吉くんとちょっと状況が似てる。

「ちょっと何するんじゃ!」
「おい柳、うちの臨時マネージャーにちょっかい出すな。お前の手に負える女じゃねえ」
「ふっ、その言葉。そっくりそのままお前に返してやろう」
「本当に食えない奴だ。それでここで何していた?」
「何って、数学教わってた」

ギロリと跡部くんが睨んでくるからぎょっとする。自分でもいつもは食ってかかってる意識はあって跡部くんもそれに食いつき返したりするけど……今回ばかりは数学の何が気に食わないんだ。

「……」
「あ、跡部くん?」
「お前はいつもそうだな」
「え?」
「音楽への理解は一丁前だが、人の気持ちはまるで分かってないな」
「は……?」
「反論する気か?だったら俺様が怒ってる理由くらい当ててみろ」

理由なんて分からない。数学を柳くんに教わってただけでどうしてそんなに怒るの?反論したいけど理由が分からないからどうしようもない。ていうか何でそもそも、自分でも理由が分からないのに怒られてるの?あれこのふつふつ込み上げてくる怒りは……?跡部くんの背後に拳を握ってギラギラ笑うジャイアンが見える。

「な……」
「どうした?その無い頭で考えたか?」
「何でうちがそぎゃん怒られんといかんと!?うちはただ柳くんと数学の勉強ばしよっただけたい!」
「ふん。お話にならねーな」
「ぐぬぬぬぬぬ!そうやってうちに丸投げしてかったい!」
「落ち着けみょうじ」

柳くんが私を制してくれた。冷静な柳くんが側にいてく……が跡部くんの機嫌はますます下降する。もちろん私の機嫌も下降してますがね!

「跡部とあろう者が余裕がないな。俺以上に幸村辺りにからかわれるぞ」
「余計なお世話だ」
「だがお前の気持ちも分かる。みょうじも大概だ」
「え、柳くん味方に見えて私の敵だったの!?」
「いいや、みょうじの味方だ」

『面白そうだから』と涼しい顔に書いてある。柳くんは完全に損得無視で興味だけで私を掌で弄んでいるみたいだ。そんなことよりも跡部くんの方に腹立って仕方ない。

「柳」
「何だ?」
「テメーが掌で遊ばれる運命なんだよ」
「ほう……肝に銘じておく」
「チッ、興醒めだ」
「行くのか?」

跡部くんはちらりとこっちを振り返って小馬鹿にしたように笑った。

「2人で仲良くやってな」
「キーッ!仲良くやってますよーだ!」

またジャイアンが見えた。のび太はいつもこんなストレスを抱えているのかと思うと彼に同情する。テーブルの上のグラスのカルピスを一気に飲み干してしまう。

「共に自己主張が激しいとこうなるな」
「ズゴゴゴゴゴ」
「もう中身は空だぞ」
「ズゴゴゴゴゴ……シュコー」
「イライラするのは分かるが変な真似はよせ」
「あーもう意味わかんない!信じられない!訳分からない!」
「跡部が怒った理由、俺は分かるが?」
「本当に?私には数学を柳くんに見てもらったことくらいしか思いつかないよ?」
「それだ」
「ほう……全く分からん」
「だろうな」

柳くんは納得している。一人納得されても困るよ!
私の中で『柳くんに数学を教わる』から『怒る』の間に何が作用してお怒りになるのか全く分からない。うええ、ますます深みにはまってく!

「さっきも言った通り……跡部も跡部で心が狭いが、みょうじも大概だ」
「柳くんが言うだけで説得力あるね。それに……」

昨日も日吉くんを怒らせてしまったとき、私に非があるみたいだったけど、私にはそれが最後まで分からずじまいだった。私の悪い所だ。日吉くんもそうだけど、跡部くんが一番怒るのは理由も分からないのに謝ることだ。
まあ今回は理不尽な気がしてならないから絶対こっちから謝らないもんね!

「お前と跡部と、どちらが先に折れるのかが楽しみだ」

柳くんがクスクス笑う。ふと私の頭の中にイメージが浮かぶ。曲を弾いている時に浮かんでくるイメージや実感、それに近い。

「何となく、私や跡部くんより先に、待ってる柳くんが先に折れそう」
「面白い推測だな。なぜ俺が待てなくなるといえる?」
「直感」
「お前の第六感は俺の分析より精度が高そうで怖いな」

手につかないのが分かっているくせに、柳くんは続きをやるぞとテキストを再び開いた。


2016/9/17修正

歳を取るたびごとに余裕のないキャラ達を見たくなってくる病。
サティもとうとう佳境!
もう62話か…。

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