「canの後ろは動詞の原形だろうが!これで何度目だ!学習せんか!」
「うっかりっすようっかり!」
「うっかりだと?その小さなミスが積み重なって敗北へと繋がるのだ!」
「いつもこんなに煩いの?」
「俺は日常茶飯事だから分からないがみょうじがそう言うのならそうだろう」

声を張り上げる真田くん……ほんとさっき拡声器いらなかったでしょ。
切原くんは真田くんに責め立てられもう萎縮すら通り越していて感情が判別できない能面のようだ。

「苦手と言っていた割にはかなり解けているな」
「跡部くん教え方上手で……もちろん柳くんも上手だよ」
「お前の飲み込みが早い、ともいうな」
「おおお!」
「どうかしたか?」
「跡部くんは滅多に褒めてくれないから素直に嬉しい」

ご褒美がこき使う気満々の雑用奉仕ですからね。

「しかし随分と雑念が多いようだ」
「雑念?」
「先ほどから間違いが全て計算ミスばかりだ」
「あっ」

自分ではスラスラ解いているつもりだったのに、計算間違いばかりだ。
やり直しか……とほほ。

「まず雑念その1を払わねばな」
「赤也ーっ!たわけがー!」
「弦一郎、みょうじの集中力が切れてしまっている。すまないが別の部屋に行く」
「む、そうか。柳がいれば心配あるまい。安心しろ、赤也は俺が責任持って……」
「ぐー……」
「赤也!一瞬の隙を突いて惰眠を貪るとはこの軟弱者めがァァ!」
「ひいいいいい」

切原くんの能面みたいな顔は眠気のサインだったのか。その眠気など吹っ飛ばしてみせるわ!と言わんばかりに真田くんは切原くんの襟首を掴んだ。

「柳、みょうじ。お前たちがここに残れ。俺は赤也と共に走り込みをしてくる」
「えええ!?走り込みっすかぁ!?」
「当然だ!行くぞ!」
「柳先輩!みょうじ先輩!副部長に考え直すように言ってくださいよおおおお」
「弦一郎」
「真田くん……あ、行っちゃった」

それって終わったとき疲れて逆に眠くなるだけだからよしといた方がいいと言う前に真田くんは切原くんを連行して行ってしまった。すまんね、時間が足りなかった。

「しかし、これで雑念その1は消えた」
「うん、一気に静かになった」
「それでもお前は浮かない顔をしている」
「分かるの?」
「昨日、日吉と喧嘩をしていたと聞いたがその時の表情と同じ……もしくはそれ以上に浮かない顔をしている。それが雑念だと俺は踏んでいるのだが?」
「柳くんやっぱり観察眼すごいね」
「お前は隠すのが上手い。今日1日見ていると、もうそんなこと忘れたと言わんばかりに楽しそうな時もあるからな」
「それは本気で忘れてる時だと思う」

もう一つの悩みはさっきのお母さんの電話で思い出したくらいだしずっと忘れてた。
でも結局忘れようとしたら幸村くんが『そうはさせないよ?』と出てきて忘れられなかったな。幸村くんは確信犯だから尚更タチが悪い。

「雑念その2は幸村である確率95%」
「げほっげほげほっ!……何で知ってるの!?」

カルピスを飲んでいたのに噎せて咳き込んでしまった。柳くんは涼しい顔をして、自分のノートに書き込みをしている。データ収拾?

「それは幸村の行動を考慮すればいとも簡単に予想できる。大方『俺を本気にさせろ』と言われたのだろう」
「それも当たってます柳大先生」
「幸村はそうやって相手を揺さぶるのが好きだからな」
「ドSなんだ」
「見ていたら分かるだろう」

アハハと意味ありげに笑う幸村くんが頭の片隅に浮かぶ。とうとう脳内にまで現れ始めたようだ。

「そんなこと言わずとも幸村は本気だ」
「うへぇ……」
「ほう、つまり幸村の気持ちに応える気はないということか」
「だってまだ会って2日だよ」
「それもそうだ」
「それに……」
「それに?」
「……幸村くん、ちょっと怖いから」
「怖いとは?」

柳くんはノートにペンを走らせながら私の話を聞いてくれているみたいだ。
私は数学の宿題をなんとなく見つめながら話すことにした。……しかし今みると計算間違い多いな。

「幸村くんって、私のことをすごく羨ましがってるっていうか、崇拝されてる感じがする」
「確かにそうだ。精市は自由なお前を神聖視しているきらいがある」
「それがちょっと苦手っていうか」
「しかしそれはみょうじも立場こそ逆だが同じ行動をとっているだろう。みょうじは精市のことを羨望しているのではないか?」
「うん。私プレッシャー苦手で周りの期待とか苦手だし……幸村くんは強そう」
「その通りだ。互いにないものを互いに求めている。遠くて近しい存在というわけだ」

幸村くんが、『俺たちは遠くて近しい存在』って言ってたのってそういうことなのか。
私には数学みたいに難しい話だ。幸村くんはその後もっと難しい話をしてたかな。

「で、それから予感とか実感とかの話してた。そんなの、全然分からんし」
「だろうな。しかし精市はそうやってお前に揺さぶりをかけているんだ」

幸村くんといい、柳くんといい私と同じ中3なのかね。私はもう訳わかんなくてクッションを抱いて知恵熱の出そうな頭を落ち着かせていた。

「深淵を覗くときはまた深淵もこちらを見ている。精市はお前を自分の元へ引き込むぞ」
「引き込むって……」
「みょうじは本能的に理解しているらしいが」

とは柳くんは言うが私には分からないものは分からない。

「ニーチェとかますます中学生らしくない」
「お前がニーチェを知っているとは意外だ」
「何だと!」

愉快そうな柳くん。例え私のタイプだとはいえこのような所業は許さんぞ!
私の投げつけるクッションをかわしながら涼しい顔をしてる。クッション見えてるの?心の目?

「ともかく気をつけることだ」
「気をつけろったって!柳くんのとこの部長でしょ何とかしてくれ」
「それは聞けないな」
「え」

投げつけようとしていたクッションを抱きかかえる。
柳くんが開眼して私をじっと見つめている。見つめられている実感が沸いているせいで尚更びっくりしてしまう。

「俺もお前には興味を持っている。精市とは違うが純粋な興味だ」
「えっ、ちょっ」
「端倪すべからざるお前のことすらも隅々まで見通してみたいと思うのは俺の性分だ」
「ちょっ、近い近い柳くん!」

近付いてくる柳くんから少しずつ後ずさる。なんとか押し付けたクッションと腕の分しかスペースがない。背中にぶつかるのはソファの肘掛け。人から見られたら非常にまずい状況なのではないかこれは。

「それに俺も精市と同じで人を揺さぶるのは好きだからな」
「それってからかうってこと?」
「みょうじがそう思うのならそういうことなのかもしれないが?他人から見たらどうなのか是非とも知りたいものだな」

と、言って柳くんが振り返った先には誰かが立っていた。

2016/9/17修正

柳に自分のことを見透かされ隊
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