「みょうじ」
「ふぁーい」
「気の抜けた返事をするな」
「だって暑いんだもーん」
「仕方ないやつだ。樺地」
「ウス」

樺地くんが何やらクーラーボックスを地に置いた。跡部くんは相変わらず偉そうに私にクーラーボックスを開けるよう指示してきた。

「開けてみろ」
「……」
「その疑心の目は何だ?失礼なヤツだ」
「分かったよ。開けてみる」
「どれどれ?跡部から何貰ったんや?」
「忍足くん良いところに!一緒に道連れだよ」
「今のは出鼻くじかれたで」

流石に忍足くんに開けさせるのは酷なので道連れになってもらいつつクーラーボックスを恐る恐る開ける。2cmほどの隙間から濛々と漏れ出す冷たい白煙。
思わず忍足くんの腕を掴む。

「あばばばばば」
「たかがクーラーボックス開けるのにそんなにビビる必要ねーだろ」
「だだだってこれ玉手箱じゃないの?」
「なまえちゃんの頭、ほんまメルヘンに毒されてるな」
「跡部くんの力ならできそう!」
「ふっ、そうだな。俺様の力を使えば、だがな」
「えっできるん?」
「まあな。だがみょうじ、これは玉手箱じゃねーよ」
「いや、お前さらっとスゴいこと言ったで!意識しぃや」

跡部くんがクーラーボックスを開けた。
あまりに素早く開けるので一瞬変な声が出たが、特にクーラーボックスの中は不審物でもなかった。

「ハーゲンダッツ!」

ぎっしり並べられたハーゲンダッツ。几帳面にバニラの列とグリーンティーの列、と種類ごとにきっちり並べられている。

「クーラーボックスごとお前にやる」
「跡部、お前甘すぎやろ」
「でも私今日はサーティーワンの気分かなー」
「なまえちゃん、自分は欲深すぎやで」

まあハーゲンダッツも良いんだけどね!
ボックスからグリーンティーを一つ取ると、気が利く樺地くんが私にスプーンを渡してくれた。

「もう食べるんか」
「うん」

アイスを掬って口に運ぶと、抹茶の芳醇で濃厚な味わいが口の中にいっぱい広がる。このしつこくない甘さが本当においしい。

「あー生き返る!」
「ええなぁ、なまえちゃん。俺にもくれへん?」

俺もグリーンティーがええな、とクーラーボックスに視線を向けている。何でグリーンティーなんだよ。バニラにしとけよ。

「グリーンティーはダメ」
「俺はグリーンティーがええねん」
「えー」
「そんなに嫌ならなまえちゃんの食べかけでええから一口」
「忍足てめーまさか」
「それならいいかな」
「!?」

忍足くんも跡部くんも私をギョッとした表情で向いた。こっちがギョッとするわ。
でも忍足くんは愉快そうに私の頭を撫でた。

「ええ子や、なまえちゃん」
「おいみょうじ、思い直せ!こいつの目的はグリーンティーじゃねえ!」
「どういうこと?」
「あーなまえちゃんがはよグリーンティーくれんとこのワンカップはドロンやで」
「何だと!?」

跡部くんに気を取られている間にクーラーボックスから取り出したらしいグリーンティーのカップを弄ぶ忍足くん。お前はスリか!

「ま、待て!わかった!今あげるからそのグリーンティーはクーラーボックスに戻すんだ!融ける!」
「くれたら戻すで。はいなまえちゃん、あーん」

優位なのは忍足くんに変わりがない。ここは大人しく忍足くんの言うことを聞いてグリーンティーを安全に取り戻そう。

「約束だからね!あーん」

忍足くんの口にグリーンティーを運ぶ瞬間、跡部くんに手を掴まれた。
跡部くんは私が忠告を無視した所為なのか笑顔だけれど青筋が額に浮かんでいる。

「あーん?忍足もみょうじも隙だらけだぜ?」

跡部くんが私の手ごと自分に向けてアイスを食べてしまった。
少々びっくり、という顔の忍足くんだが、その隣の私はびっくりしすぎて声も出ないよ。

「ほう、悪くないな。お前らが好きっていうのも分かる」
「……」
「……」
「ああ、忍足。残念だったな」

怒ったような顔から勝ち誇ったような顔になった跡部くん。跡部くんは私からスプーンとグリーンティーのカップを奪い取ると、アイスを掬い取ると忍足くんに差し出した。

「ほら忍足、お前にやるよ。あーん?」

男が男に「あーん(はぁと)」を迫る図。
曲がりなりにも二人は世間一般でいうイケメン!
こ れ は 。

「……男のあーんなんてお呼びでないねん」
「遠慮すんな」
「樺地くん、触らぬホモに祟りなしだよ。あっちで一緒にハーゲンダッツ食べよ?」
「ウ、ウス」

クーラーボックス内のグリーンティーはあと3つ。
行動選択を間違えた私はグリーンティーを2つ分も失ってしまった。


2016/9/17修正

グリーンティー超うまい。

タイトルはかつて書いた
早弁に命をかける女の子とその隣の席で弁当のおかずを狙う青峰のお話「水面下お弁当戦線」から。
奇しくも中の人同じっていう。
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