あ、暑い…!すごく暑い!
拭っても拭っても発汗が止まらない。
見ないようにしていた手元の温度計を見ると信じられない数字になっていた。

「さっ、35℃!」

数字にしてみると更に暑くなったような気がして私はよろめく。私は何より暑さが苦手なのだ。人間、体温は割と上げられても下げるのは難しい!というのが私の持論。とにかくいつも暑さで死にそうになってしまう。

「あ、暑すぎるよ!」
「今日は日差しを遮る雲ひとつないからね」
「でもみんな平気そうな顔してるね。特に不二くんなんて寧ろ涼し気に見える」
「僕も暑くてたまらないさ」
「全然説得力ないのが妬ましい」

こんなに日差しの中でよくみんな動けるなぁ。
私なんて既にばてた犬みたいになってるし、しかも日差しで目を細めているからすごい顔つきになってるんだろうな。

「熱中症になっちゃう」
「みょうじさんのような冷房を必要以上に効かせて布団に包まってるタイプには辛いものがあるな」
「なぜそれを……!」

夏には肌寒い環境で暖かくする、
冬にはコタツでぬくぬくしながらアイスを食べる。 
私の季節ごとの至福をなぜ知っているんだ!ていうか個人情報が些細なことから重大なことまで漏れすぎじゃない?

「これは鳳からの情報だ」
「君たちが氷帝の良心を利用して情報収集しているのは分かった」

私はチョタくんを責めることなんてできない。
流石としか言いようがない収集テクニックだ。
情報提供者を守るのもプロの義務、しっかり守るものだ。

「僕も分かるよ」
「えっ!ほんと?」
「夏には冷房の効いた部屋でキャロライナ・リーバーのカレーを食べたくなるよ」
「きゃ、きゃろ?」
「世界一辛い唐辛子だ。一般のタバスコがスコヴィル値2500に対しキャロライナ・リーバーは156万9300から220万。キャロライナの死神とも称され……」
「うーん不二くん。それちょっと違うと思う」
「そうかな?」
「二人とも、できれば最後まで俺の話を聞いてくれ」

タバスコよりもずっとずーっと辛いものなんて私じゃ最早辛さを知覚できないんじゃなかろうか。多分口に入れた瞬間に死ぬもん。
半端じゃなく辛党らしい不二くんは辛いもの談義を始めた。

「辛いものは夏バテにも効果があるよ」
「話聞いてるだけで体感温度が3℃くらい上昇した気がする」
「大丈夫?何だか調子が悪そうだけど」
「不二の話を原因とする確率90%」
「そうなのかい?」
「いや、気にしないで。私甘党だから辛いものがちょっと苦手なだけだし」

辛いものの話聞いてたらクラクラしてきた。
口の中にありもしない辛味が詰まっているようですごく喉が渇く。
ああ、意識まで遠く……。

「ターバンを巻いたおじさんが…」
「?」
「かごの中にいっぱい……キャロライン・ビーバーを入れて」
「キャロライナ・リーバーだ」
「タージマハルで……」
「世界遺産でどうしたの?」
「フィギュアスケート……」
「タージマハルにスケートリンクはないぞ。とうとう暑さで頭がやられ始めたようだ」



「不二、乾。みょうじさんの様子が優れないようだが」
「手塚」

乾の「頭がおかしくなった」発言とほぼ同時に、手塚がやってきた。なまえちゃんは手塚が来ても立ったまま、目を据わらせて謎の言葉を繰り返している。

「みょうじさん」
「トリプルアクセルきまったぁー!」
「みょうじさん」
「はっ!今私は何を」

手塚がなまえちゃんを揺さぶって漸くなまえちゃんは正気を取り戻したようだ。なまえちゃんの頭の中ではどんな世界が繰り広げられていたのか、覗けなかったのが惜しい。

「ターバンを巻いたおじさんがかごの中にいっぱいキャロライナ・リーバーを入れてフィギュアスケートをしていたらしいぞ」
「キャロライン・ビーバーを入れてフィギュアスケート?」
「キャロライナ・リーバーだよ」

そんなこと言ったかなぁ、という困惑した顔をするなまえちゃん。
困惑したのは僕と乾の方だよ。

「みょうじさん、無理は良くない。昨日は洗濯機に酔っていただろう」

手塚がゆっくり口を開いた。びっくりしたのは、あの手塚が柔らかい表情でなまえちゃんに話しかけたことだ。

「反省してます……」
「今日は日差しも強い。熱中症には気をつけるように」

手塚はなまえちゃんにタオルをかけた。
これには乾もノートを取り出してペンを走らせる。

「帽子でなくてすまない」
「!!!!?」
「使ってないから安心してくれ」

手塚……なまえちゃんが動揺してるのは使用未使用の問題じゃないよ。
観察しているのは乾だけじゃなく、英二と大石がこちらを伺っている。桃城もこっちを見て……みんな気にしてるじゃないか。

「あ、いや、手塚くん」
「それと水分補給だ」

手塚は持っていたドリンクをなまえちゃんに渡した。受け取ったもののどうしたらいいか分からずなまえちゃんは目を泳がせ暑さにやられかけていた時以上に挙動不審になっている。

「これ……」
「あぁ、口をつけたが気になるなら……」

なまえちゃんはキャロライナ・リーバー並みに真っ赤になった。

「あああああ!私が飲むの勿体ないし跡部くんから貰ってくるね!!!」

手塚にドリンクを押し付け、なまえちゃんは全力で氷帝のコートへと走って行ってしまった。
後ろから「手塚……!」「今のは惜しい!」「脈アリっすよ!」という声が聞こえる。
君たち手塚を朴念仁とでも思ってるのかな。
僕も思ってるけどね。


「手塚」
「何だ?」
「一番なまえちゃんから離れた所いたのによく気付いたね」
「みょうじさんには昨日から世話になっているからな」


「……ふーん」
「ふーん?」
「ふぅーん?」
「菊丸、桃城」

英二と桃は加減を覚えた方がいいよ。


2016/9/17修正

キャロライナ・リーバー
世界一辛い唐辛子

キャロライン・ビーバー
多分なんかのビーバー
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