みょうじがずっとベンチで膝を抱えて座っている。俯いて表情が伺えないから分からないが、確かにただならぬ雰囲気を醸し出している。

「なまえさん大丈夫でしょうか?」

長太郎にも心配されてる。昨日の夜から迷惑な奴だ。俺は近付いてみょうじに声を掛けるものの反応はなかった。

「おい、長太郎がお前のこと心配しすぎて練習に身が入らねえだろ」
「……」
「返事くらいしろよ。さっきここに来た時から深刻そうな顔をしてたから何かあったのかと思ったんだが、何かあったなら言えって」
「……」
「なまえさん、俺でよければ力になります」
「1人で抱え込むのは良くないぜ。俺だって力になる」
「……ぅ」

一切反応のなかったみょうじから微かにだが反応が返ってきた。

「みょうじ」
「……ぅ」
「ん?何か言ったか?」
「……すぅ」
「力になるとは言ったがおやすみになって良いとは言ってねぇよ!」
「あだだだだだ!」

みょうじの頭を叩いた所、一発で起きて頭を抑えている。俺は躊躇なくみょうじを殴った手を見た。俺は無意識に女を殴ったのは初めてだったが、なぜか罪悪感はなかった。

「痛いよ宍戸くん!」
「お前、さっきまで悩んでたと思えば寝るとか……何考えてるんだよ!」
「あ、ごめんごめん。でも寝たらスッキリしたからいいや」
「すごい!さすがなまえさん、眠りながら解決させるなんて!」
「いや、問題を先送りにしただけだろ」

何の問題を先送りしたかはさておいて、みょうじは今はマネージャー業に専念しないといけない。みょうじを諭すと、困ったように首を傾げた。

「それがさー、今日は割と仕事ないんだよねぇ。ピアノの練習したいのは山々なんだけど、今は跡部くん家の調律師の人が来てるからできないし」
「暇ならあそこで忍足と岳人が試合してるから、忍足を応援してやれよ。応援されたいって言ってたぜ」

そこまで言うとみょうじは苦虫を噛み潰したような顔をした。原因は忍足か。

「ヤダ。忍足くん応援するなら近くの働きアリさんを応援する」
「分かった分かった!なら岳人を応援してやれよ」
「やっほーい!行ってきまーす」

みょうじは岳人の所へ一目散に走りだした。その後ろ姿を見て長太郎が羨ましそうにしている。本当にみょうじ好きだな。俺もみょうじのこと好きだが変な応援しそうだしそれだけはされたくないぜ。

俺は後ろ髪引かれてる長太郎を連れてコートに戻る。

「ん?どうしたなまえ?」
「不肖、みょうじなまえ!僭越ながらがっくんを応援させていただきます!」
「お、おう!」
「何で?何でなまえちゃん俺のことは応援してくれへんの?」
「えー、ごほん」
「あっ、もう存在そのものを無視なんやな」

「かっとばせーがっくん!忍足倒せー!オー!」

「それちょっと違うだろ!」
「おーっと!ここで宍戸選手が乱入!審判に抗議をする模様です!」
「しかも審判気取りなのかよ!」

やっぱりやらかしやがった。俺はつい戻ってみょうじにツッコミを入れてしまった。

「なまえちゃん……それ野球やん」
「でもこれ万能だと思わない?去年甲子園で生で聞いて気付いたんだ」
「いや、そうだけどな。テニスの試合でそれを使うのはちょい……いや激ダサだろ」
「でもがっくんはやる気満々になったみたいだよ」
「おい!侑士!俺今からかっとばすんだからさっさとコートに戻れよ!」
「岳人、テニスプレーヤーとしてお前それでええんか」

渾身の応援を否定されたなまえは唇を突き出して駄々を捏ねる。

「えー。言ってみたかったんだけどなー」
「何なら俺と甲子園でその応援せーへん?」
「いいよ。私はGファンだし」
「宿敵の応援使ってたんかい」

みょうじは考えることが一味も二味も違うようだ。普通に頑張れって言えばいいのに、何でそういう急カーブが3つもある危険な思考回路を往来するんだ……。

「じゃあ応援ってどうすれば……はっ!?」

思考回路を往来する途中で何かと接触したようだ。どうせろくでもない何かに決まっている。

「誰か、誰か刃物をお持ちではないでしょうか?」
「刃物?どうしてそんな危ないものを」
「血闘援よ」
「それ何だよ」
「胸に刃物で『闘』の字を書く」
「一生傷レベルの応援はいい!」

みょうじの目が本気なので焦る。思考回路の途中で出会ったのは多分みょうじの好きな漫画、男塾だな。コレ。

「なまえさんやめて下さい!」
「せやでなまえちゃん。俺は普通に乳見せてくれた方が頑張れるわ」
「……」
「俺としては変態!って罵ってくれた方が無言より嬉しいで」
「変態。でさー、結局どんな応援すればいいの?」
「あかん、今の真顔で『変態』っちゅーのも良かった」
「侑士、お前男としてそれでいいのか」

みょうじに聞かれて考える。氷帝コール……単純明快な応援だが絶対「それって忍足くんも応援することになるじゃん」とスゲー嫌がりそうだ。

「普通に自然と出た応援でいいだろ。不肖〜なんての使わなくっていいから」
「そっかそっか」

納得した様子のみょうじは岳人と忍足とコートに戻って行った。

聞こえてきた応援は
「かっとばせーがっくん!忍足倒せー!オー!」
不肖みょうじなまえ〜の部分が無くなってただけだ。
俺はアドバイスを間違えたようだ。

「あいつまじで分かんねーな…」
「そういう人ですからね」

長太郎の手が肩に置かれる。

激ダサだぜ……。


2016/9/17修正

思いがけない休みを貰ってしまった。
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