真田くんからプロポーズされた云々はあまりにも衝撃的すぎた。相手が真田くんなので嬉しく前向きに検討したいですが、正直私では対処しきれません。あとで跡部くんでも通しておいてください。

手刀を食らった真田くんはそのまま手塚くんに呼ばれてどこかへ。
私は幸村くんに連れられて食堂に向かった。

「その痕、これで隠しておきなよ」
「あ、ありがとう」

席に座ると幸村くんがくっきり赤い痕が残った手首にリストバンドを巻いてくれた。やっぱり幸村くん、気が利くんだなぁ。きっとモテるだろうなぁ……。


「って重ッ!?全然腕上がんない!あばばば!むしろ取れる!!」
「10kgあるよ」
「そんなフランクに告げられましても!最早凶器じゃん!」

頑張ってリストバンドを外し幸村くんに返す。返すっていうか取ったら取ったで全然持ち上がらないから幸村くんが自主回収していった。

「というか、立海の人みんなそれ着けてるよね。中学生辞めたいの?スーパーサイヤ人にでもなりたいのかな?」
「クスクス、なまえちゃんはやっぱり面白いね。俺たちにとっては勝つ為だからこんなのどうってことないよ」
「そっかぁ……」
「なまえちゃんはどう?」
「え」

急に話を振られて、首を傾げると幸村くんはまた穏やかな笑顔で答える。

「なまえちゃんは、もっとピアノが上手くなって、誰かに勝ちたいって思ったりしない?」

この質問は、昔からよく自分に飛んでくる。
だけど相手が相手だからかもしれない。
この日も何でもない、でもいつもよりちょっと暑いかな?程度の日の……ごくごく平凡な朝なのに。
幸村くんだとこの質問も違った意味を帯びている予感がした。

「勝ち負けとか、考えたことないんだ。周りはね、私に連覇がかかってるーとかもっと上手くなって賞を取れって言うんだよ。特に学校がうるさくってね。私はただ楽しみたいんだけど」
「周りが許してくれない、ってことかな?」
「周りが許してくれない……っていうか、周りにそうさせてるのは私なんだって思うよ。だから責任は取らなくちゃ、って思うし、でもそうすると音楽を心から楽しめなくて嫌なんだよね」
「そうか……」

幸村くんはコーヒーを私に勧めてくれた。
私にとって苦いコーヒーも幸村くんは平気なようで、一口で結構な量を飲んでいる。

「俺はなまえちゃんがとても羨ましいよ」
「私が?どうして?」
「最初に柳や丸井に聞いた時、思ったんだ。君はなんて自由で素敵なんだろうってね。俺はついこの前まで、病気で入院していたから尚更さ」

幸村くんの私を見る目は確かに羨望そのものだ。寧ろ私を聖域に押し込もうとしているのも伝わってきて、見つめられるのが窮屈なくらい。

「幸村くんが大変な思いしてるのは知ってるけど……私は逆に幸村くんが羨ましいよ?」
「それは嬉しいけど、どうして?」
「私はプレッシャーとかそういうのにすっごく弱いから。周りの期待なんてまっぴらで、
貰った賞も、ただ権威を傘にしてるみたいで、すごく嫌で、音楽を楽しめてないみたいで、でも周りの期待に応える責任があるんじゃないか……って。ごめんね、分かりにくくて」
「ううん、そんなことないよ。なまえちゃんの気持ちはよく分かるよ。
もしかしたら、俺たちは遠くて近しい存在なのかもしれないね」

私がコーヒーに角砂糖を10個ほど入れてるのを横目で見て、くすりと笑うと「俺には甘すぎるかな」と呟いて、それから話を続けてくれた。

「ねぇ、なまえちゃん。一般的に人って自分の好きな人に何を理想として望むと思う?」
「そうだなぁ」

突然頭の中にいつも公民館で遊んでいる子どもの内の一人が言っていたことが浮かんだ。

「自分にないものを好きな人に求めるんだと思う」

「俺もそう思うよ。
そうしてその理想を通して俺たちは初めて自分の黒い部分と凝視することができる。無意識にその真理を俺たちは生まれた時から知っていて、その予感を覚える。しかしそれはあくまで予感でしかない。予感が実感になるとき……虚像が実像に変わるときまで、その暗闇の現実を照らしてくれる理想を追うんだ。
しかし、こう考えるとやはり愛なんてエゴイズムでしかないのかもしれないね」
「……」
「どうしたの?」

1%も理解できませんでした…。

誤魔化しの返事もできずただ『何言ってんのか全然分かんないです。申し訳ありません』って平謝りするしかなかった。

「ははは!やっぱりそういうところが素敵だよ、なまえちゃん」
「うん、なんか……幸村くんの仰る『素敵』に対して私は力不足な気がします……」

幸村くんが私の頭を撫でて慰めてくれた。
魔王なんて言ってごめんね、幸村くん。

「寧ろ役不足だ。大きくて自由な君にはそんな小さなことは似合わなかったね。つまりね、俺が言いたいのは」
「言いたいのは?」
「まだあって間もないけど……
なまえちゃんが俺の運命の相手かもしれない、ってこと」
「んー……んんん!?」


私はつい角砂糖×10のコーヒーを噴き出した。幸村くんの美しいお顔にかからなかったのが奇跡である。もし幸村くんの言うことが『【訳】俺はなまえちゃんが好きかもしれない』だったらこれは正直私では対処しきれない事案ケース2である。それこそあとで跡部くんでも通しておいてくださいである。

「うううう運命?」
「うん」
「ディズニー?」
「destinyだよ」
「めちゃ発音うまッ!ではなくて、幸村くん?ほんとそれまじで言ってる?出会ってまだ1日だよ?」
「俺がなまえちゃんに出会ったのは話の中ではあるけどもう1ヶ月近く前だし。
それから俺はなまえちゃんがずっと好きだと思うんだよ」

角砂糖10個分の糖質で脳をフル回転させても、神の子の思考回路は難解だわ。

「ねぇ、君が俺に教えてくれない?
これが本当に恋なのかどうか、ね」

俺の予感を実感に変えてよ、と囁かれる。
そうやって任せられるのが一番困るのですが。



2016/9/16修正

恋愛するなら幸村が一番怖い。
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