「はっ」
「気がつきましたか?」
「ひ、日吉くん……」

私は相変わらずベッドに寝込んだままで、そして日吉くんは傍らで腕組みをして座っていた。
今しがた体験したことがまたループしてるようだ。


「日吉くんさっき私と見つめあってなかったっけ?」
「は?ずっと眠ってましたよ」

アホ面で、と日吉くんは付け加えた。確かに、少しさっきとは様子が違うかもしれない。窓から夕陽のオレンジ色が射してる。

「つまり夢オチということか」
「どうやら自己解決したようですね。俺はもう行きますよ」
「あ、ちょっと待って!」
「まだ何か?」

日吉くんのジャージを掴んで止める。
怪訝と苛つきが混じったような目で 睨みつけられるものの、全然怖くなかった。

「夢の中で日吉くんに会ったの」
「それが何か?」
「日吉くんが怒ってる理由のヒントをくれたんだけど……」
「俺が怒っている理由?」
「うん。日吉くんにはベタベタなくせに跡部くんには冷たいだろーとか。俺の知らないみょうじさんは嫌いだーって言ってた気がする……って痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
「一体誰から聞いたんだ!?」

掴まれた肩があらぬ音を鳴らしているが日吉くんはそんなことお構い無しに、更には私の身体をグラグラ揺らしてくる。これは肩の激痛と同時に胃の中の汁がこみ上げてきそうなんですけど……!

「誰って夢の中の日吉くんに聞いたんだって!」
「くそ…寝ているみょうじさんも油断ならないとは…夢 の中の俺は一体どこまで喋ったんですか?」
「解放された……。
どこまでって、うーん最後まで聞いてない」
「やはりみょうじさん爪が甘い」
「それでさ、日吉くんが怒ってる理由を考えてみたんだけど……

結局何かよく分からなかったから答えを教えて欲しいな!」
「……」
「へぶしっ」

無言のまま日吉くんが私の枕を顔面に叩きつけてきた。

「何であんたなんかに…」
「医務室枕ちょっと痛い」
「中身がプラスチックパイプですからね。少しは反省してください」
「枕の中身とかじゃなくて結構力いれてたうあべし!!…ごめんなさい!ちょっと本音がでましひでぶ!」
「その断末魔デフォルトなんですか」

枕をどけたら日吉くんの顔を見る前に二発目と三発目が直撃した。

「だから微妙に痛いんだってば日吉くん……」
「おかげで俺は微妙にスッキリしました」
「まだスッキリしてないの…いやいやいやいや待って!今のは本当にデリカシーのない発言でしたごめんなさい!!だから探検バックはやめてくださいせめてプラスチック枕にしてください!」

日吉くんは手に持っていた探検バックを下げてくれた。この子には、やると言ったらやる……『スゴ味』があるッ!顔面崩壊は避けられないッ!

「もういいですよ。怒ってません。どうでもよくなりましたよ」
「本当?」
「ええ。貴女に腹を立てたのも独りよがりでしたし、むしろ俺の精神修行の方が足りなかったんだと今気付きました」

あ、 日吉くん今少し笑った。
結局何も分からなかったこと悪いと思っているけど、ちょっと心のどこかで安心する。

「あはは、じゃあ私と一緒に走り込みする?」
「俺についてこれるんですか?」
「あー、絶対無理」
「でしょうね。
……まあ俺がペースを合わせてあげますから。色々とね」
「ひ、日吉くん!ちょっとそこでストップ!」
「は?」
「そういうこと日吉くんに言われるとどうすればいいか分かんないよ……」

ベットの端に持たれてこっちを見てそんなことを言われると……忍足くんなら眼鏡パーンッですむのに。
必要以上に心拍数が上がる。いや、これは乾くんの生物兵器のせいだ。脈拍を刺激する遅効性の成分かなんかが入ってるんだ。そうだきっとそうに違いない。そうでないと私この場にいることができない恥ずかしい逃げたい!

「突然反応するんですね。まあこうやって……みょうじさんをからかうのは非常に愉快です」
「やっぱりからかってる!?そういう思わせぶりな態度取るのやめてよね!心臓に悪いよ!」
「自分のこと棚に上げるのはどうかと思いますよ。まあそういうバカなところも嫌いじゃないです」
「私夢でも見てるんじゃないだろうか」
「はあ?」
「あ、あのね!日吉くんは、胡蝶の夢って知ってる?」

緊張してるせいか、話をそらすために勝手に口が先走る。

「中国の昔の偉い人がね」
「荘子です」
「そう!その人がね」
「夢の中で胡蝶としてひらひらと飛んでいたところを、目が覚めたら、自分は蝶に なった夢をみていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか分からなくなった、という説話ですね」
「あ、うぇ……」
「失礼な反応だな」
「さすが日吉くんです……」
「急に胡蝶の夢がどうしたんですか?」
「どうしてって」

確かに、どうして私はこんな話をしたんだろう。そもそも、なんで突然あんな昔のことまで夢に見たんだろう。

夕暮れ時、トロイメライの旋律、胡蝶の夢。

小さい頃には難しくて、その情景はそのまま憧憬になってた。

「っていたたたたたた!にゃにすんのひよしくん!」
「貴女に哲学的な話に似合いませんから。しっかり痛覚も反応してますし夢じゃありませんよ」
「あ……うん」
「そろそろ調子も良くなっているようですし 戻りましょう」
「う、うん。まって、急ぐから」
「急がなくていいです。俺がなまえさんに合わせてあげますから」

日吉くん、上から目線なのは変わってないけど短時間で雰囲気変わった気がする。

「日吉くん機嫌が良いね」
「そう思うのならそう思っておいてください」

日吉くんのお言葉に甘えよう。ベットメイキングをし直して、探検バックを提げて……

……ん?

「って今日吉くん私のこと名前で呼んだよね!?やったこれで死ねるぴゃああああそのなまえさんも日吉くんのこと今度から若きゅんって呼ぶね!若きゅん!」
「うるさいくっつくな」


2016/9/16修正

ひええ思った以上に時間が…申し訳ないです。
カウントしてたらそろそろ50に行こうとしていてびっくりしました。
長い!まとまりがない!
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