胡蝶の夢という話を聞いたことがある。
トロイメライの穏やかで温かい旋律をバックにして、その人の話を聴いていた。
中国の偉い人の話で、その人は気付いたら蝶々になって陽気に空を飛んでいたそうな。そして、目を覚ますのだ。つまりそれは白昼夢だったのだ。それから、偉い人は……あれ?何だったっけ?それに何で突然こんなことを思い出すのだろう?

「はっ」
「気がつきましたか?」
「ひ、日吉くん」

目が醒めると私はどうやら医務室のベッドで寝ていたようで、傍らには腕組みした日吉くんが座っていた。日吉くんの視線は相変わらず冷たい。残念ながらいつものSっぽいものではなくて、小並感だけど、すげー怖っ。

「日吉くんはどうしてここに?ていうか私……」
「たまたま通りかかったら貴女が吐血して倒れていたので。乾汁を知らなかったとはいえ、貴女はまあトラブルばかりを呼びこみますね」
「すみませんでした……」
「では俺はこれで」
「あ、ちょっと待って!」

私は起き上がって出て行こうとする日吉くんの手を掴んだ。日吉くんの視線はやっぱり冷たいけど、ここはちゃんと聞いておかないと。

「『いぬいじる』って何?」
「質問を明らかに間違えてませんか?」

事を急いて訊ねる質問を間違えてしまった。
6〜8割くらいは本気だったのはちょっと内緒にしとこう。

「ごめん、間違えた。あのさ、私日吉くんが怒ってる理由がよく分からないんだ。ほんと申し訳が立たないんだけど……」
「まあ精神力が無いと勘違いして走って倒れる人には分からないでしょうね」
「うう、それも反論のしようがありませぬ」

でも精神力無いせいにしたのは跡部くんだよ。

日吉くんはため息を吐いた。そんなに呆れないでください……。

「ヒントを差し上げます」
「ヒント?」
「俺の鬱憤をぶつけます」
「え?え?え?鬱憤?それって最早答えなんじゃあ……」
「俺は貴女と出会ったことを後悔してます」
「え」

どストレートな物言いに私は返す言葉も失ってしまった。

「それって私のこと嫌いってことかな?」
「ええ。嫌いですよ」
「(死のう)」
「俺の知らないみょうじさんなんて見たくなかった。俺の知らないみょうじさんなんて嫌いだ」
「日吉くんの知らない、私?」

あれ?これデジャヴなんじゃないの?
記憶を引っ張り出そうとしたが、それを阻止する勢いで日吉くんが喋り出した。

「だいたい貴女はね、絶対に自分の全てを誰にも掴ませない所が無駄に魔性なんですよ。俺にはやたらベタベタなくせに跡部さんや忍足さんにはやたら冷たいし、かといって千歳さんや橘さんのことを話す貴女は俺の知ってる貴女とは違う」
「日吉くん?あの?」
「全部がみょうじさんなのに、貴女は俺に一部しか見せてくれない。ええ、誰にだって知らない顔はあると言う人もいるでしょう。でも貴女は、俺が知らない貴女を俺の目の前で振りまいている。それが許せなくて嫌いなんだ」

日吉くんがこれだけ感情的になっている所を見たことがなかった。冷静なようでいて、余裕がないみたいでまくしたてるように言葉を叩きつける。

「俺は貴女の全部を手に入れなくては気が済まないんですよ」

日吉くんの視線にすっかり捕らえられてしまった。

日吉くんは、結局……?

「日吉くん、それって」
「みょうじさんには言わせません。
俺は……」


2016/9/16修正

日吉くんルートに大突入

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